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十五話  昼間一幕

「で、君はそのまま教室には来ずに図書室で彼女と引きこもっていた、と」

「まぁな……」

 

 自嘲ぎみに呟いた俺に、肩を竦めて返してくる栃原。

 サンドイッチを一口かじり、その味が不満なのか眉を歪めると、ごくりとお茶で飲み下す。

 今日は俺が弁当を持ってこなかったので余計に不満そうな表情でサンドイッチを口に運んでいた。


「それで、彼女はどうしたんだい? 後ろからいきなり刺されないか先程から警戒しているんだが」

「あー……あいつならどっか行った。俺も行き先は知らん」

「卓磨……私、行くとこあるから……みたいな感じかい?」

「そう、それそれ……って声まね上手いな!」

 

 なんだそりゃ……そういう隠し芸は別にいいんだよ……本人かと思ったじゃねーか。

 その俺の反応に、どうやら食事分の不満は解消できたのかニヤニヤと口許を綻ばせながら栃原は言う。


「敵に対しては何処までも苛烈、そして排他的。君のそういう割りきったところは好きだけれど、私の忠告を無視したのは、少し解せないね」

 

 しかし直ぐ様そう言って、栃原は一度瞬きした。

 

 今、俺達は毎度の如く屋上で昼休みを過ごしている。

 朝、俺が教室に居ない事を確認した栃原が、何かあったのかと俺が千歳と別れて購買に向かっていた際に言及してきたのだ。

 俺は基本、栃原に隠し事はしない。それが通用しないということが一番の理由ではあるが、栃原には何を話そうとも深く追求せずにただ聞いてくれる。そういうところが非常に気が楽だから俺はすんなり話してしまう。

 

 だが、そんな栃原が見せた不満げな表情に俺は少し面食らった。

 彼女はどうやら俺に対して怒っている……というより、呆れている……?


「別に君がどうしようと勝手だが、私としては友に裏切られた気分だよ。言ったはずだがな。彼女には関わるな、と」

 

 そう。栃原は俺にちゃんと忠告していた。瀬戸千歳の危険性と、それに付随する裏生徒会のことも。


「まぁ裏生徒会の事には私も責任を感じないところではないよ。結局私は君に裏生徒会についての情報を与える事が出来なかったしね。でも……彼女の事は伝わっていると思っていたんだが、それは私の勘違いだったのかな?」

「スマン……」

「別に謝って欲しい訳じゃないよ。それにそんな口ばかりで心にも思っていない謝罪なんてなんの価値も無い。ただ私は気になっているのさ、君がどうして裏生徒会に参加しようと思ったのか、ね」

 

 まるで俺を観察するような仕草で、顔を近づける栃原。ショートカットの耳に掛かっていた髪がするりと頬を滑り落ちる。

 こうして見れば栃原もかなりの美人だ。変人なところがなければ、その大人びた面立ちは一定の層に人気があるのではないか。

 そんなどうでもいい事を考えながら俺は既に決まっていた答えを口にする。


「悪いな……それは、言えない。人に言ってしまったら、決意が鈍る様な気がするから」

「…………」

 

 栃原は暫く沈黙を続けた後、観念したように右手をひらひら揺らした。本当はその理由に見当が付いているのかもしれないが、あえてそれを口に出す事はしなかった。


「ふ、分かったよ。それについては聞くことはよそう。だが、これだけは教えてくれないだろうか。瀬戸千歳、彼女を受け入れた理由を」

 

 今度は違った眼差しが俺を射抜く。どうやらこっちが本当に聞きたい事らしい。栃原は力の篭った瞳を俺に向けた。


「なら、俺からの質問にも答えろよ。明智も、佐伯もそしてお前も、何故裏生徒会について知っていた? どこからその事を知った? 明智が参加していたんだ、お前や佐伯もあのゲームに参加してんじゃねぇのか?」

 

