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 そんなことだから、やはり今夜の夜会も上手くいかなかった。


 予想通りのズタボロの惨敗に私は疲れ果て、独りになりたくてバルコニーに出た。

 バルコニーの手すりに腕をついてぼんやりと星空を眺める。


 人間の数は星の数ほどいるのだからいつかいい出会いがある、とは誰の言葉だっただろう。

 でもあれだけ美しく輝く星はたくさんあっても、今ここにいる私には手が届かない。

 私は輝かしい星々を見上げたまま、唇を噛むばかりの人生を歩むのだろうか。


 と、まで考えた私は頭を振ってネガティブを追いやる。

 こんな風に考えていたらいい出会いなど掴めるはずもない。夜会が始まる前に侍女にも言われたではないか。


 気合いを入れ直さなくては。


 両手で自分の頬を張って喝を入れ直した時、


「お前のせいだ……! お前のせいで、俺は……!」


 ただ事ならない男の怒声に私はハッと声のする方を探してバルコニーから身を乗り出した。

 見ればバルコニーの下で男と女が言い争っている。


「お前が……お前に婚約破棄をされたせいで俺は散々だ! ただちょっと気が迷っただけなのに、何で俺がこんな目に遭わされるんだ……! 何で俺を許してくれなかったんだ……!」


 血走った目の男が麗しくも可憐な淑女に迫っている。


 見たことがある。

 あれは貴族学園の卒業パーティーで王太子と共に男爵令嬢を囲っていた側近のひとり。

 確かあの卒業パーティーの後で婚約者に見限られて彼の有責で婚約破棄となり、家からも見放されて平民落ちしたと聞いていたが……どうやら婚約者を逆恨みしてこの夜会に忍び込んだようだ。


「お前なんか……お前なんか!」

「危ない!」


 淑女に襲いかかる男に私は咄嗟にハイヒールを脱ぎ捨て、それを男めがけて投げつけた。


 パカンッ! とハイヒールは男の額に命中し、男がこちらを見上げる。

 私はもう片方のハイヒールも投げつけて、バルコニーの手すりを乗り越えて飛び降りる。


 突然上から降ってきた女に驚いて目を剥いたところに飛び掛かり、握った拳を顎に目掛けて突き出す。


「くっ……!」


 だが虚を突かれた割に男はさっと体勢を立て直すと私の拳を避けて剣を振り下ろしてきた。


 その剣を避けつつ、そういえば彼は騎士団長の嫡子だったことを思い出す。

 貴族学園に通っていた時に積んでいた彼の修練は伊達ではなかったようだ。


 何度か私たちは拳と剣で打ち合い、それから距離を取る。


「邪魔をするな!」

「しますよ! コソコソと女性を狙う真似をするなんて、どんな卑怯者ですか! そんなことだから婚約破棄されるんです!」

「うるさい! お前に何がわかる!」


 言って、彼は剣を振り上げて斬りかかってきた。


 私の後ろに突然始まった戦闘に震える淑女がいた。


 私は避ける選択肢を咄嗟に捨てて、斬りかかってくる男の方へと飛び込んだ。


 振り下ろされる刃。

 灼熱の塊を肩に捩じ込まれたようなジンとする感覚に顔をしかめつつ、私は支えるように肘に手のひらを当てた掌底を彼の顎へとぶち込んだ。

 男性に劣る女性の腕力でも、これなら二本分の威力。脳を揺らす一撃に男は頭を跳ね上げて後ろに倒れる。


 ゴッと鈍い音を立てて後ろ頭を地面にぶつけて仰向けに気絶する男を見下ろしながら、私は短く息を吐く。


 何だかぬるりとする感触が腕をつたい、見ればそこに真っ赤な血が垂れていた。

 垂れる血筋を辿るように視線を上げれば、肩口の辺りをざっくりと斬られている。

 痛みよりはただただ燃えるような熱の感覚がしていて、私は痛むのは興奮が治った後でなんだろうなとぼんやりと思った。


「あ……」


 かすかな声に私は振り返る。

 そこには腰を抜かして震える淑女が私をじっと見つめていた。


「フローレンス嬢!」


 私が大丈夫かと問う前に誰かが彼女に駆け寄った。

 その姿に私は大きく目を見開く。


「アズーロ、さ……」


 様、と呼びかけようとして、今ではもう名前呼びが無礼な間柄であると気がついた私は思わず言葉を飲み込む。


「っ、ヒューベルト子爵令嬢……」


 フローレンスと呼ばれた淑女の元に駆け寄り、彼女を支えた彼もまた、私の姿に気がつく。

 見つめあった瞬間に時が止まったような感覚がした。


「アズーロ様、わたくしは大丈夫です。あの方がわたくしを……」


 フローレンス嬢が彼にそう呼びかけて、私たちはハッとする。


「君がフローレンス嬢を助けてくれたんだね。ありがとう、ヒューベルト子爵令嬢。それで、君に怪我は……」

「お構いなく。大したことはありませんから」


 彼の言葉に私は自分の肩の傷を隠すように庇い、そう答える。


「でも」

「気にしないでください。私は大丈夫です。それよりも貴方の婚約者に怪我がなくてよかった」


 言い淀む彼に私は早口でまくしたてる。

 彼に支えられる淑女は腰が抜けたまま立てず、彼の腕の中で震えている。


 淑女とはかくあるべしと言う可憐さを見て、私は自然と笑みをこぼしていた。

 何もかもが私よりも淑女として上回っている姿を見れば、なんだか腑に落ちてしまったのだ。


 奪われて当然だ、と。


「気が動転しているようですから、落ち着かせてあげてください。私は大丈夫ですから」

「待って、ヒューベルト子爵令嬢……!」


 もう名前ですら呼んでくれない声に、私は振り返らずに足早にこの場を立ち去る。


 追いかけてすらこない元婚約者。

 その事実につん、と鼻の奥が痛んで、私は思っていた以上に自分が彼のことを引きずっていたことに気がつかされた。


 今更ながらにじわじわ血をこぼす傷が痛み出す。


 でも私は足を止めない。振り返らない。


 私と彼はもう過去のこと。終わってしまったこと。

 未練がましく縋ったところで迷惑をかけてしまう。


「………はは」


 私の口から笑いがこぼれる。

 頬をつたう滴に雨が降ってきたのかと空を見上げる。


 空にはまんまるの月が煌々と照っていた。

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