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壁の大木と言われた辺境伯爵令嬢の婚活

作者: さとう野菊
掲載日:2026/08/07

国の最北端にあり辺境といわれるエランドール領。

現在はエランドール伯爵が病気療養の為、早々に次の世代に引き継ぐ予定である。

20才になる長女のカトレアは優秀な剣士として名を挙げられる実力を持ち、王都で18才まで教育受けていた。現在は伯爵を引き継ぐべく領地の仕事を手伝っている。

18才になる次女のフローラは幼い頃から王都の別邸で教育を受けている。銀髪に可愛らしい彼女は優しく美しい淑女に育った。

久しぶりの王都へ向かう馬車の中、カトレア・エランドールはため息をついた。

この度、王都では四大といわれる春の舞踏会が開かれる。そこでエランドール領を引き継ぐべく、婿になってくれる相手を探さなければいけないのだ。

しかし、並の男性よりも高身長、剣士としての筋力、髪こそは金色だが勇ましいとささやかれる顔つき。この様な私に誰がダンスを申し込むのだろうか。声をかけてくるのは好奇の目で見る者や余程の変わり者だろう。


社交界にデビューした時は最初こそは数人に声をかけられはしたが、その後は1人佇む事となり、壁の花ならぬ「壁の大木」と不名誉な名で囁かれた。それ以来社交界は避け、今までだって縁談の話すら来た事が無い。


「婚約者を見つけねば」

呟きながら思い浮かぶのは、幼馴染の第三王子ジェイド殿下だ。ジェイドは自分よりも背が高く、栗色の髪に猛々しい顔、そして熊のような分厚い胸板に太い逞しい腕がついている。


「彼の横に居れば私もいささか小さく見えるだろうか」

外見とは裏腹にジェイドの性格は優しく、真面目な性格で、話題も共通点が多く一緒にいて落ち着く。剣の稽古相手もよくしてくれた。そして婚約者もいない。

ここ暫くは王宮騎士団を拡張すべく働いていたようだが、それも春までとの事だった。この度の春の大舞踏会に出席すると手紙が来ていたが、彼に婚約者になって欲しいと相談するべきか。

勇ましく優しい彼なら、この私の事を受け入れてくれるかもしれない。しかし、幼馴染の彼が時折見せる、妹フローラへの優しい眼差しが脳裏をよぎる。


「よりによってフローラとは。彼も報われぬな。」

フローラには周囲から婚約者候補として公認されている第四王子のアラン殿下がいる。叶わない想いだからといって、ジェイドを私の我儘に付き合わせる事になっても良いのかと考えてしまう。いや、駄目だろう。



王都にあるエランドールの別邸に着くと賑やか声が聞こえてきた。

「カトレアお姉様!お久しぶりです!」

華やかな顔立ちに美しい銀色の髪、清楚なドレスに身を包んだフローラが飛びついてきた。良い香りが鼻をくすめる。

抱きしめた後、そっと地面に降ろす。


「フローラ、元気だった?会いたかった。」

そう言っていつもの癖でフローラの後ろを見るが、王都に来た際にはいつも一緒のアラン殿下の姿が見えない。


アラン殿下はフローラの幼馴染にして婚約予定のお相手。初めてお会いしたのは、王宮の庭園だった。

当時私は12才だったがすでに大人の身長があった。フローラを迎えに行くと、私と2才しか変わらないとは思えない、幼く美しいアラン殿下とフローラの姿があった。


アラン殿下はフローラを訪ねよく別邸に現れた。銀髪に美しい容姿とは違いやんちゃな殿下はよく剣術で挑んできたが私に勝てた事は無かった。しかし、知識の量は素晴らしく、勉学に関して熱心に語る姿は目を細めてしまうほど愛おしかった。そんな殿下に惹かれない女性などいないだろう‥。

時折、ジェイドも交え、ピクニックや勉強をして4人で楽しく過ごした日々は今となっては懐かしい。



場所を部屋に移し、侍女を下げフローラと向き合った。


「アラン殿下は元気にされているの?」

前回も会わなかった為、かれこれ1年は会っていない。 

「ええ、元気にしてらっしゃるわ。それより、お父様のご様子は?あと手紙にあったお姉様の事も聞きたいわ。」

アラン殿下の話も聞きたかったが、今のエランドール領の様子、お父様の病状、伯爵を継ぐためには婿に入ってもらう婚約者を見つけねばならぬ事を話した。


「今まで浮いた話しなどひとつもない私に婿とはね」

ため息をつくとフローラがニッコリと笑い手を握る。

 

