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転生したらボロ小屋でした。〜住人の笑顔が燃料なので、全力でおもてなしします〜  作者: ひろボ


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第6話 全属性魔法(微)の衝撃と、ツヤツヤの再来

 板の隙間から差し込む光――は、もうない。


 昨夜、なけなしのBPを注ぎ込んで「隙間埋め」を強行したからだ。昨夜稼いだBPから、2だけを削って実行した苦渋の決断だったが、その効果は劇的だった。


 俺の体(壁)のひび割れに、パテのような「何か」がじわじわと詰まり、廃村特有の、あの「死の匂いがする冷気」が完全にシャットアウトされている。


(……室内だ。ちゃんと"家の中"だ。外じゃないんだな、俺)


 嬉しくて、屋根裏のはりが小さく「ミシ」と鳴った。


 二人が起きてくる前に、まずは自分の現在地を確認しておきたい。ボロ小屋としてのランクが上がった。なら、何かしら"俺TUEEE"な変化があってもバチは当たらないだろ。


 異世界転生の定石なら、ここでチートが加速するはずだ。


(ステータス、オープン!)


 視界に古いゲームのUIが浮かぶ。



【名前】ボロ小屋(俺)

【ランク】ボロ小屋(仮住居)

【BP】8


【スキル】

 ・異世界言語 Lv.1(※相変わらず喋れない)

 ・剣術 Lv.1(※相変わらず振る剣がない)

 ・アイテムボックス Lv.1

 ・全属性魔法(微)(火・水・土・風・光・闇・雷)

 ・気配通知(微)



(……全属性魔法! 来たぁぁぁ!)


 俺は心の中で快哉を叫んだ。これだよ、これ。


 ボロ小屋から移動要塞――いや、雲の中に隠れて雷を操る伝説の浮遊城に進化するための、絶対的なチケットだ。いつかは俺も、巨大な結晶を動力源にして、空から「人がゴミのようだ」とか言ってみたい……!


 胸(大黒柱)を膨らませ、まずは王道の「火」を試す。イメージするのは、すべてを灰に帰す極大火炎魔法だ。


(ファイアボール!!)


 ――ポッ。


 ……柱の先に、マッチ程度の火が灯って、すぐ消えた。


(…………。お、おう。火力が足りなかったか? じゃあ、風だ! ウィンドカッター!!)


 そよそよ~……。


 扇風機の「リズム風」程度。しかも一回使っただけで、梁がずしんと重い。


(家電かよ!! 全属性"家電"(微)ってことかよ!)


 絶望だ。剣術Lv.1といい、この世界のシステムは俺をいじめて楽しいのか。


 ……いや、待て。「微」ってことは、出力が極めて細かいってことだ。攻撃に回すと情けないが、家事に回せば――精密に"ちょうどよく"できる。


 俺の社畜魂が、背筋(梁)を正した。


(……よし。この微細な魔力をフル活用して、異世界一の『全自動・魔法家電ハウス』を目指してやる!)


 ◇


「家さん、おはよう!」


 ルカが元気よく大黒柱に抱きつく。頬のぬくもりと、昨日提供した石鹸の残り香。そこに混ざる、まだ抜けきらない泥臭さが、生々しい"生活"を連れてくる。


(締めるな。そこは要だ。だが今日は許す)


 ミアも起き上がり、銀髪を指で押さえながら室内を一周見渡した。目がすぐ扉のかんぬきに行き、次に天井へ。警戒が残っているのに、呼吸は昨夜より深い。


「……おはよう。……空気が、昨日より澄んでる?」


(換気だ)


 壁の割れ目に風を通し、雷を"ほんの一息"だけ走らせる。鼻の奥がツンとする、雨の前みたいな匂いが立つ。


(……よし、成功だ。雷属性(微)で空気をパチパチ焼いて、汚れや匂いを消してやった。イメージは『空気清浄機』だ。雷は攻撃だけじゃねぇ。こうして使えば、部屋の空気をピカピカにできるんだよな)


