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一話 夢の終わり

「始めからこうなる事は分かっちゃいたのさ。お前が俺をこのゲームに誘ったあの時から」

 

 彼女は答えない。普段と同じようにその何を考えているのか他人に読ませない暗い瞳を、眼鏡の下に隠している。

 俺は構わず続ける。これもいつもと同じ俺の一方的な問い掛け。


「結局のところ、俺はこうしてこのゲームにすがる事しか出来ない能無しだ。必死に何かを追い求めたところで、あるのは只の残酷な現実って奴だけだ。……まぁ、このゲームだって現実には違いねぇんだろうがな?」

 

 それを言い訳にしたりはしない。頼れる者の無い俺達には、目の前に釣り下がったこの蜘蛛の糸を取らない選択肢など無い。


「だからこそ俺は信じた。信じてこのゲームに参加して戦った。いろんな奴の大切なものを奪ってここまで来たんだ。後には引けねぇ、負けられねぇ。たとえそれがお前であってもだ」

 

 俺は言葉を切る。ポケットに忍ばせた携帯端末が震える。

 

 ――時間だ。

 

 目の前にカウントが表示される。安っぽい赤色のフォントが数字を刻む。短くも長い、刹那の連続。

 そして数字がゼロを刻む、その時だった。


「後悔、してない……?」

 

 彼女は感情の読み取れない平坦な口調で、ようやく一言そう言った。

 今更何を言っているのか、と俺は思わず呆れてこのまま帰ってやろうかとも思わないでもなかったが、「いや」と首を横に振った。


「俺は気付いたんだよ……このクソッタレの現実は、時々気まぐれを起こして手を差しのべる時があるってな。だから……俺は、それをこの手で掴み取る。後悔してる暇なんか無ぇよ」


「そう……」


「お前も同じだろ? 欲しいものが有るから……叶えたい願いが有るから此処にいる……なら来いよ。お前の全身全霊の、正真正銘の嘘偽りの無い本心ってやつをさらけ出してみろ。幸い此処には俺とお前の二人しかいねぇ。なぁ、どうなんだよ千歳?」

 

 やはり、彼女は答えず目を伏せる。そして――代わりにこう呟いた。


「……貴方の道はここで終わり。――サヨナラ、卓磨」

 

 ――あぁ、サヨナラだ千歳。

 

 俺は声には出さず、駆け出した。俺達の終わりに向かった戦いはもう、始まっている――。


      ●


「――チッ」

 

 俺は万年の敵に向けるように忌々しげに空を見上げ、舌打ちした。

 

 空は雨雲の渋滞だった。

 それも耳にこびりつかんばかりに激しく降りつける、滝のような雨だ。

 朝の天気予報では別段雨が降るような事は言っていなかった。微妙な笑顔でとかく曖昧にカンペだか原稿だかを読むお天気お姉さんのその表情から見ても、まぁ、曇り空が関の山だろうと俺は高を括ったのだ。

 

 それが案の定、どしゃ降りの雨だ。

 百歩譲って傘を持って来なかった俺が悪かったのかもしれねぇし、簡単に天気予報を鵜呑みにしたのも確かにいけなかっただろう。

 

 けれど、だからといって俺以外の全員が傘を持ってきている――なんて、あるとは思えないんだが?

 ちょっと待て、なぜ誰も俺を傘に入れない? なぜ俺に傘を貸さない?

 傘がない俺には傘貸さないってか? つまんねーよバカ。

 

 なんて――軽口を言い合える様な相手は俺にはいない。

 友人、とは言ってもそれはこの学校というコミュニティ内に限定された、健康に気を使いすぎなくらいに薄味の関係性。

 

 別に放課後遊んだりなんてしないし、寧ろ休日にばったり会った日なんて逆に気まずくなっちまう。校門を出ればアカの他人に逆戻り。結局そんなもんだった。

 まぁ、そんな形ばかりの友人も、一年前に比べれば大分減っちまった訳だが。

 

