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 まあ、結論から言うとソレイユ・ウェリントンとのデートはそれなりに、いや結構楽しいものであった。


 さすが社交界で浮き名を流す男と言えばいいのだろうか。

 彼のエスコートは細かいところまで気遣いが行き届いていて、まるで自分がお姫様になったかのような錯覚に陥らされる。

 特に彼は自分の顔が美しいというのをよく理解していて、自分の魅せ方をよく識っているからなおさらに。


 顔のいい男がニコニコとご機嫌に笑いながらあれやこれやと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのが嫌いな人はそういないだろう。


 話題も豊富で、こちらの機微を読んで話を振り、あるいは聞き役に徹して気持ちよく会話をさせてくれた。

 珍味と評した普通の女の子とは勝手が違うだろう私に対してもこうまで上手にデートをリードする様には舌を巻く他ない。


 それだけではなく彼とのデートは私にそれなりの収穫ももたらしてくれた。

 何せ社交界に浮き名を流すモテ男。センスが抜群にいいのだ。

 それからも彼とのデートを幾度か重ね、服飾を選んだりしてもらううちに私は自分が好きなものと似合うものが違うということを学んだり、今現在の流行りの追い方を識った。

 デートでの話題の選び方やマナーも教えてもらった。


 自ら垢抜けたと公言するほど自惚れてはいないが、それでも彼と知り合う前の自分と比べたら多少は芋臭さが抜けたのではないだろうか。


「まあ、だからといって婚活で勝てるというわけではないのが悲しいところなんだけど」


 芋が多少の芋臭さを脱ぎ捨ててある程度マシな見た目になったとしても、やはり家柄や突き抜けたスキルがなければ若さを超えられるわけもなく、私は今日も今日とて惨敗記録を重ねていた。