「お姉様はこんなに素敵なんですもの。お相手はすぐに見つかります。」


「ありがとう。」優しい言葉に励まされる。

すると、少し躊躇ったのちフローラが口を開いた。


「それで、あの、お姉様はジェイド殿下の事はどう思われているの?以前と変わらず、幼馴染みなのかしら?」

突然のジェイドの名前に、婚約者になってもらおうかと考えた事を思い出した。しかし、それは本心ではない。


「ジェイドは幼馴染であり、大切な友人よ。」

「‥そうなのね。」

フローラは真剣な面持ちで両手を自分の胸の前で合わせ、頷いた。ジェイドとの婚約の可能性を考えてくれたのだろうが、思っているような答えは返せない。



春の大舞踏会当日、カトレアは金色の髪に合う紺色のシックなドレスにヒールの短い靴を履いた。少しでもスマートに見える様に仕上げてくれた事に感謝し、「素敵です」と称賛する侍女達に勇気をもらって結婚の相手探す事を決意した。

一方フローラは美しく整えられた銀色の髪に、白を基調とし淡いブルーの装飾がされたドレスを纏った。我が妹ながらなんと誇らしい美しさだろう。


宮殿の停車場で馬車を降りると、待ち構えていたアラン殿下の護衛がフローラに声をかけた。殿下と待ち合わせしエスコートされるのだろう。

カトレアは一緒に行きましょうというフローラを断り、さっと停車場の人混みに紛れた。


これから結婚相手を探さなければいけないのだと、ひとり気合いを入れる。エランドール領に帰れば引き継ぎや視察など仕事が待っている。おそらく、次の舞踏会に参加できるのは数ヶ月後になるだろう。面倒事は出来れば早く決めてしまいたい。


薄暗くなり始め、宮殿は美しく輝き、入り口までの広い路はガス灯が続いている。そこは様々な貴族達で溢れており、すでにエスコートされ歩く令嬢も少なくない。そんな中、遠くで小さな悲鳴が聞こえた。声の方へ駆け寄ると、垣根の死角で男性に腕を掴まれている令嬢がいた。


「何をしている!!」

咄嗟に声をかけると、派手な服に捻くれた表情をした男が令嬢から手を離した。そして自分よりも長身のカトレアを見上げるなり悪態をついて逃げて行った。


令嬢はしつこくエスコートすると言われ困っていたという。まだ不安そうだったので、令嬢の知り合いの所まで送り届けた。


宮殿に着くと舞踏会が始まった。シャンデリアで輝くホールを少し歩くと長身が目立つのか、自分に向けてコソコソと声がする。

悪目立ちしているのだろうか。居心地が悪く、なんとなく壁に背を向けて立つ。

フローラはアラン殿下にエスコートされているだろうか。愛らしいフローラと美しく細身のアラン殿下を想像する。


‥何曲目だろう、誰からも声がかからない。どうも遠巻きに見られている気がする。長身の幼馴染を哀れに思って声をかけてくれる筈のジェイドの姿も無い。


楽しそうに踊っている皆を眺めていると、捻くれた声が聞こえてきた。


「随分と大柄な女性もいたものだな。壁の花になっているつもりか?君なら壁の大木だな」そう言ってイヒヒと笑った。するとその言葉に同調するような小さな笑い声も聞こえる。


「壁の大木とまた言われる日がくるとは」自虐的に呟き、振り返ると、先程令嬢に絡んでいた派手な服の捻くれた男だった。くだらないと無視していると、カトレアの容姿についてしつこく悪態をついてくる。


しつこさに立ち去ろうとすると、男がつまづいた振りをして持っていた飲み物をカトレアにかけようとした。しかしその瞬間、グラスを持つ手を掴む男性が現れた。


「大変酔っているようですね。」そう言って男をサッサとホールの警備に引き渡した。


素早い対応にあっけにとられていると、美しい銀髪のその男性がすっと目線を合わせ私に向かい手を差し出した。


「私と踊って下さいませんか?」

その様子に思わず息を呑んだ。


「アラン殿下。。」

間違いない、アラン殿下だ。以前お会いした時はまだ私より背が低く、華奢な体躯に美しい顔立ちをしていた。しかし、目の前にいる殿下は私と同じか、やや高い身長で、美しい顔立ちは大人び、華奢とはいえないしっかりとした王子様になっていた。

