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性癖は合法の範囲でお願いします。

 オムレツは魅惑のメニューだと思う。


 あの鮮やかにして柔らかい絶妙の黄色も、フォークで切ればとろりと半熟の中身をこぼす手応えも、バターの香ばしい匂いも、牛乳と塩胡椒のシンプルな味わいも完璧だ。いや、いろいろと具を入れたアレンジも大好きですけどね。結論として、俺はオムレツを心の底から愛している。


 だが悲しいことに、この世の愛というものはしばしば、一方通行なものなのだ。



「……どうして俺の愛がお前には伝わらないんだろうな」

「やっぱ、テク無しの男はフラれやすいんじゃない?」

「だからって、こんなになってまで拒まなくても」

「ひと言で表すなら、「おとといこい」?」

「三号め……」



 がっくりとうなだれる俺の前には、昨日から俺を翻弄し続けている片手サイズのフライパン。その中では、色だけは鮮やかなオムレツが無残に二ツ折りの半月型になっていた。


 失敗作だ。


 いや、これが普通のオムレツなら、そう悲観することもなかったとは思うのだけど。



 どうもおはようございます、Lv.1コック見習い、鈴森向太です。最近、スキル「フライパン」を習得しようと鍛錬を積んでいます。

 正直、ゲームみたいにひたすら続けていれば経験値が積もって習得できるとか、そんな素敵システムが現実にも実装されないかと心の底から願っています。

 ファンファーレが鳴ってくるくるいえーい、みたいなさ……



「スペインオムレツとか。何でスペインなんですか。最初から難易度おかしい。スライムの次はバラモスだ。無理ゲーすぎる」


 いやいや、俺だって、オムレツ作りがコックさんの基本らしいことくらいは知ってますよ。調理師学校の紹介映像とか、たいてい練習してるし。フライパンさばきだって昨日さんざんやらされたし。


 でも、スペインオムレツはひどいと思うんだ。

 卵と牛乳、具、調味料その他をバターとオリーブオイルで焼くんだが……うん、その過程で、一度、引っくり返さなきゃいけない、らしい。フライパンだけで。フライ返しなしで。オムレツを宙返りさせるわけだ。


 ちなみに、うちの店、バー「オアシス」の人気メニューらしい。かなり腹にはたまるしね。



「それは、僕がスペイン好きだから」

「個人的理由!」

「いいところだよ? スペイン。ワインにぴったりの紀行だし、美人多いし、マリファナも吸えるし」

「犯罪!?」

「やだなあ、あっちでは合法」

「つまり育ててたんですね!」



 今、さらりと何言ったこのひと。


 眼鏡の奥の表情は、にこやかなようで読みきれないとは思っていたが。まあ、胡散臭いひとだとは思っていたが。

 イキナリこんな問題発言かまされるとは思ってなかった!