 もういっそ結婚を諦めてやろうかなとさえ思い始めている。

 だからといって将来の進路をどう舵取りするのか定まっていないのが痛いところだが。


「やあ、カノン。調子はどう? って……見た通り、あまり芳しくはなさそうだね。みんな見る目がないなあ、カノンはこんなに綺麗で可愛らしい人なのにもったいない」

「ご機嫌よう、ソル。お世辞をどうもありがとう。心がこもってなくてもそう言ってくれるだけでちょっとは救われるわ」

「ひどいなあ、僕はいつだって本音しか言わないよ」


 壁の花になってぼんやりと会場を見ていれば、見るに見かねたのだろうか。ソルがニコニコといつもの綺麗すぎてうさん臭い笑顔で話しかけてきた。

 こんな調子の良いことを言うが、彼は会場入りしてからずっと女の子たちに囲まれて、先ほどまで取っ替え引っ替え楽しくダンスを踊り、歓談していたことを私は知っている。


 そんなことだから彼もまた婚約者が決まらないのだ。

 いや、でも彼は引くて数多だから急いで決める必要がないだけか。モテない私と違って。


「その顔は信じていないね? ひどいなあ、傷つくよ」

「はいはい、そうね。本音ね。ありがとう」


 軽く唇を尖らせながらもそっと私にシャンパングラスを差し出す心遣いは素直に受け取る。

 一口飲めば、弱い炭酸と共にすっきりとした後味の酸味が爽やかに舌先を駆け抜けていく飲みやすいスパークリングワイン。

 間違いなく私好みの味。


 こいつ、本当にこういうところ。

 悪態代わりに深くため息をつくのに、ソルはやっぱりニコニコと微笑んでいた。


「ソレイユ」


 と、その時だった。


 耳に低く響くバリトンボイスが響いて、ニコニコ笑っていたソルの顔が一瞬だけ強張った。

 でもほんの一瞬だ。彼はすぐさまにいつもの一番綺麗な微笑みをたたえて振り返る。


 そこにはソルと同じ色の髪と瞳をした背の高い男が渋面を浮かべて立っていた。

 親族、なのだろうけれども、顔立ちも雰囲気は全然似ていない。

 柔和で中性的。華やかな雰囲気のある人好きするイケメンの顔立ちのソルとは対照的に、この男は質実剛健を体現したような姿をしていた。

 厳格で気難しそうな、近寄りがたい雰囲気がある。


 思わず無遠慮にマジマジと見つめてしまった私を、彼はただ一瞥くれてすぐにソルを非難するように見つめる。


「やあ、レグルス兄上。こんなところで会うとは思いませんでしたよ」

「お前はまた女遊びか。いい加減、ウェリントン侯爵家の名を貶めるような真似は止めろ」


 先に口を開いたソルの気安い挨拶に兄と呼ばれた男は顔に書いてあることをそのまま口にした。


 レグルス・ウェリントン。

 ウェリントン侯爵家の嫡男で次期侯爵だ。


 確かソルとは十以上も年が離れていて、兄弟仲は相当冷え切っているとか。

 確かに噂通り、二人が並ぶと兄弟というよりは上司と部下のような空気だ。


「貶めるだなんてそんな。彼女はただの友達ですよ」

「ふん、お前の言動は信用ならん。今までお前の尻拭いのためだけにどれだけ我らが奔走したと思っている」


 ソルの言葉をウェリントン次期侯爵が鼻を鳴らして一蹴する。


 ソルはにこやかな微笑みを浮かべたままであったが、かすかに視線が下げて「……誰も頼んでませんよ」と小さくぼやくのが聞こえた。

 ウェリントン次期侯爵の耳には届かなかったようだが。


「この間だってそうだ。お前に誑かされた女と決着をつけるのにどれほどの金と労力がかかったか。お前は本当に一度刺されて死なねば学ばないのか?」

「やだなあ、レグルス兄上。死んだら学ぶも何もないじゃないですか」

「わかっているのなら性懲りもなく女を侍らせて遊ぶような真似はよせと言っているんだ」


 ケラケラと笑うソルをウェリントン次期侯爵はギロリと睨む。

 剣呑な目つきは遥か高みにいる強者の威厳があり、とても威圧的だった。


 小心者ならすぐさま何もなくとも申し訳ありませんと頭を下げてしまうような威圧的な視線に、ソルはただにこやかに笑って押し黙る。

 何も言い返さず、謝罪もないソルに呆れたようにウェリントン次期侯爵はため息を落とすと、今度は私の方をジロリと見た。


 思わず背筋が伸びる。


「貴女も目を覚ました方がいい。こいつは碌な男じゃないからな。甘言に引っかかってのぼせ上がれば人生をふいにするだけだ」

「それは……ご心配ありがとうございます。ご忠告を肝に銘じつつ、弟君とは節度あるお付き合いさせていただきます」


 ウェリントン次期侯爵の言葉に反射的に答えて、ウェリントン次期侯爵が怪訝に、ソルが驚いた顔で私を見つめた。


 言ってから私も自分が何を言ってしまったことに気がついたが、出てしまった言葉はとりもどせない。


 私は気を取り直すようにウェリントン次期侯爵を真っ直ぐ見つめると、こう口を開く。


「お恥ずかしい話、私は時流に疎く淑女として足りないところばかりなので、弟君からは色々と学ばせていただいているのです。確かに彼に対してふしだらな噂も聞き及び、それが事実であることも知っていますが……彼の移ろいやすい流行り物を押さえる情報収集能力や、配慮の行き届いた細やかな気配りの仕方は悪い噂をも補うほど感心するほどのものですので」