 ミアが一瞬だけ眉を寄せ、それから、ふーっと長く息を吐き出した。さっきまでの「ボロ小屋のジメッとした匂い」が、今はもうどこにもない。


「……今、雷の匂い? なのに、すごく……空気がスッキリしてる」


「きもちいい!」


 ルカが鼻をひくひくさせて笑う。ミアも口元だけ、ほんの少しほどけた。


 よし。朝の空気は整った。


「……服、洗いたいな。……ルカ、川まで水を汲んでくる。少し遠いけど、頑張れる?」


 ミアのその言葉は、単なる汚れへの不満じゃなかった。このボロ小屋を「一時しのぎの雨宿り」ではなく、自分たちの「拠点」にすると決めた、彼女なりの宣戦布告だ。


(……いいぜ。その覚悟、元社畜の俺が真っ向から受け止めてやる!)


 だが、今の俺にできるのは「微」魔法。お湯を沸かし、道具を出し、洗濯を支えるのは、想像を絶する重労働だった。


 俺はメニューを開き、BPを叩く。



【生活:洗濯セット:4BP】

【BP:8 → 4】



 ――コト。


 ミアの足元に、木桶と、不思議な波状の溝が刻まれた板が現れた。


「……えっ? 板、と……桶?」


 ミアが足を止め、その奇妙な板を拾い上げた。指先でガタガタの溝をなぞり、首を傾げる。まな板にも蓋にも見えない。中世の常識に「洗濯板」なんて存在しないのだ。


「……もしかして、これで洗うの? でも、どうやって……」


 彼女が戸惑いながら板を桶に立てかけた瞬間、俺は【念動力】を絞り出した。アイテムボックスから、現代の技術の結晶――粉末の「洗濯洗剤」を取り出し、桶の中へパラパラと振り落とす。


「わっ、雪……?」


 ルカが空を見上げる。


 さらにそこへ、俺は【火属性:微】と【水属性:微】を同時発動させた。


(……っ! ぐ、うぅぅ……重てぇ……!)


 大黒柱が「みしっ」と悲鳴を上げた。水を出しながら、それを42℃の適温に保ち続ける。全属性魔法(微)の精密操作は、今の俺にとっては、重さ100キロのバーベルを持ち上げながら針の穴に糸を通すような苦行だ。


 トポトポトポ……。


「……あったかい。お湯だ……それに、この白い粉、いい匂いの泡になった……」


 ミアは恐る恐る、お湯を張った桶に布を沈める。板の溝に布を押し当て、一度、二度、力を込めて滑らせた。


 ――ゴシッ。ゴシッ。


「あ……!」


 一回こするごとに、昨日まで何度踏んでも落ちなかった泥汚れが、嘘みたいに剥がれ落ちていく。ミアの目が驚きに見開かれた。


「……なに、この板。もしかして、この板のガタガタ、汚れを掻き出すためにあるの?」


 ミアは自分の手元と、板の溝を何度も見比べた。


「すごい……! これなら叩かなくても、こんなに落ちる。……ねぇルカ、見て! 汚れがすぐ消えちゃう!」


「ほんとだ! 魔法の板だ!」


 ミアの顔に、驚きと純粋な喜びがパッと広がった。


(よし、正解だ。だが……ここからが本当の地獄だぜ……)


 洗濯は「洗う」だけじゃ終わらない。ルカがはしゃいで石鹸を使いすぎたせいで、桶の中は泡だらけだ。


(おい、泡は敵だ! すすぐには、さらに大量のお湯が要るんだぞ……!)


 俺は【火】と【水】をフル回転させ、新しいお湯をトポトポと注ぎ続ける。梁がずしんと重く、壁の隙間から「ギギ……」と乾いた音が漏れる。お湯を出し続けるだけで、意識が遠のきそうになる。便利さは、俺の精神を削ることで成り立っているのだ。


「……あったかい。冷たい水じゃないから、脂汚れまで抜けていくわ」


 ミアは水を無駄にしないよう、丁寧に、かつ力強く布を絞り、すすいでいく。掲げられた布は、昨日までの「ボロ布」とは思えないほど輝いていた。


 ミアの誇らしげな顔を見て、俺はきしむ梁を根性で支え、最後に外壁からフックを伸ばして「物干しロープ」をピンと張った。


(……これで、終わりだ……あとは、勝手に……乾かしてくれ……)