「……日本では、吸ってないんですよね」

「ないね。こっちじゃ高いし、おいしくないし。代わりに煙草吸うようになったよ」

「違法であることをまず気にしてください」

「マリファナは習慣性ないよ?」

「会話してください。つか低いだけでないわけじゃないでしょう。覚せい剤中毒者(シャブ中)みたいな言い訳しないでください」

「地味に詳しいね」

「一般教養です。で、つまり、野田チーフは本場で修行してきてるわけですか?」

「修行というか、うん。まあ、働いてたね」

「それでスペインオムレツなんですか……」

「おいしいしね。頑張って。あと三枚だよ」

「うう……」



 微妙に危ない臭いのする会話をぶった切って、フライパンに向き直る。


 ちなみに、現在俺の練習台になっているこのオムレツたちは、本日のスタッフ用まかないとなって美味しくいただかれる予定だ。

 けして、材料の無駄使いではないのが少しは救いになる。


 代わりに、スタッフの皆さまからの容赦ないダメ出しというイベントが待っているが。



「そう言えば、チーフは煙草吸うんですね」

「吸うね。鈴森くん、卵割るのは妙に上手いよね」

「卵料理好きですから。卵って安いですし。煙草って、味覚壊されるって聞きますけど、マジですか?」

「さあ? 僕の知り合いにそういう人はいないけど。ちょっと塩多くない?」

「げ。……これは俺が食べます。ってことは、デマですか」

「メンソール吸うと不能になるってのと同じじゃないの。そういう鈴森くんは吸うの?」

「あの噂もどうなんでしょうねー。俺は、煙草は二十歳でやめました」

「ドヤ顔で言われても。顔の割りにやんちゃだったんだね」

「よく言われます」



 卵を割って調味料を入れて混ぜる、までは何も考えなくてもできるけど、こっからは無理だ。

 バターとオリーブオイルを溶かしたフライパンに卵を流し、具材を広げて、固まって焼き色がついたあたりでひと息にひっくり返す。

 無駄口をやめて真剣になる俺を、野田チーフも見守ってくれている。


 気合一発、本日四枚目になるオムレツ未満が、軽やかに宙を舞った。




「というわけで、本日のまかないは鈴森くんの力作です」

「形はともかく、味はそんなおかしくないはずなんで……皆さんのは」



 夕方一六時半過ぎ。「オアシス」では、まかないを食べるスタッフはこの時間までに出勤する。ちなみに俺や野田チーフといったキッチンスタッフの出勤は一六時だ。


 本日のメニューは、俺作のスペインオムレツと、唐揚げ、野菜スープにごはん。

 シンプルだが、実のところカロリーはものすごい。女性な食べきれないんじゃないかというくらいだが、だいたいいつもこのくらいのボリュームだという。すごい。


 一緒にテーブルを囲むのは、東店長と野田チーフ、カウンターの山岡さんと佐古さん、それからホールの仲野さんと、最後に俺。


 どうやら早い時間のスタッフというのは大体決まっていて、あとは一人、二人ホールスタッフが来るかどうか、という感じらしい。

 みんな俺より年上なせいかとてもフレンドリーで和気藹々としている。佐古さんと仲野さんなんて、ずっとおしゃべりが途絶えないし。


 というか話題を少し選んでほしい。靴の中敷きと足の臭いの話とか、普通食事中にするか。



「……これがガールズトークってやつか……」



 二人とも黙っていれば美人なのに。

 ぼそりとつぶやくと、化粧品に話題を移していた二人の視線がこっちに向いた。



「やだね、鈴森くん。ガールズトークっていうのはもっと赤裸々なものを言うんだよ」

「そうよ、男の人が聞いたらトラウマになるような」



 心の底から聞きたくない。



「そう言えば、鈴森くんって何歳?」

「俺っすか? 二五ですけど」

「えっ」

「え?」

「……二五?」

「……二五です」



 たぶん、何気なくたずねたのだろう仲野さんは、見事に絶句した。

 その箸から唐揚げが落ちたのは、俺のせいじゃない。



「一九歳だと思ってた」

「その具体的な数字はどこから」

「うちの店が雇うぎりぎりの年齢」

「不本意すぎる基準!」



 佐古さん容赦ねえ。

 東店長と野田チーフは最初から知ってたせいかスルーだけど、山岡さんまでうなずいてるし。味方がいねえ。

 そして皆が俺を見る目がマジすぎる。



「…………いいですけどね。自覚してますし。去年なんか中学生に間違われたし」



 嫌なエピソードだが事実だ。当時のバイト先でお客様に素で勘違いされてさすがに凹んだ。


 大学生に見えるっていうんなら、まあ普通だし、別にいいけど、さすがに十歳下に見えるっていうのはどうかと思う。



「童顔ね」

「童顔だね」

「知ってます」

「いわゆる合法ロリならぬ合法ショタ?」

「果てしなくイヤな称号はいりません」

「変なおじさんに気をつけてね」

「慣れてます」

「ちなみに野田チーフはロリコンよ」

「知りたくなかった!?」



 マジで。いやもう全力でマジで。


 さすがの俺も、今、野田チーフの顔を見る気にはなれない。何かヤな予感がするから。

 唸れ俺のスルースキル!



「いやだなあ仲野さん。僕は別にロリコンじゃないですよ。未成熟な感じが好きなだけで」

「野田くんは花より蕾が好きだからなぁ」



 真性じゃねえか全力アウトがこの野郎!

 そしてフォローどころか追撃か店長!


 俺にどういうリアクションを期待してるんだこの人たち。他人様の性癖っていうのは絶対に食卓ネタにふさわしいもんじゃないはずだ。

 何で当然みたいな顔して食事スピードも落ちないんだこのひとたち。



「大丈夫だよ、鈴森くん」

「東店長……」

「僕は普通に大人のひとが好きだから」



 だからフォローになってねえ。



「そうそう。うちの制服見てたらわかるでしょ?」

「って、このやたらに深いスリットはまさか」

「店長の趣味よ」



 ……もう何もかも知りたくなかった。

 ロリコンとオープンスケベ。ダメだまともな大人がいない。


 今こそこのAAを使うべきだ。



 orz



 東店長なんて、すごい真面目そうな見た目してるのに。落ち着いた大人の雰囲気出してるのに詐欺だ。



「いいじゃないか、スリット。ロマンだよね。僕らスタッフも嬉しいし、お客様も嬉しいし」

「ちなみに女性スタッフの御意見は」

「別にいいわよ? これくらいで客の落とす金が変わるなら」

「……おんなのひとって」

「実際、この制服で膝ついてダウンサービスしてるとね、ボトルの減りが早いのよ」

「大人ってキタナイ」

「あははははは。まあ、鈴森くんもそのうちわかるよ。ちなみに君は何フェチ?」

「フェティシズムが当然かのような聞き方ですが」

「ないの?」

「あえて言うなら骨です」

「え、まさかのガリガリ好き」

「や、鎖骨とか腰骨とかのラインなんかが」

「ああ、腰はいいよね、腰」

「……どうしてですかね。店長に同意されるとものすごく前言撤回したくなります」

「おやおや」



 え、何でそんな「若いねぇ」みたいな雰囲気になってんの。おかしくないこの流れ。俺はおかしくない。

 そして気がついたら全員完食済み。さらには誰もまともな感想を言ってくれない。せめて何かコメントが欲しい。ダメ出しでもいいから。


 何とも言えない気分で烏龍茶をすすっていると、店長がちらりと腕時計に目を走らせた。



「さて、鈴森くんの性癖もわかったところで」

「性癖違います!」

「そろそろミーティングするから、全員、準備してくださいねー」

(スルーされた……)



 ちなみに、「オアシス」の女性スタッフの制服は、白シャツに黒の背中開きベスト、スリット入りのタイトスカートです。


 この制服をチョイスした店長の趣味は、エロオヤジと言ってもいいと思う。

ドラッグ、ダメ、ゼッタイ。日本では個人の栽培も単純所持も違法です。そして中毒患者の言い分がどうあれ、習慣性は煙草と同等じゃないかと思う。


鈴森向太すずもり こうた

 たぶん主人公とかそういう人。特に理由はないけど、とあるダイニングバー「オアシス」で見習いコックをやってみることにした。童顔チビ。おそらく順応性は高いと思われる現在はツッコミ属性。骨フェチの気があるらしい。

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