 そう告げればウェリントン次期侯爵の顔がますます気難しくしかめられていく。


 言葉にするなら「こいつ、マジか? 惚れて盲目になってるんじゃないか?」だろう。


 まあ、実際そう思われても仕方はない。

 きっとウェリントン次期侯爵は今までソルに引っかけられたそういう女性の対応をしてきたのだから。


 なので私は「差し出がましいことを申しました」とドレスのスカートをつまんで頭を下げた。

 ウェリントン次期侯爵がやがて深いため息をつく。


「我が家名に傷をつけるような真似だけはするな。その時は容赦はせん」

「はい。恥になるようなことはせぬよう心がけさせていただきます」


 ジロリと睨むウェリントン次期侯爵を私は真っ直ぐと見つめて返事をした。

 しばらく私を見定めるように見つめていたウェリントン次期侯爵はやがて興味を失ったように視線を背けるとこの場を後にする。


「……………カノン」


 彼の背中がパーティー会場に紛れて見えなくなって、口を開いたのは今まで押し黙っていたソルだった。


「きみ、すごいね。あのレグルス兄上と相対してまるで臆してなかった」

「まあ……慣れてるから」


 我がヒューベルト子爵家は辺境地にあるだけあって、寄親は国境を守る騎士団を束ねる辺境伯だ。


 一歩間違えば荒くれ者と化す辺境の騎士たちは大体強面であるし、筋肉の圧もすごい。

 彼らを取りまとめる辺境伯は当然のように熊のように大きくて威厳的だ。

 黙って立っているだけでさながら伝説の一つ目の巨人のような威圧感がある。

 中身はガサツでありつつも至極気のいいお爺さまではあるのだが。


「そっか。カノンはかっこいいね。僕は全然だ。恥ずかしいけれど、レグルス兄上を前にすると萎縮しちゃってね」

「怒られてばかりいるから?」

「それもある。けれど、レグルス兄上は本当にすごい人なんだ。剣も学問も学生の時は常に首席を取っていたし、今は父上の補佐をしながら優秀に仕事をしてる。最年少で宰相に抜擢されるんじゃないかとも噂されるくらいに。なのに僕には何もない。勉強もダメ、剣もダメ。母譲りの容姿の高さで女の子を誑かすしか脳がないときている」


 世間話をするような柔らかい声音が自嘲する。

 なんてことないように笑っているくせに血反吐を吐いているみたいだ。

 綺麗な笑顔がまるで仮面のよう。


「レグルス兄上だけじゃない。父上も国王陛下から信の厚い忠臣と讃えらているし、もう一人の兄上だって剣の腕はこの国随一と謳われて近衛騎士を立派に務めている。ウェリントン侯爵家のものはみんな優秀なんだ。僕を除いて」

「……………そう」


 コンプレックスを吐いたソルにただ短く頷く。

 その私の声で我に返ったように彼は気恥ずかしそうに笑みをこぼした。


「ごめん、つまらない話をしたね」


 そう告げる彼に私は言葉を探す。


 そんなことないよ、とありきたりながらそう声をかけるべきか。

 彼もその言葉を待っている気がする。


 にこりと綺麗に微笑む、仮面のような笑顔の向こう側で同情する女で自分の中にあるぽっかり空いた場所を埋めてやろうと息をひそめる男の気配がした。

 コンプレックスはきっと本当。でもそんな自分の弱いところを駆け引きに使うほどの強かさを見た気がして、私は舌を巻いた。


「ソルって案外強かだから商売とか向いてそう」

「……え?」

「時流の掴み方も心得ているし、親しみやすい雰囲気作りもできるし、センスもいい。駆け引きだって得意だし、女性相手の営業とか案外成功しそう。一歩間違えれば詐欺師一直線だけど」


 思ったことをそのまま告げれば、彼はぽかんと毒気の抜けた顔をした。


「はは、何それ」


 それから困ったようにくしゃりと笑う。

 当てが外れたとほんのり悔しそうなのに、どこか嬉しそうだ。


「カノンはそういうところあるよね」

「そういうところってどういう意味」

「そういうところだよ」


 ソルはおかしそうに笑う。


「だから結婚相手が見つからないんだよ」

「唐突な悪口」

「でも、だから僕はカノンのことが好きだよ」


 と、ソルの言葉に私はどんな顔をしたのだろうか。

 いきなり何なんだ、こいつは。とおくびにも隠さず顔を歪めてしまっただろうか。


 私の顔を見つめたソルはただニコニコと笑っていた。

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