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「やあ、カノン。奇遇だね」


 反射的にゲッと出そうになる声を堪えた自分を褒めてやりたい。

 昼間、買い物のために出た街中で、あの時と寸分違わないにこやかすぎて逆にうさん臭い麗しい微笑みが私に向かって手を軽く振った。


「……ソウデスネ」


 白々しい台詞に私は棒読みの台詞を返す。


 絶対、奇遇などではない。

 何せここ最近、私の行く先々に彼が現れる。


 あの時すげない反応を返したのを面白がったのか何なのか、あの日からこうして何かと絡まれる。


「買い物かい? 何を買うのかな? 衣服やアクセサリーならとても良い店を知っているよ。案内しようか?」

「いえ、結構です」

「相変わらずつれないなあ」


 またしてもすげなくして彼の横を通り過ぎれば、彼はまた追い縋る。


「ねえ、最近話題になっている舞台は見たかな? もしまだだったらチケットが余っているんだ。一緒に観に行かない?」

「興味ないので結構です」

「残念だなあ。一度は見ても損はない舞台なんだけれど。ロマンスもあるけれど、冒険活劇のように殺陣もしっかりしていてね。これなら君も興味があると思ったんだけどなぁ」

「例え興味があっても、その時は独りで観に行きます」

「う〜ん、そっかぁ〜」


 ツカツカスタスタと早足で歩く私をソレイユ・ウェリントンが小走りで必死に並走している。


 よくもまあ、ここまでつれなくされて追い縋れるな。いい加減、諦めてほしいのだけど。


「…………どうりで婚約者探しが難航するわけだなあ」


 と、ふとわざとらしい悪意たっぷりの揶揄が耳に届いて、私は思わず足を止めていた。

 振り返ったソレイユ・ウェリントンはくつりと喉を鳴らして勝ち誇ったように笑んでいる。


「容姿も並、家柄も何もない。なのに性格は可愛げがなくて、スキルも誇れるものがない。なのにお高く纏っちゃって。モテないわけだよ、本当」

「……………」


 安っぽい挑発ではあったが、的確に私の図星を得ていた。

 だから私は何も言い返さず、ただ目の前の綺麗な顔をジッと見据える。


「こういう時、素直に誘われる女の子がモテるんだよ」

「…………それで? 私などを誘ってあなたに何の得があるというのです、ウェリントン公爵令息様」


 私は静かに呼吸吐いて、そう問いかける。

 わざとらしい挑発的な笑顔は崩れなかったが、彼の瞳がかすかに細められる。


「別に何も。でもほら、たまには珍味が食べたくなるし、ガードの堅い女の子ほど落とした時に達成感があるんだよねえ」


 ニコニコとしながら最低な発言を続けるソレイユ・ウェリントンを私はただ見つめる。

 別にここで「最低」と憤ってもいい。いや、むしろ変わらず無視して立ち去るべきだ。


 でも、けれども私はその場に縫い止められたように動けなかった。

 動けずにいる私の手を、ソレイユ・ウェリントンが恭しく取る。


「で、どう? 可愛い女の子になる第一歩として、僕とデートしてみない?」

「……最低な口説き文句ですね」

「でもこの方が君は誘われてくれるだろ?」


 にっこりと微笑みを浮かべる顔は言葉さえ聴かなければやっぱりとっても綺麗な笑顔で、私は現実逃避気味に「ああ、これが顔がいいってやつかぁ」などと考えていた。



 ・ ・ ・ ・ ・



「はい、どうぞ」


 にっこりと完璧なスマイルと共に差し出されたのはフルーツで飾られた生クリームがたっぷりと詰まった甘い香りのするクレープ。


 場所は庶民も行き交う賑やかな商店街の一角。

 こんなモテ男がデートと称する場所に連れていくのだからとんでもなくお高くてドレスコードがありそうな高級レストラン、あるいはシャレオツなバーのような場所を想像していた私は肩透かしを食らった。


 思わずきょとんとしていれば、彼もまたきょとんと目を丸くする。


「あれ、もしかして甘いものは苦手だったかな? それとも嫌いなフルーツでも入ってた?」

「いえ……甘いものは割と好きです。ありがとうございます。おいくらですか?」

「これは命を救ってくれたお礼でもあるから気にしないで……って、言うとずいぶんと安くて申し訳なくなるけれど」


 彼の人好きする笑みから、そっと彼がクレープを買っていた店のメニューの看板に目を向ける。

 確かに彼の言うとおり、庶民にも気軽に手が届くような値段が並んでいてさほど高いものではなかった。


 ので、私は遠慮なくそのお礼を受け取ることにする。


 大口を開けてぱくりとクレープをかじれば、酸味の強いフルーツと生クリームのとろけるような甘さが口の中で弾けて思わず舌鼓を打つ。

 美味しいと思わず顔が綻んで、ふとその顔をニコニコしながらソレイユ・ウェリントンが眺めていることに気がついて私は慌てて表情を引き締めた。


「甘いものは割と好きって言ったけど、実はかなり好きなんじゃない? 良かったらこっちも一口どうぞ」


 が、しっかりと甘党なことは察されたようだ。

 彼はにこやかな笑顔のまま、生クリームとカスタードを重ねた上にチョコレートシロップを振りかけたクレープを差し出してくる。


 あまりにもナチュラルな仕草に差し出されたが、それは彼のクレープだ。

 まだ口をつけていないものの、会ってすぐの異性と食べ物を共有するのは気が引けて私は首を横に振った。


「あっはは、そっか、そうだよね。まだそこまで気を許してくれてないかあ」


 ソレイユ・ウェリントンが破顔する。

 綺麗な顔が気を許すように笑うとそれだけで破壊力はすごい。この顔に見惚れた女の子は星の数ほどいるのだろう。例に漏れず、私もうっかり彼の笑顔にマジマジと見惚れてしまった。


「警戒心の強い猫ちゃんみたいで可愛い」

「猫ですか」

「猫は嫌だった? 小さくて柔らかくて愛らしいじゃないか」

「猫は好きですけど、私は猫に例えられるほど可愛くはないでしょうに」

「可愛いよ」


 そう言って彼が私の頬に手を伸ばす。

 細くてしなやかな割にはしっかりと大きくて私の顔半分を覆ってもなお余るほどの手のひらは繊細な手つきで私の頬に触れて親指でそっと唇の端を拭いとり、それから彼はその指先についた生クリームを舐め取る。


「クレープを食べる時に本当に美味しそうな顔をして一生懸命にかぶりつくようなところも、警戒している割にはこうやってあっさり無防備になっちゃうところもすごく可愛い。ナイフを持ってる相手に果敢に挑めるくらいカッコいい人なのにね」

「うわあ」

「うわあ、って何」


 完全なる口説き文句に思わず声を漏らせば、彼はそう突っ込んできた。


「いや、こう……聞き慣れない言葉に鳥肌が立ってしまって」

「鳥肌……鳥肌って何それ。やっぱり一筋縄じゃいかないのはさすがだなぁ」


 鳥肌を見せてブルッと身を震わせてみせれば、彼はそれでもケラケラ笑った。


 うーん、鷹揚。

 こういう余裕のあるところが一流のナンパ師だと感心させられる。


「でもすぐに慣れさせてみせるよ。そのうちカノンも自分が可愛いって自負するようになるから」

「うわあ」


 思わずドン引く私にソレイユ・ウェリントンが手を差し伸べる。


「さ、お手をどうぞ。案内したいところはまだあるんだ」

「まだあるんですか」

「そう、もっと君と一緒にいたいからね」


 パチンとウインクするソレイユ・ウェリントンはやっぱりものすごく様になっていた。

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