 干された布が風に揺れるのを見て、ミアが呟いた。


「……もう一度、暮らすってことね」


 俺の社畜根性は、最高の報酬をもらった気分だった。


 ◇


 昼。俺は「気配通知」に意識を向けた。大きな獣の足跡が、境界のあたりに増えている。


(……寄ってきてるな。どこまで近づけば、どういう足跡がつくのか……)


 【土属性:微】で、足跡を薄く消していく。だが、一番家(俺)に近い位置にあったものだけは、あえて残した。


(これは『警告ライン』だ。ここを越えて踏み込まれたら、次は追い払うじゃ済まさない)


 自分の感知精度を測るための基準点。そして、相手の出方を見るための物差し。そんな理屈をこねている間にも、俺の精神リソースはガリガリと削られていく。


 ――ぱき。


 遠くで枝が折れた。ミアの背がぴくりと動き、ルカが息を止めかける。俺は風を止め、かんぬきに意識を乗せた。カチ、と安心させる音を立てる。


「……だいじょうぶ?」


 ルカの小さな声。ミアは答える前に、深く息を吐いた。守るための呼吸。


「……うん。いまは、家さんがいるもの」


 その言い方が、昨日より"拠点"の言い方になっていた。


 次の瞬間――チリン。俺の意識に気配通知が鳴った。


 敷地の端、干した布の向こうに、あの狼がいた。狼は布に鼻を寄せ、くん、と嗅いだ。


(追い払う。傷つけず、でも寄せない)


 甘いと思うか? だが、玄関先で血生臭い掃除をするのは俺なんだ。せっかく洗ったミアの服に返り血が飛ぶのも、この安らぎを恐怖で汚すのも勘弁してほしい。


 俺は「殺す」ための力じゃなく、「ここに来るのを諦めさせる」ための力を、根性でひねり出す。


 俺は【水:微】を鼻先だけに飛ばす。


 シュパッ。


「グル……!」


 狼が耳を伏せる。びっくり顔だ。そのまま狼は、泡の残った地面に前足を突っ込んだ。


 もこっ。


「……え?」


 ミアの声が抜ける。


(お前、自分から泡に突っ込むな!)


 狼が足を振り、泡が飛ぶ。俺は雷を"軽く"走らせる。


 パチッ。


「キャウンッ!?」


(はい終わり。風、三秒)


 ゴォ……。


 泡が縮み、毛がふわ、と立つ。狼が固まり、ゆっくり後ずさる。怖いからじゃない。理解できないからだ。


 狼は霧の中へ、すっと消えた。


 ルカがぽかんとして呟く。


「……狼、ふかふかだった」


(俺もそう思う)


 ◇


 ――チリン。気配通知が、もう一度。


 扉の外。遠慮がちに――コン、コン。


(叩いてる? 爪じゃない)


 ミアが覗く。


「……狼」


 昼の狼が、ちょこんと座っていた。毛並みはツヤツヤ。狼は口に何かを咥えている。それを、そっと置いた。


 森の野兎。


 狼は尻尾をバタバタと振り、ふかふかを見せつけるように一回転して、霧へ消えた。


「……獲物。くれたの?」


「……また洗ってほしいのかも」


 ミアは否定しつつ、口元がほんの少し緩んだ。


「……家さん。このお肉、今日のご飯にして、いい?」


 俺は窓をパチリ。


(兎の具入りスープ、決定だ)


 鍋が火にかかると、俺は火属性を"微"で底に当てた。


 じっくり、コトコト。


 湯気が立ち、兎の脂とハーブの香りが混ざる。


「……いい匂い」


 その一言が、今日の労働を全部肯定した。


 梁は少しきしむ。魔法(微)は、俺の体力も(微)で削っていく。


(……はぁ。そもそも家は戦うもんじゃねぇ。暮らすもんだ)


 使い道は決まった。この俺は、戦う家じゃない。暮らす家だ。


 俺は床板をトン、と鳴らした。自分への慰めか、あるいは決意の音か。


 明日の合図は、ミアの「おはよう」だ。それまで、俺はこの家で、二人を包む。

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