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あれからと変わらずソルは気ままなペースで私をデートに誘う。
私も断る理由もなく、行ける時は行くようにしていた。
そんなある日のことである。
「カノンにさ、見てほしいものがあるんだ」
ソルにそう言って彼が私の目の前にことりと置いたのは美しい宝石のブローチだった。
手に取るように促されたので、手にとってマジマジと眺める。
大振りの深々とした青い宝石がまず目を引く。
艶々としたオーバル型のこの宝石はサファイアだろうか。
これだけ大きければさぞお値段も張るのだろうな、と俗なことが過ぎる。
霞草のように小さいながらも輝くダイヤモンドと植物の蔦をあしらった繊細な銀細工が宝石を囲んで青い宝石を映えさせている。
「すごく……高価そうですね……?」
「そう見えるかい? カノンのために作ったんだ」
「ひゅっ」
ニコニコ笑いながら、何を言い出すのかと思わず呼吸が止まる。
「もらってくれる?」
甘い囁きと共にそう告げるソルに私は勢いよく首を横に振っていた。
本来ならここで「ええ〜、嬉し〜い。ありがとぉ〜」と甘えて嬉々として受け取る女の子の方が可愛いのだと彼に教えられてはいたが、これは受け取れない。
こんな高価そうなものを図々しく受け取れるほどの胆力は私にはなく、慌てて彼の手のひらにブローチを返す。
「あっははは、そうだね。カノンはそういう反応すると思った」
するとソルは腹を抱えるほど大笑いし、それからまたブローチを私の手に渡すように両手で私の手を握った。
「でもこれは君に受け取ってほしい。もしお金で気後れしているなら、気にすることはないよ。これ、イミテーションだから」
「……はい?」
「ガラス細工なんだ。だから庶民でも手が届く値段の代物なんだよ」
「え……は、はあ……」
ソルに言われてマジマジともう一度ブローチを観察する。
美しい青々とした石はどこからどう見ても宝石のようであったし、周りを囲うキラキラ輝く白色の石はダイヤモンドにしか見えなかった。
けれどもブローチをひっくり返してみれば、裏側に“ソレイユガラス工房”の印字が刻印されている。
「…………ソレイユガラス工房……?」
その名に引っかかって思わず呟けば、ソルはようやく気がついたかとばかりに笑んだ。
「つぶれかけのガラス工房を買い取って、宝飾品を作らせてみたんだ。高価な宝石に手が届かずに歯痒い思いをしている婦人はどうにも多くてね。彼女たちに向けて色々作ってみようかと」
「それは……」
思いがけない彼の言葉に私は目を丸くする。
彼はにっこりと微笑むと私の手からブローチを取り上げてそっと私の胸元へとつける。
キラキラ輝く青い宝石はガラスにはまるで見えず、本物のように私の胸元を飾った。
困惑に彼を見上げれば、彼はパチンと綺麗なウインクをする。
「君が勧めてくれた道だから、いの一番に君にプレゼントしたかったんだ。だからぜひ受け取って」
「…………あれ、本気にしたんだ」
「そうだよ。それともあの時の言葉は冗談だった?」
「いや、別にそんなことは。でもこれ、一歩間違えば詐欺師だけど」
「そういうところも僕らしくない?」
「自分で言うんだ、それ」
そう突っ込むもソルはニコニコと笑う。
そうして彼は買い取ったガラス工房の職人がなかなか腕のいいことや、庶民や低位貴族だけでなく劇団などにも掛け合って卸してみようと思っていること。今手掛けている宝飾品のデザインの構想などを楽しそうに語った。
私は彼の話にひとつひとつ相槌を打ちながら、彼が本気で商売の道に挑戦しようとしていることを知った。
その瞬間、ふと心の内側に言いようのない隙間風と焦燥感が巡る。
小さな棘が指先に思いがけずに突き刺さったようなチクチクとした痛みのような些細な負の感情に私はソルの手前、笑顔を取り繕いながらも戸惑いを覚えた。
この気持ちはなんだろう、と考えを巡らせれば、すぐに嫉妬なのだと思い至った。
今まで遊んでばかりで燻っていた彼はようやく自身の道を見つけたかのように生き生きと見つけた道を突き進もうとしている。
それが眩しくて、羨ましい。
だって私はいまだに将来どうするか、どうなるかを定められていない。
貴族の淑女として誰かに嫁入りもできず、自分の手で道を切り拓くこともできず、お前には何もない。魅力がないと言われ続けている。
「…………ソルは、すごいね」
羨望がふと私にそう口をつかせた。
文脈も何もない言葉にソルが一度きょとんと目を丸くした後、でも彼は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、カノン」
誰もが見惚れるほど美しい顔でにっこりと微笑む姿に、私はただ笑顔を返す。
チクチク痛む胸の内を彼に打ち明けることはできなかった。




