十三話 参加登録
「こっち……」
そう言って俺を促した千歳が案内した場所は、コンピューター室だった。
ここは主に調べ学習や、文書作成等で使われる特別教室。PAの所持が義務付けられている天莉高校において、データ形式での課題の提出は当たり前だから、この教室の使用頻度は高い。
二十台ほど並んだデスクトップの中から、手近なところを選んで起動する千歳。
低い、唸りのような起動音が静謐な空間で存在感を示す。
ここで一体何を始めようというのだろう。俺が望むのは裏生徒会への参加。その手続きの様なモノがここでしか行えないということなのか。
暫くして、PCが立ち上がると、千歳は俺を見て手を差し出した。
「卓磨……PAはある? 貸して……」
この場面でPAが必要な理由が分からないが、俺は言われるままに、千歳にそれを差し出す。
千歳は受け取ると、PAをUSBケーブルでPCと接続した。
PC画面上にウインドウが開き、接続が完了した旨が表示される。
千歳はマウスを使ってファイルを開いていく。俺のPAは初期設定のまま弄っていないので、訳の分からない名前のファイルがそのままになっている。
その中から千歳は、ひとつのファイルを見つけ出すと、画面に向いていた視線をあげ、俺の方へと振り向いた。
「……これ」
そう言って指差す千歳。俺は対象を見る。
「裏、生徒会……?」
カーソルが指すひとつのファイル。それは、裏生徒会という名を冠していた。
少なくとも身に覚えはない。俺自身、課題の提出等でPAを使う以上どうしたって、ファイル名に意識は向く。ましてやこのPAを使い始めて二年。一度だってこんな名前のファイルを見た事は、無い。
「なんで、このファイルが……」
「それはね」
と、千歳が俺の疑問を察したように、言葉を続けた。
「PAには元から、このファイルが入っているの。そして、このファイルはある条件を満たした時だけ、画面上に表示される様になっている」
「条件?」
「その人が、裏生徒会という名に触れた時。その上で、PCと接続状態に有るときだけ表示される」
「何故そんなややこしい事になっている? そもそも、PAの中に元から入っているってのはどういう事だよ」
千歳は微笑する。儚げな笑みは、知っていてもそれを俺に教える気は無いと告げている。
俺は腑に落ちない気持ちを抱えながら、一旦それを置いておくことにした。今はそれより、裏生徒会への参加を取り付ける事の方が重要だ。
そんな俺の気持ちを汲み取った様に、千歳はマウスを叩く。
裏生徒会ファイルを開き、その中にあるhtmlファイルを更に開く。
インターネットに接続され、やがてホームページが表示される。
白黒反転されたその作り。トップには大きく『裏生徒会』の文字。
タイトルの下には概要と書かれた、説明のようなモノがある。
『裏生徒会は対人格闘ゲームです。このゲームでは最後の五人になるまで闘っていただき、その五人にはどんな願いでも叶える権利が与えられます。しかし、負けた者はその瞬間に、自分の大切なモノをひとつ失います。
失うモノはランダムに選ばれ、その人にも分かりません。恋人への気持ち、あるいは友との友情、はたまた記憶か。お金かもしれないし、名誉かもしれない。いずれにせよ、貴方が大切だと思っているモノが、ひとつ確実に失われる。喩え、それで貴方の人格すら変化しても、全ては自己責任です。
けれど、勝てば関係有りません。勝てばいいのです。恋人も友も、金も名誉も、記憶すらも、どんなモノだって手に入れられる。
それが――裏生徒会なのです』
煽る様に書かれた文は、まるで通販で大袈裟に振る舞うセールスマンの様だ。
一見して分からない、軽いノリで書かれた文の中に混じる狂気は、このゲームの制作者が常人の思考を持ち合わせていないと判断するのに充分すぎる。
だが、それぐらいでなければ信じるに値しない。
俺が手にするのは光凛の命。死という運命の回避。
胡散臭いぐらいが丁度いい。奇術でも魔術でも起こしてくれなくては困るのだ。
金? そんなモノがなんになる。幾ら金があっても人の寿命が伸びる事など有りはしない。
俺が生きる残酷な現実は、くだらない幻想に侵食されている。
俺の世界はもう壊れ始めている。このゲームの存在が、くだらない俺の価値観を吹き飛ばす。
行くとこまでいけばいい。どっちにしろ、俺に出来る事など無いのだから。
縋るしか、ないのだから。
「早くしろ、千歳。俺はいつになったらこのゲームに参加出来る」
「待って……今開く」
千歳がページを開く。
そこには裏生徒会参加受付という文字がある。
名前、学校、性別。そして……特殊能力?
