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窓辺から柔らかな午前の日差しが差し込む。
優しい日差しに私は軽く目を細めた後、静かにしている家族たちへと目を向けた。
彼らは私に窓辺の日差しと似た優しくて柔らかな眼差しを向けている。
「……あなたのこんな姿を見れる日が来るなんて……」
私の前に立った母が涙声で漏らした。
ハラハラと涙をこぼす母に私は苦笑をする。
「どうしてお母様が泣くの」
こういう時は娘の私が泣くのが相場だろうに。
けれども私の言葉に構わず、母は弟が差し出したハンカチを握りしめて流れ落ちる涙を何度も拭いながら嗚咽を漏らす。
「カノン……今のあなたはとっても素敵よ。とっても素敵で綺麗……私はあなたが誇らしいわ。必ず幸せになるのよ」
「………はい」
そうして母は軽く屈んだ私の純白のベールを下ろす。
美しいレースの装飾で飾られたベールに視界を遮られ、私の心臓が緊張でトクトクと鳴る。
「お父様も何か言ってあげて」
母が私の手を父の腕に導きながら、そう告げれば父は厳しい顔で短く「……うむ」と頷いた。
私が父を振り返れば父は厳しい顔つきのまま私を見つめた後、やがて真正面の大きな扉へと向いた。
「……………でも言いたいことは全部母様が言ってくれたからなあ」
「それでも何かあるでしょ、あなた!」
母がバシンと父の肩を叩く。
式前だというのにコミカルなやり取りをする二人に周りの式場スタッフたちが苦笑をしている。
彼らの苦笑に父はコホンとひとつ咳払いをして、それからやがて重々しく口を開いた。
「カノン」
「はい」
「…………結婚しても、鍛錬は欠かさずにな」
「はい」
「“はい”じゃない! もう、二人ともせっかくの門出にする会話じゃないじゃないの!」
涙を引っ込めた母のツッコミに苦笑していた式場スタッフたちが堪えきれずに吹き出した。
弟なんか隠しもせずにクスクスと笑っている。
いつものヒューベルト子爵家だ。
私もベールの下でくすりと笑んで、改めて大きな扉に向き直る。
私が扉に向かえば、父もまた扉を向いて入場に備える。
やがて式場スタッフの手でゆっくりと大きな扉が開く。
花びらの撒かれた美しいヴァージンロード。
その先に大きくも麗しいステンドグラスと、神父。そして私の花婿となる相手が待っている。
父と共にヴァージンロードを一歩踏み出す。
後ろに長く伸びるウェディングドレスの裾を引きずって、私は今までのことを踏みしめるように進む。
参列客の中にアズーロ様の姿を見つけた。
フローレンス夫人と寄り添って私を見守る彼を見て、私は昔、この道の先に彼が待っている未来を夢見たことを思い出した。
彼との未来を夢見て、彼に恋した。
彼との縁が失くなって、胸が引き裂かれるような思いをした。
もう過去のことだ。
今はただ、懐かしいばかり。
父が立ち止まる。
私の手が父の手から花婿の手に委ねられる。
トクトクと鳴っていた心臓がその瞬間に高く鳴る。
父に導かれて歩いていたバージンロードを、今度は彼と一緒に歩く。
一歩。また一歩。歩くたびに心臓の音が大きくなっているようだ。
緊張もある。でもそれ以上に私は、これから彼と歩む未来への期待と不安に胸をいっぱいにしていた。
やがて聖書を携えた神父の前に辿り着く。
その後ろには差し込む日差しでキラキラ輝くステンドグラスと神々しい女神像が私たちを見下ろしている。
神父が聖書を開き、祝福の祈りを読み上げる。
私はその祝福を受け止めるように頭を軽く下げ、ジッと耳を傾ける。
隣の彼も私と同じようにジッと沈黙を守って、神父の祈りを聴き入っていた。
「健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しいときも、愛し敬い、慰め助け、生涯を共にすることを誓いますか?」
やがて神父が誓いの言葉を尋ねる。
「はい、誓います」
隣の彼がはっきりと言葉にした。
静かで厳かな結婚式場にその声は大きく聞こえて、私の胸が打ち震える。
神父の目線が私に向く。
「……誓います」
いっぱいになった胸のせいで声が震えそうになった。
始まる前に胸をいっぱいにして大号泣していたのは母だった気がするのに。
涙をこらえて俯いた私の耳に、神父の言葉が届く。
「それでは誓いのキスを」
その言葉に隣の彼が私に向く気配がした。
私もゆっくりと彼の方へと向き、時間をかけて顔を上げる。
母が被せてくれたベールを彼の手がゆっくりと持ち上げる。
レースに遮られていた視界がクリアになって、あの目が覚めるような青い瞳が私を見下ろしているのがよく見えるようになった。
彼のーーソルの顔を真正面から見た時、私は彼を選んだ時のことを思い出した。
あの時、ロデオバーグ男爵の言葉に甘えて私は自分自身についてたくさん考えた。
おそらくその先にも続く人生を誰と共に歩みたいのか。
どう答えを出せば後悔が一番少ないのか。
そう考えた時にいつもソルの目が覚めるような真っ青な瞳が脳裏によぎって、忙しなく心臓が動いた。
自分のトクトクと早鐘を打つ鼓動を聞いていると、どうしようもなく恥ずかしくて、彼に恋に落とされたことを自覚した。
『カノン、僕はね、君が好きだよ』
彼の告白を思い返せば、それより前にももらった言葉も蘇った。
私が夜会で肩に一生を残る傷を負った時、心配の言葉と共に不器用なプロポーズをしていた。
彼が「実は恋をしている」と告白された時、私の軽々しいアドバイスに何とも言えない顔をしてため息をついていた。
私がアズーロ様への失恋を自覚した時は、ただ優しく寄り添って穏やかに話を聞いてくれた。
ロデオバーグ男爵との結婚が決まりそうになっていた時には、必死になって引き止めようとしていた。
そして、騒動のあった武道大会のあったあの時は、自分の身を顧みずに命懸けで私を庇った。
ずっと前から愛してくれていたのだ、と気がついてしまったらもう駄目だった。
私は彼の手を取ることしか考えることができなくなっていて、矢も盾もたまらず走り出していた。