 どうしても、その事が気になっていた。

 今までどうして俺だけが知らず、俺の周りの人間はあのゲームについて知っていたのか。

 そもそも裏生徒会というゲームの認知度はどの程度のモノなのだろうか。

 ルールに書いてあった『最低限の秘匿が成されなければならない』という文面から見ても、参加者達には裏生徒会を口外してはならないという規則がある。

 しかし、昨日の段階では俺はまだ参加者ではないというのに栃原達は俺に裏生徒会という言葉を使った。

 ましてや千歳は裏生徒会の概要すらも俺に示した。

 だとするならば、最低限の秘匿とはあまりにも低いボーダーラインではないか。


「別に裏生徒会を信用してない訳じゃない。確かに胡散臭い事には変わりねぇけど、俺は一度この目で対戦を見てんだ。だからこそおかしい。あの時参加者ではなかった俺が裏生徒会の対戦を見る事が出来たってのに、それを大人達が知らないって事は無いだろ? 深夜学校で行われている不可思議な現象を、そのままにしている現状には首を傾げざるを得ねぇよ」

 

 俺はここぞとばかりに質問をぶつける。未知を既知にすることで俺は無意識に安心を図ろうとしているのかもしれない。


「質問が多すぎだ。私より多いじゃないか」

 

 栃原は微笑すると。


「一つずつ答えよう」

 

 そう言って姿勢を正した。


「と、言っても私も全てを知っている訳じゃない。だから知っている事だけ君の質問に答えよう。まず、何故私達が裏生徒会について知っているのか、ということだが。これについては君の予想通り、私達も参加者だからだよ」

 

 俺はやはり、と納得する。しかしそれは……。


「そう。君とはいずれ戦う事になるかもしれないが、今ぐらいは敵として見ないでくれよ、君は極端だからこうやって食事を一緒する事も出来なくなるじゃないか。私はそれが嫌だったから君には知ってほしくなかったという面も否定できないんだよ? 気に入っている奴に嫌われるのは存外疲れるんだから」

 

 栃原は言いながら苦笑する。何処か気恥ずかしさからか頬を掻いた。


「――話を戻そうか。そもそも私が裏生徒会を知ったのは入学式の日だ。私が瀬戸千歳と再び再開を果たしたその日に、自分のPAに入っているおかしな名前のファイルを見つけたよ。そして私は独自に、その裏生徒会について調べ、今に至るというわけさ」

「その時はまだ裏生徒会には参加してなかったのか?」

「そうだね。まずは情報を集めてから、とは思ったし何より信用出来なかったからね」

 

 ――でも、今は参加している。それは何より、裏生徒会の存在に確信を得ているという事。

 そして、栃原にも叶えたい願いが有るのだという事――。


「ん? いやちょっと待て。千歳は確か、PAに入ってる裏生徒会のファイルはその名前に触れた時に初めて表示されるって言ってたぜ」

「本来ならばそれが正当なのだろう。けれど私の場合は少々特殊らしくってね」

「特殊?」

 

 うん、と栃原は頷いて、


「私の親はPAの販売元であるデュアルエンジニアリングで働いていてね。そのつてで私は人よりも早くからPAを手にしていたんだ。どうやら私が手にしたPAのセキュリティはそこまで厳しくなかったみたいだね」

 

 と、栃原は肩を竦めてみせるが、果たしてそんな単純な理由なのだろうか。

 正直、腑に落ちないところがあったが、栃原の話を聞く事の方が大事だと思い、これ以上の追及はしなかった。

 話を戻すよ、と栃原は前置きして、


「裏生徒会について明智大和は少なくとも一年前から知っていたはずだ。彼は昨年から引き続いての参加だからね。だとすれば後輩である佐伯蛍は明智大和から裏生徒会の存在を知らされたのかもしれない」

「なるほど……って事は、裏生徒会について口コミで広める分にはなんの問題も無いって事か」

「まぁそうなるね。ゲームには参加者がいる。それを集める為に秘密にしていたんじゃ本末転倒だからね。もっとも、私もルールに規定されている『最低限の秘匿』の基準は分からないが。それを破った際のペナルティが有るのかどうかも知らない」

 

 裏生徒会という名に触れた時にファイルが表示される。

 確かにそれは口コミという形で広まる裏生徒会を示す何よりの証拠。深夜行われている対戦にしたって、学校に入るのにはPAが必要であり、それを持たない一般市民が裏生徒会を知る事など無いだろう。

 仮に参加者が口を滑らしてしまったとしても、裏生徒会なんて突拍子も無いことをすんなり納得出来る筈もない。

 そういう意味で言えば『最低限の秘匿』は成されているのかもしれない。

 だが、


「PAには元から裏生徒会のファイルが入っているらしいが、その理由は分からないのか?」

 

