私とニートと初恋の人
私は今、どうすべきが迷っていた。
目の前でぶっ倒れている男一名。…………助けるべきか助けないべきか。助ければ日常が大きく変わってしまうかもしれない。かといって素通り出来るほど、私は心の冷たい奴ではなかったし――
近くに落ちていた木の棒を持つと、そいつを突っついてみた。
「んー……あと五分」
どうやら生きているらしい。というかあと五分って、倒れているんじゃなくて寝ているのか?この時代に?こんな道端で?
…………。やっぱ関わらないでおこう。そう思って私は棒を放り投げると早足で遠ざかろうとしたら、いきなり背後から抱き着かれ、座り込んでしまった。
「うひゃあっ?!」
我ながら酷い悲鳴を上げてしまった。
「んー…………眠い……」
そいつは寝言を言うと、道のコンクリートの壁に寄り掛かってイビキを立てはじめた。
私が抱きまくらにでも見えたのかっ!?
「は、離して、変態!」
ビシッとそいつの首筋に手刀を当てて私を離させた。
「ぐぇほっぐぇほぉっ! な、なんだぁ?」
「……なんだぁ?じゃない」
「女子高生か……どうした?」
「……どうしたじゃない。道端で寝てたあなたは何」
「ん、ニート。……仕事首になってさらに借りてたアパート金払えなくなって追い出されたんだよ」
「…………駄目人間」
「うるせぇな」
「…………ニート失せろ」
「酷ぇな、おい」
ニートは何か言っていたけど、私は無視してその場を去った。家に帰り、ソファに鞄を投げつけた。
食卓の『由紀へ。 お父さんと旅行に行ってくるね! お母さんより』と書いてある紙が目に入り深い溜息をつく。
朝に見たとき冷蔵庫には何もなかったし、仕方ない。……ちょっと遠いけどコンビニでお弁当を買おう。まったくめんどくさい。
私は私服に着替えて車庫に行くと、自転車を出してコンビニへと向かった。
……これでいっか。何の変哲もないお弁当を手にとってレジへ向かおうとした時、ふとあと一つしかない限定特盛お弁当が目に入った。私は限定という言葉に弱く、つい手に取ってしまった。…………。そのまま、お茶とポテチを持ってレジで会計を済ませた。
帰りはなんとなく自転車を押して来た道を戻っていた。
どこからかうめき声が聞こえてきた。私は気配を感じて自転車を支えたままその気配に回し蹴りをした。
「ぐはっ?!」
そのまま気配は地面に四つん這いになって胃から物を出しやがった。仕方ない奴だ……。
家に帰っても一人だからな……。そのまま近くの公園に入り、電灯で照らされているベンチに座った。
「……はぁ」
そこで一番最初に手をつけたお弁当を食べはじめた。すると、回し蹴りを食らわせた奴はフラフラと寄ってきた。
「飯……あぁ、いい匂い……」
「ホームレス、何しに来たの?」
「ん?さっきの女子高生か。金ないから飯買えないし。せめて匂いだけでも……」
「ふーん。……明日辺り餓死じゃない?」
「…………かもなぁ」
「そりゃ餓死したあんたを見つける人が可哀相だ」
「お前全然可哀相に思ってないだろ!?」
「そうだね」
私はそう言ってお茶を飲んだ。
「お前腹減った奴の前どよくも平然と……。俺が死んだら呪うぞ、ごら」
「立ってるのも体力使わない?」
「……使う。もう駄目だ。明日の太陽は拝めないな。畜生、俺はまだ死にたくねぇ」
「とりあえず座って今までの思い出に浸ったら?」
「……そうだ、な」
ドカリと私の隣に座るホームレス。
「はぁ……死にたくねぇ……」
「……死にたくないなら目の前で食べてた私のお弁当ぐらい奪い取ればいいのに」
そう言って私は袋から限定特盛お弁当にもう一本買ったお茶と、店員が入れてくれた割り箸を出して、ホームレスの前に差し出した。
「…………え?」
「食べれば?本当は私が全部食べるつもりだったけどあげる。それに私、朝早くここら辺で新聞配達してるんだよね。餓死したニートの死体の第一発見者になりたくないし」
「マジで?!サンキュッ!」
ホームレスはガシッと私からお弁当を受け取るとガツガツ食べはじめた。
嘘だ。本当はこの人がまだここら辺にいるのかなって思って買っただけだ。どうせ私は一人で食べるんだったし。
「くぅー!お前マジ天使だわ!」
「さっき『死んだら呪うぞ、ごら』とか言ってたなー」
「嘘嘘!さっきのなし!」
「…………」
一ヶ月前からこのお弁当を買ったコンビニで姿が見えなかった人、藤原さん。下の名前はネームに書いてないからわからなかった。いつも何かと失敗して店長に怒られてた。だけどそれでも一生懸命に働いていた――私の好きな人。
止めて違うところで働いているんだと思ってたけど、まさかニートになって餓死寸前になってたなんて思わなかったな。ていうか、私のことわからないよね。一ヶ月まで、前髪で目元隠れてたし。
好きな人が死んじゃうなんて誰だって嫌だ。今、こうやって並んでお弁当を食べているなんて私、死んじゃうんだろうか?そう思っていたらいつの間にかお弁当を平らげていた。からのゴミを公園のゴミ箱に入れて、再びベンチに座った。
……それにしても今日は疲れたなぁ。私はこれでも文系でインドアなのに体育でバスケしたし、先生に重たい段ボールを教材室まで運ばされて――
そのまま私は意識を手放した。私が次に目を覚ましたとき、きっとステキな日常が待ってる気がした。