訳も分からず子供の頃に憧れた様な‥‥王子様と2曲を踊り終え、誘われるままバルコニーへと移動した。


「先程は助けて頂きありがとうございました。」

浮つく気持ちを抑え、なんとか礼を述べた。


「いえ、貴方を見つけるのに時間がかかってしまいました。壁の花にしてしまい申し訳ない。」

いいえ、私は大木です。と言いそうになるがアラン殿下の言葉に驚く。


「私を探していたのですか?。。。ところでフローラは?フローラをエスコートしていたのではないのですか?」


「フローラはジェイド兄上と一緒にいます。今頃、想いを告げているでしょう。」


「。。。フローラとアラン殿下は婚約間近なのでは?!!」

混乱する私にアラン殿下はふっと美しい笑みをこちらへ向ける。


「フローラと私が婚約間近としていたのは、他の婚約の申し込みを避ける為です。フローラが長年想い続けていたのはジェイド兄上です。」


「それは‥‥‥知りませんでした‥」

先日、フローラがジェイドに対する私の気持ちを確認した事を思い出す。あれは、そういう意味だったのか。

その時、目の前に殿下の手が差し出された。


「私が長年、想い続けているのは貴方です。カトレア嬢、どうか私と婚約して下さい。」

信じられない言葉と目の前の美しい王子様に軽い眩暈がした。この方が素晴らしいのは重々承知している。震えながら差し出された手を取り、「返事は」と促され、小さくハイと答えるのが精一杯だった。


その後、満面の笑みのフローラと汗だくのジェイドと合流した。

笑顔のフローラとアラン殿下をよそに、妹と弟にまんまとやられたジェイドと私は心臓が高鳴りっぱなしで疲れていた。

ジェイドをチラリと見ると「何も言ってくれるな」と恥ずかしそうにしていたので笑ってしまった。


舞踏会からの帰宅途中、2人きりになった馬車の中でフローラが白状した。

「私はジェイド殿下、アランはお姉様の事をずっと想っていたのよ。アランは自分の背が伸びるまでは告白出来ないと、お姉様と釣り合うようになるまでと努力していたの。」

あの体躯は努力の賜物だったのだ。華奢だったアラン殿下が努力する姿を思い目頭が熱くなる。


「先にフローラがジェイドに告白するという事はしなかったの?」


「アランが私と別れたという噂が立てば、アランの元に女性が殺到するわ。私と付き合っているという噂を流してさえも、いつも女性に付き纏われていたもの。それに、ジェイド殿下が王宮騎士を辞めるこの春がチャンスだと思ったの」

私の知らない間に計画が進んでいたようだ。


「ところで、フローラはどうやってジェイドに想いを告げたの?」

ジェイドを思い出し真っ赤になったフローラ。


「アランにジェイド殿下を呼び出してもらっていたの。私、緊張して躓いてしまって、あの逞しい胸に受け止められて‥すぐ好きですって言ってしまったの」

きゃーきゃーと顔を隠すフローラに、何事が起こったのか分からず、固まっただろうジェイドを想像し吹き出した。その後、順を追って説明されたジェイドは改めてフローラへ婚約を申し込んだのだそうだ。


その後の展開は素早かった。長年の想いを実らせたというアラン殿下は早々にエランドール領に越してきて内政を手伝ってくれた。休日には剣術の稽古まで付き合ってくれ、時にはジェイドとフローラも加わり食事をした。


カトレアは殿下をアランと呼び、仲を深めていった。庭園を歩きながら今ある幸せを不思議に感じ、「こんな大木のどこが良かったの?」と呟いてしまった。


「初めて会った時からずっと好きですよ。貴方は私の大輪の花です。」

アランはそう言って真っ赤になった顔のカトレアを抱き寄せた。

「ちなみに、貴方へ婚約の申し込みが無かったのは私が裏で手を回していたせいです。」

「!!」言葉にならない悲鳴を上げるカトレアに、悪戯っぽく笑うアランは初めて会った時の幼さが残っていた。




END









その後、アラン殿下はエランドールに婿に入り、アラン・エランドール伯爵となりエランドール領の繁栄に尽力した。また、フローラとジェイドは結婚したのち、公爵家となり国を支えていった。


壁の大木と言われた辺境の伯爵令嬢は、これからずっと幸せな日々を過ごすのであった。

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