2
ピピピピ、なんて小鳥がさえずる爽やかな朝。
うん。今年もバレンタインが、始まった。気合いを入れなくては…
寝起きで ぼんやりした頭を ぽりぽりかきながら、私は朝の支度に取りかかった。
だらだらと歩いて、学校に着くや否や。男子からの視線が刺さって痛い。これは別に私に思いを寄せている訳でもなく、女子だからである。ただ私が女子だから、チョコをくれくれプリーズビームを奴等は無差別に送ってきているのだ。
廊下ですれ違った、先輩や後輩、顔すら覚えていない不特定多数の男子どもが、期待の眼差しを向けてくるのが、地味にうざい。
俺は君のこと知らないけど、実は前からあなたを好きでした…っていう展開になっても、全然OKだよ!受け入れ準備はいつでもOK!ウェルカム女の子!ドゥフフ。っていう雰囲気が駄々漏れだしー。
「面倒くさい…」
奴等を刺激しないように、スタスタといつもの倍速で歩いて、教室に着いて。ガラッ、と教室の戸を開けた途端。
「おはよう。今日は一段と可愛いな」
「おっ、髪がいつにもましてサラサラですなあ」
「輝いてる!オーラが眩しいぞ紗菜ちゃん!だから俺にチョコをちょうだい!」
ああもう、今日休めばよかった。ここにもいたな、無差別ビームの面倒男子どもが。特に最後の台詞の猿渡、意味がわからないから。前後の繋がりが全くないから。
奴等を無視して、どかっ、と自分の机に鞄を投げ出し、椅子に座る。
「…おはよう」
ああ、君がいたね犬飼君。いつもと変わらず爽やかな挨拶。その変わらない普通さに とても癒されてるよ私は。
「おはよう」
地獄で仏。やっぱりモテる人は がっついた感じがなくていいわー。余裕が感じられる。思わず、いつもより2割増しの笑顔で挨拶しちゃったし。
そしたら犬飼君、またしても硬直しちゃった。おいおい君、いくらなんでも乙女の笑顔で固まるなよなー。
あ、犬飼君といえば。
「はい、チョコあげる」
鞄からラッピングされた小さな箱を取り出して、犬飼君に渡す。犬飼君は、ビックリした顔で、恐る恐る受け取った。
「なーんてね。チョコと見せかけて、実はブレスレットだよ。こないだ、お気に入りのブレスレットなくしたって言ってたでしょ。似たようなの見つけたから、どうかなって。犬飼君には いつもお菓子もらってばっかりだったから、感謝の気持ちだよ」
いつもお菓子ありがとう。また私にお菓子をちょうだいね。ついでにホワイトデーも期待してるからね。待ってるよ。そんな気持ちを込めて、私は笑顔を振り撒いた。
「感謝の、気持ち…」
犬飼君は、ブレスレットを じっと見つめた後。
「ありがとう。…すごく、嬉しい」
柔らかい笑顔で、笑った。うわあ、初めて見たし そんな笑顔。さすがはイケメン。キラキラオーラが半端ないっす…。
よかった、と私がホッとしたのもつかの間。犬飼君が、さっきの笑顔を引っ込めて、今度は すっと目を細めて 私を見つめてきた。
…ん?なになに?やっぱりただのクラスメイトから いきなりアクセサリーもらって引くわーってか?
「他の奴にも、あげるの?…猿渡、とか」
なぜか迫力ある低ーい声で、ワケわからんことを聞いてきた。
「え?あげないよ。他にあげる人なんていないし。あ、深雪ちゃんには もちろんあげるけど。…ていうかね、猿渡なんかにチョコあげるくらいなら、私が食べるし」
そうだよ。なぜ私が猿渡にチョコをあげなきゃならないのさ。摩訶不思議な思考回路だね、犬飼君。イケメン過ぎてボケちゃった?
ハハハハ。おかしくて つい吹き出しちゃった私を見て、犬飼君もハニカミながら笑っちゃってるし。
…本当は、他の人にっていう言葉を聞いて、鞄の奥に押し込んである小さなチョコを思い出した。昨日、神社の帰りに コンビニでコインチョコを買ったんだった。だって、チョコ持ってきますって神様に約束したし。
危ない、危ない。忘れるとこだった。ぐっじょぶ犬飼君。
そして、男子の嫉妬にまみれた視線を軽くシカトしながら、犬飼君と私は談笑をして、そこに登校してきた深雪ちゃんが加わって。深雪ちゃんからいただきました。ハート型のチョコレート。ピンクの可愛いボックスに入ったそれは、本当に可愛らしくて。食べるのがもったいないくらい。対して、私が深雪ちゃんに渡したチョコの、洒落っ気のなさは異常かもしれない。シンプル過ぎた。なぜこの包装にしたんだ、自分。2つのチョコの対比がヤバい。
「ごめんね深雪ちゃん、こんなチョコで…」
朝からジーザス。でも深雪ちゃん、中身はちょっとお高いチョコだから!(手作りはあきらめた)味は保証するから!