 栃原は頭を振って、答える。


「分からない。そもそもPAはデュアルエンジニアリングが開発した学習ツール。あくまで生活を便利にする以上の効果は無いよ。しかし、ここからは私の持論になるが、このデュアルエンジニアリングこそが怪しいと私は思っている」

「怪しい?」

「裏生徒会はそれぞれの学校で行われるゲームだ。それぞれ、という事は別の場所でも私達と同じ様に裏生徒会は行われているという事。ゲームの概要にもあった通り、最終的に裏生徒会は対校戦になる。だが、そんなある意味大規模な企画が成り立つと思うかい? しかも、一切の情報漏洩無しにそんな事が?」

「つまりそのデュアルエンジニアリングが裏生徒会をバックアップしているという事か?」

 

 栃原はコクりと頷いてみせる。

 デュアルエンジニアリングは近年上昇を見せているコングロマリット。確かにそんな企業ならば様々な技術を有し、ある意味神様の様にどんな願い事も叶える事が出来るかもしれないが……。


「本当にそうなのか……?」

「言ったはずだよ、あくまで持論だと。更に付け加えるなら、学校もグルだと私は思っている。この学校の最新機器の数々は、全てデュアルエンジニアリング製だ。この学校は私立でしかも出来たばかりの新設校。その融資をデュアルエンジニアリングが行っているとも限らない」

 

 嫌な汗が額に滲む。それじゃあまるで……。


「私達は裏生徒会に参加する為に集められたモルモットかもしれない、という事だ。餌は願いという名の希望かな?」

 

 栃原は満足だとでも言いたげに笑って見せる。それは何処か締観の念が滲む笑みだ。


「どうだい? 少しはスッキリしたかな? 私の主観で進めた話だったけれど楽しんでくれたかい?」

「まぁな……」

「おいおい、元気がなくなっているぞ。君は今日戦いに行く身なんだぞ? そんな事でどうする」

 

 確かに栃原の言う通りだ。あくまで栃原が語ったのは予想の範囲を出ない持論。真実は未だ闇の中だ。

 そして、その事に少しでも不安に感じ、怖じ気づいている自分がいるのだとしたら、俺はそんな自分を殺さなければならない。

 モルモットだろうがなんだろうが知ったことか。俺が目指すモノが手に入るのなら、喜んで俺は実験台になろう。

 ましてやこれから初戦だというのに、自分の覚悟を鈍らしてどうするというのか。

 俺は疑念を抱えたまま戦うのが嫌だから、こうして栃原の話を聞いていたのではなかったのか。


「ありがとう栃原。お前のおかげで大分謎が解けたよ」

「それは良かった。けれど忘れるなよ。君は私の忠告を無視してこの道を選んだ。その覚悟は決して鈍らせていいものじゃない。でなければ、私と当たった時、君は戦えなくなる」

「ああ分かってる。その時は全力でやるさ。俺にはやらなきゃならない事があるんだから」

 

 栃原は「そうか」と柔らかく微笑んで、


「君にはこの言葉を贈ろう。少年よ、剣を持て。信念という名の剣を心に宿せ。……カートナー・エレントの言葉だよ。卓磨……今の君にピッタリな言葉だ」

 

 何処かで聞いたことの有るような言い回しが尚更胡散臭いが、その言葉は確かに俺の心に刻み込まれた。

「さて……私の質問の答えだが……」

「栃原、やっぱり俺はお前が好きだよ」

 

 言った俺に、栃原は最高の笑顔で応える。


「なんだい急に。そう言って君は彼女を口説いたのかい?」

「ちげぇよ。こんな事はお前にしか言わない」

「とんだタラシだね君は。私の君に対する評価は人付き合いの苦手なちょっと影のある不器用な少年だったんだが、軽薄という言葉も付け加えなきゃいけないみたいだ」

 

 まぁそれでも、と栃原は続ける。


「そういう良い格好しいの君だから、彼女を拒みきれなかったという事なのかもね」

 

 「なんだが誤魔化された気がしないでもないが」と栃原は苦笑して、俺の頭に手を乗せると、


「私も君が好きだ。だから負けるな。どんな相手が来ても、どんな壁が有ろうとも、最後まで君は自分の信じた道を行け。振り返らず、省みず、ただ一本の道をひた走れ。そして最後に――掴み取れ」

 

 目を細め、柔らかく微笑する。

 俺はただ短く、「ああ」と頷き返した。

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