 ともかく。こうして一人学校に取り残された俺は、今現在途方に暮れている。

 一分でも早く家に帰り、掃除に洗濯、夕飯の支度をしなきゃならねぇってのに、空は一向に晴れてはくれない。

 走って帰るのは最終手段だ。濡れた制服を乾かすのに手間と労力は掛けたくない。夜にはバイトのシフトが入っているから、余計な疲労は溜めたくないのだ。

 と言っても、ここでこうして雨雲とにらめっこしてても時間の無駄には違いないのだが。

 

 端と、俺の中に案が浮かぶ。

 そう言えば武道場の物置に忘れ物の傘が纏めて置いてあるのを思い出した。

 武道場には出来る限り近付きたくない、というのが本音だが四の五の言っていられない。家で腹を空かせて待っている妹の光凛(ひかり)の切ない顔を思い浮かべれば、そんな自分の感情は後回しだ。

 

 俺は教室の自席から立ち上がり、武道場へ向けて足を動かした。

 教室は二階で、武道場は一階。階段を降りて角を二回ほど曲がればすぐに着いてしまう距離だ。

 

 一歩一歩と近付くにつれ、音が近くなる。

 竹を打ち付けた時に発する乾いた音と、奇声に近い雄叫び。

 今となっては懐かしい、耳に久しくない音だった。

 若干躊躇いがちに弱くなる足取り。体って奴は正直で、頭ではなんとも思っちゃいなくても顕著な反応を見せている。

 

 それでもなんとか武道場へと俺は辿り着く。

 武道場は意外と広い。だいたい体育館の半面程度のスペースがそこにはある。

 全校集会などで利用されるこの場所は、放課後のこの時間、ある部活動の拠点となっている。

 先程耳にした音の正体は、部活動に青春の汗を流す彼らが発したモノ。

 俺もかつては同じように汗を流した、剣道部だった。

 

 すると、


「あれっ、織田じゃん。どうした?」

 

 入口付近で顔を出し、恐る恐る中を覗いていた俺を目敏く発見した奴が一人。


「あぁいや……ちょっと、な」

 

 紺の胴着を身に纏い、そいつはずかずかと俺の元へと歩み寄ってくる。


「ちょっとってなんだよ。俺はてっきり、お前が部活に戻りたくなって来たのかと思ったのに」

 

 額に汗を浮かべながら、そいつは俺を見下ろして言った。

 

 ――明智大和(あけち・やまと)。見上げるような身長と筋肉質な体は、流石は剣道部現主将なだけはある。


「俺はいつでも待ってるんだぜ? 《鮮剣》の織田卓磨(おだ・たくま)をよ」


「やめろよ恥ずかしい。未だにそう呼ぶのなんてお前だけだ。それに今の俺じゃお前の足許にも及ばねぇよ……」

 

 そう言って俺は視線を自分の左手に移した。満足に動く事も出来なくなった、俺の利き手に。

 それを察した明智がばつ悪げに短く刈られた頭を掻く。


「あー……その……スマン。忘れてた訳じゃないんだが」


 明智はすぐに表情に出る。そこが良いところでもあるんだが。


「ハッ、いいさ。気にすんな。――そんな事よりお前の方はどうなんだよ? 」


「ん?」


「お前確か部長だろ? 団体イケそうか?」

 

 俺の何気無い話題転換に明智は正直助かった、と安堵の色を見せる。

 ここまであからさまな表情の変化は見ていて楽しいモノがある。中学の時から明智とは付き合いがあるが、こういう素直な性格が人に好かれていたんだよなぁと思い出した。

 

 明智は僅かに眉を寄せると、


「厳しいってのが本音だなぁ……。やっぱり先輩達の抜けた穴は大きいよ。一年は正直まだまだ。主軸の二年生は俺含め三人しかいない現状、団体戦では俺達の誰かがコケれば即終了。あと一人、戦える奴がいれば話も違うんだが……」

 

 伺う様な視線で俺を見る明智。

 