「いいの。紗菜ちゃんからもらえるだけで十分嬉しいから、いいの。」
「め、女神がいる…!眩しい!眩しいよ深雪ちゃんっ!」
友情を深め合い、ひしっ、と抱き締めあう私たち。女子でよかった。寒い時には、こんなアホみたいなノリが身にしみる。女子は柔らかくて素敵だしー。
周りが羨ましそうにガン見してるけど、天然な深雪ちゃんは 気づいてない。そして私も、全く気にしてませーん。今だけ、私も天然になります。オホホホ。
そして、またしても放課後。ついに、絶好のチョコレートタイムがきたか?!とソワソワする男子をスルーして、帰り支度をする。深雪ちゃんと犬飼君は、委員会で呼ばれているらしく、ホームルーム終了と同時に、2人で一緒に教室を出ていった。
そういえば、美男美女でお似合いだと思うな、あの2人。付き合っちゃえばいいのに。あ、でも深雪ちゃん好きな人いるのかな。あんまり自分の恋話したがらないからなあ。
うむむ、と深雪ちゃんの恋について、お節介な考え事をしていると。
「なあなあ、チョコちょうだいよー…」
「…また猿渡か」
ソワソワし過ぎてチワワみたいに震えている猿渡が、近寄ってきた。
「チョコなんてないし。他をあたって」
スッパリ切り捨てて、帰ろうとすると。
「他の人からもらえないから、お前に 言ってるんだよー」
と、涙目で訴えてくる猿渡。
「他からもらえないのに、なんで私からもらえると思うの?」
「えー、だって、友達でしょ」
「残念。他人です」
猿渡、上目遣いやめろって いつも言ってるでしょうが。
「えー、なんでだよー?チョコちょうだいよー」
「ええい、お前は人のバッグをぶんどる どこぞの観光地の猿か!人間ならその手を離せ! 」
私の鞄をひっつかみ、うだうだとする猿渡の足を踏んづけようとするけれど。猿渡も慣れているのか、素早い足さばきで 軽くかわされてしまう。
「分かった!チョコあげるから、手を離して!」
いい加減疲れた私の言葉に、猿渡は目を輝かせ、パッと手を離した。
「マジで?マジでくれるの?」
「うん。あげるから、ちょっと後ろ向いてて」
うわあ、楽しみだなあー。とか言いながら、猿渡は大人しく後ろを向く。
よし、今だ。
「郷田くーん!猿渡が郷田君のこと、豚ゴリラに似てるって言ってたよー!」
廊下をのしのし歩いて来ていた郷田君は、みるみるうちに顔を真っ赤にさせて。
「なんだとーっ?!」と猿渡を捕獲しようと猛ダッシュで駆けてきた。
それに顔を青くした猿渡は、「違うよーっ!違うよ郷田君、違うってーっ!」と叫びながら、郷田君から逃げて行った。うん、違うよね猿渡。郷田君はジャイア○だよね。
騒がしい2人が走り去った教室は、とても静かで良い感じ。にんまり、笑顔がこぼれますなあ。
「猿渡、バカだなあ。これからだってのに」
教室の隅で、机に紙を広げてごそごそやっていたクラスメイト1が、猿渡の消えた廊下を覗きながら、困った様にため息をついた。
「何かやってたの?」
ちら、と紙面を見てみれば。五十音のひらがなと、「はい」「いいえ」の書かれた紙。その真ん中には社のマーク。げ…。
高校生になってまで、なんで こっくりさんなんてやろうとしてるの…
「俺達にチョコをくれる女子はいますか、って聞くんだよ」
「猿渡が言い出したんだぜ。30円で何かやろうって」
それもしかして、私が昨日あげた30円か…。もっとマシな事に使ってくれよ。
「もういいか。猿渡来ねえし。先にやろうぜ。お前もやる?」
「遠慮しとく」
クラスメイト1と2が10円に指をのせて、ワクワクしているのを横目に、私はさっさと教室を出た。