俺は一瞬不可解に思いつつも、あの時初めて見た裏生徒会の光景を思い出し、なるほどと呟く。
現実にはあり得ない力。ゲームだからこそ出来る、人の身に余る世界への干渉。
それらは即ち、特殊能力。これがこのゲームでの力によるもの。
ルール、と書かれた文章には、特殊能力の重要性が事細かに記載されていた。同時に、ややこしい制約も。
「能力には全て、条件やリスクといった枷が必要。強すぎる能力にはそれ相応の条件が付随するし、緩い条件で発動出来る能力では弱すぎて戦えない」
簡単に説明する千歳。経験者としてのティーチングのつもりだろうか。
「卓磨……何か考えてある?」
そんなものあるはずがない。
俺は生まれてから、ゲームというものに触れた事は無い。マンガ程度なら多少読んだことはあるが、それでもあくまで多少だ。
妄想癖があるわけでも無いのに、特殊能力など簡単に決められるモノではない。それこそ簡単に思い付く野郎なんてろくでもない現実逃避野郎だ。
だが、今の俺の状況はまさしくそれ。
端から見れば、現実逃避しているだけ……。
俺は頭を振って思考を断ち切る。そういう思考は今必要ない。縋り付き、掴みとる。その行為は逃避ではなく渇望だ。
俺自身の決意は、そんな事で揺らいではいけないのだ。
そう思うが、一向に特殊能力なんてものは出てこない。俺はそういう分野はからっきしだ。
「卓磨……思い付かないなら、それでもいいけど?」
「どういう意味だ?」
「自分で考えるの面倒臭い時は、オートで決める事も出来る」
幸い、今は学校に来てるから、と千歳は言う。
「勝手に決まるってことは自分がどんな能力か、その時まで分からないってことだろ? 大丈夫なのか?」
「でも、思い付かないんでしょ?」
「まぁ……」
「なら仕方ない。それに、そんなに悪いモノにはならないだろうから」
再び微笑する千歳。やはり何かを隠すような笑みはしかし妖艶な魅力を醸し出す。
俺は任せた、と頭を掻きつつ言う。千歳の言葉を信じるというわけではないが、このままでは埒が明かない。ならばいっそ、運に頼るのも悪くないのかもしれない、と思ったのだ。もっとも、今までの人生を鑑みるに、大した運は持っていないらしいが。
そうして参加は終了する。実感の無いまま終わる簡単な行程に、やや物足りなさを感じていると、
「ん?」
ページがジャンプし、新たなページが表示される。
「卓磨の対戦予定……」
「これって…………」
俺は拳を握る。
どうやら現実ってやつはやっぱりくそったれらしい。
立ちはだかる障害にしては、タチが悪すぎねぇか?
対戦日――明日零時。
場所――武道場。
対戦相手――明智大和。
「ハハッ」
思わず乾いた笑いが溢れる。
どうしてアイツが裏生徒会を知っていたのか。それはあいつも参加者だったからだ。
至極単純に、これ以上敵が増える事は参加者である明智からすれば嫌だろう。
だから俺が参加していないと知って、安堵したのか。
けど、今アイツもこれを見ているのなら分かるだろう。
俺と、お前が、今どういう立場にあるのかを。
「ハハッ、ハハハハハハハッ」
ああ、笑いが止まらねぇ。
面白すぎて、くだらない。
本当に、現実はくそったれだ。
明智――悪いけど、負けてもらう。俺が先に進むのに、邪魔だから。
俺は暫く笑い続けた。
狂気に身を任せ、嘆くように俺は哄笑を続けた。
そしてもう一度だけ俺は、窓の向こうを見て呟いた。
「くそったれ」
と。
≪裏生徒会ルール≫
・相手を倒せば勝ち。手段は問わず、最後に立っていた者が勝者となる。ギブアップ有り。
・能力意外での直接ダメージは不可。当たった時点で失格。しかし、能力に関係する物なら持ち込み可。例,木刀。ナイフ。
・時間制限百八十分。タイムアップによる引き分け有り。
・勝ち残り戦。対戦相手はランダムに選出。
・参加者受付は、十月の初週のみ。その間に参加したものは、自動的に対戦表に組み込まれる。
・各学校ごとに行われる選挙戦(予選)を勝ち抜き、残った五人(生徒会)を代表とし、最終的に各学校総当たり戦を行って最終的に残った学校の五人が、どんな願いでも叶える権利を有する。
・負けた者は大切なモノをランダムに失うが、次回の裏生徒会へは参加可能。
・裏生徒会は高校生でなければならない。年齢は問わない。
・裏生徒会を行う事の出来る環境でなければ参加することは出来ない。
・裏生徒会は最低限の秘匿が成されなければならない。
――以上、ルールを遵守の上、良き対戦を。