 ――分かっている。お前が何を望んでいるかを。そしてそれは永遠に叶わない理想だろうという事も。

 

 場の雲行きが今の天気並みにどんよりしだしたと感じた時だった。


「明智先輩、宜しいですか」

 

 凛とした声がこの空気を切り裂いた。

 髪をゴムで結い上げアップに纏めたその少女。同じく胴着に身を包んでいる。

 明智を先輩と呼んでいた事からして後輩であることには違い無いだろうが、少女からは年下である事を感じさせないほどに大人びた印象を受ける。身長も高く、スラッとしているのが、一本芯の通ったモノを感じさせているのかもしれないと思った。


「おお佐伯。メニューは終わったのか?」


「はい。一通り言われたモノを更に二セット」

 

 少女は短く事務的に告げる。


「先輩、部活中の私語はやめた方が良いと思いますが? 先輩がそんな事では、いつまで経っても男子部は強くなりません」


「うっ!? うん、スマンスマン。そんな睨まないでくれ……。ちょっと珍しい奴が顔を出したものだからさ、つい……。 お前も知ってるだろ? 織田卓磨。それがこいつだよ」

 

 明智は俺の肩を叩くと、佐伯と呼ばれた少女の前に突き出した。

 いきなりどつかれ、よろけながら俺は前に出る。

 目と目が合う。俺の瞳と少女の瞳。交わす視線はどうにも好意は含まれていないようだった。

 こうして紹介された手前、何も言わずに立ち去るのも憚られる。とりあえず俺は自己紹介をする事にした。


「俺は織田――」「知っていますよ」

 

 言い切る前に少女が言葉を挟む。


「織田卓磨。全中制覇経験者、でしょう? この地域で剣道をやっている者ならば知らない者はいないと思いますよ」

 

 冷めた態度とは裏腹に、少女の言葉は俺を罵倒するようなモノではなかった。

 しかし――、


「《鮮剣》。誰が付けたか知りませんが、皮肉な呼び名ですね……。その鮮やかな剣捌きから呼ばれた二つ名は、振るった剣で鮮やかな血を降らせた事へと意味を違えてしまったのだから」


「……」

 

 違う。最初からこの少女は俺に対する敵意を隠す気などなかった。何処までも部外者で、穢れた俺を、神聖なる道場から一刻も早く退かせる事しか考えちゃいない。

 『剣道をやっている者ならば知らない者はいない』。つまりそれは、俺のやったことを皆が知っているという事。――《鮮剣》という名に含まれた皮肉すらも。

 批難のニュアンスを含んだその眼差しがそれを語っていた。

 

 ――あぁそうか。今分かった。

 

 何故俺が此処に来ることを躊躇したのか。それはこの場の俺に向けられた警戒心。腫れ物にでも触るようなよそよそしさだった。

 

 ――やはり此処はもう俺の居場所じゃない。改めてそう思った。


「明智悪いな、練習の邪魔しちまったみたいで。まぁ……頑張れよ」

 

 そう言い残し、俺はすぐに立ち去ろうとする。どうにもいたたまれない。


「織田……」

 

 明智は引き留めない。――当然だ。此処で引き留めるのは誰にだって無理だ。それほどまでに《鮮剣》のネームバリューのもたらす負の効果は絶大なのだ。

 だから……


「ちょっと待ってください」

 

 彼女が俺を引き留めるのは、おかしな話だった。


「なんだよ……えっと、佐伯ちゃんだっけ? まだなんかあんのか?」

 

 ビクッと、佐伯の肩が震える。まるで突然後ろから声を掛けられたかのような唐突さだった。

 しかし彼女は、すぐさま切り返しの視線の刃を俺の喉元に突き付ける――。

 

 違う……それは比喩ではない。彼女はまさしく向けていたのだ。真剣ではないが、真剣な眼差しでその手に握りこまれた竹刀を俺の喉元へと突き付ける。


「私は、佐伯蛍(さえき・けい)。織田卓磨、貴方に試合を申し込む――!!

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