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 あの騒ぎから数週間後のことである。


 私は未だに自分の未来を定められないまま一縷の望みをかけて次なる婚活会場(せんじょう)に赴いていた。

 ここでも惨敗記録を重ね続ける羽目となり、自信を喪失して自棄食いを敢行していた時である。


「こんにちわ」


 青々とした草原を駆け抜けるような軽やかさのある爽やかな声音に私が顔を上げれば、そこには絶世の美男子が立っていた。


 春の太陽の日差しのような柔らかい色のミルクティーブロンドの髪はふわふわ艶々としている。長く伸びた襟足をそっと流しているのが色っぽい。

 目尻の垂れた優しそうな柔和な瞳は目が覚めるような真っ青な色をしていて見つめていると吸い込まれそうなほど美しかった。

 眉は細く形が良くて、鼻はす、と筋が通るほどに高い。肌は新雪のようにまっさらに滑らかで白かった。

 体格は細身。す、と伸びた長身は、そこそこ身長のある上にヒールを履いた私よりも見上げるくらいに高い。


 絵に描いた王子様のような麗しい容貌は見たことがあって、私は行儀悪くフォークを咥えたまま顔をしかめる。

 なのに彼は晴れ渡った快晴のような眩しい笑顔を私に向けるのだ。


「ああ、よかった。やはり君だったね、ヴァルキュリア」

「……なんて?」


 聞き慣れない呼び名にますます顔をしかめてしまう。


「覚えているかな? 前に君に助けてもらったんだけど……あの時は礼も言えず別れてしまって、以来ずっと探していたんだ」

「……はあ」


 ニコニコと眩しすぎて逆にうさん臭い笑顔に私は生返事を返す。


「自己紹介もまだだったね。僕はソルだ。気軽にソルって呼んでほしいな」

「………はあ」


 名乗る彼に私はまたも生返事をした。


 ソルと名乗ったが、私は彼のことを知っている。

 前に出会ったからとかではなく、事前に彼のことは婚活調査によって情報を得ていたのだ。


 ソルこと、ソレイユ・ウェリントン侯爵子息。


 ウェリントン侯爵家の三男坊で、厳格な侯爵の元に生まれた割には奔放な性格。

 高い家柄と飛び抜けて麗しい容貌、そして親しみやすい話術で女性達のハートをガッチリと掴むことに長ける界隈切ってのモテ男であり、数多の女性と関係を結んでいるという噂の御仁である。


 当然ではあるが結婚には向かない。結婚どころか付き合うだけで最後、この前の小柄の淑女みたいに絶対に泣かされることになるやつだ。


「勇ましいヴァルキュリア、君の名前を伺ってもいいかな?」

「……………カノン」


 私が短く名乗れば、彼は破顔して嬉しそうな人懐こい笑顔を浮かべた。


「カノン、あの時はありがとう。おかげで助かったよ」

「いいえ、別に大したことでは」


 名乗れば早速まるで長年の友のような距離感で気安く名前を呼んでくる様に背筋がゾワゾワする。

 急に距離感がゼロになる態度がどうにも苦手だ。


「いや、十分に大したことだよ。だからお礼も兼ねて、今度食事でもどうかな? ぜひ美味しいレストランでご馳走させて欲しいんだ」

「いいえ、そこまでしていただくことではないので結構です。お気持ちだけいただきます。それでは失礼を」


 イケメンにしか許されない何かキラキラしたエフェクトを振り撒いて、ソレイユ・ウェリントンが言う。

 だがここで厄介な男に絡まれたくない私はきっぱりと断り、足早にこの場を後にしようとした。


 が、


「あ、待って、カノン。いきなりは不躾だったかな? でも僕は本当に君に感謝をしていて、何かお礼をしなきゃ気が済まないんだ」


 この場を後にしようとした私の後を追いかけて、ソレイユ・ウェリントンは慌てて足早に追いかけてくる。


「いいえ、本当にお気持ちだけで結構です。あれは騎士家のものとして当然のことをしたまでで」

「カノンは騎士の家出身なんだ? でもだからってそこまで勇ましい女性は初めてだよ。やっぱり小さい頃から修練を積んでいたのかな? 君はすごく努力家なんだね、すごいよ」


 その言葉に思わず足を止める。


 大抵、守られるべき淑女があのような武芸の真似事をすることは忌避されるべきことで、私がそういうことができるのだと知れば大抵の人は眉をひそめ、時には“野蛮”と罵倒された。


 だがたった一度だけ、前にも彼と似たようなことを言われたことがある。

 その言葉は私にとってはとても穏やかで優しい思い出の一幕だった。


 だから、


「ウェリントン侯爵令息様」


 私がそう呼んで彼を振り返れば、彼は軽く目を見張って私を見つめた。


「お褒めいただき光栄ですが、淑女にとってあまり褒められた特技ではないことはご存知でしょう? このような女などあなたに相応しいとは思えません。どうぞ他をお当たりくださいませ」


 私は自らを卑下するような物言いながらも、つっけんどんに彼に拒絶を示した。


 ソレイユ・ウェリントンがぽかんと呆けた顔になる。

 そんな彼に構わず私は「失礼します」と一礼をするとさっさとその場から離れてやった。


 今度こそソレイユ・ウェリントンは追ってこない。

 私は深くため息をつき、今日はもう帰ろうと馬車の降車場へと向かう。


 彼には悪いが私にとっては地雷に似たものだった。

 私にとって武芸を褒められるのは大切な思い出だったのだ。それが軽薄な言葉で踏み荒らされたような気分になってしまった。


「最悪……」


 呟いた言葉は誰に向けてのものなのか。

 私は陰鬱な気持ちのまま、そのまま帰路についたのだった。

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