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「ーー……令嬢、ヒューベルト子爵令嬢」

「っ! す、すみません、私、ボーッとして……!」


 目の前で手を振りながら、私の顔を覗き込んできたロデオバーグ男爵に私はハッと我に返る。

 慌てて謝る私へ、彼は苦笑を浮かべてこう口を開いた。


「大丈夫、気にしないで。ヒューベルト子爵令嬢は一躍時の人になったからね、最近色々あって疲れが出たんだろう? それなのに今日は来てくれてありがとう」


 ロデオバーグ男爵の言葉に私は小さく唸って視線を落とす。


 言われてみれば、確かに色々とあった。

 武闘大会の騒動の鎮圧。その後の後始末。騎士爵の叙勲。それから……ソルのこと。


 あれからまだひと月も経ってはいないはずなのに目まぐるしい日々はとても濃密だった。


「それで……僕たちの将来のことなんだけれども」

「…………将来」


 その言葉にドキリとする。


 目覚めたソルに告白される前だったのなら、私はその言葉をそのまま受け入れていたはずだ。

 目の前のこの人と結婚するという将来を、そのまま。


 けれども私は揺らいだ。ソルの言葉を受け取り、気持ちに触れて、迷ってしまった。


「……ヒューベルト子爵令嬢、何かあった?」


 迷って視線を落とした私にロデオバーグ男爵が問いかけてくる。


 真っ直ぐ見つめてくる彼の視線が受け止めきれなくて、私は視線を落としたまま言葉を探して沈黙する。

 けれどもこのまま黙っているわけにはいかなくて、私は精一杯言葉を探してこう切り出した。


「…………こんなことをあなたに相談するのは間違っているとわかっているのですが……それでも、聞いてほしい話があります」

「……聞こう。何かな?」

「………ソルの、ことです」


 そう切り出して、ロデオバーグ男爵の反応が怖かった。


 けれども彼は厳しい顔も、眉をひそめることもなく私に無言で続きを促した。


 私は言葉を探しながら、辿々しく話す。


 ソルとの出会いから、彼とどんな時間を過ごしてきたのか。

 彼とデートを重ねていくうちに彼のことを大事な友人と思うようになったこと。

 何かあった時は駆けつけてくれる彼もまた、自分と同じような気持ちを抱いているのだと思っていたこと。

 けれども今日、その思い込みを覆され、彼の気持ちを受け取って迷いが出てしまったこと。

 ロデオバーグ男爵へ抱いている信頼と罪悪感も。私のことを心配してくれたことや、私のために結婚を考えてくれたことはありがたく思っていることも。天秤にかけていることを申し訳なく思っていることも。


 すべて洗いざらい話しながら、私は憂鬱な気持ちになる。


 本当にこんなこと、ロデオバーグ男爵に打ち明けるべきことではないはずだ。

 まだ数回しか会ったことのない間柄。それに彼の心配と、彼が受けた過去の傷を思うならば彼に背負わせてはいけないことだろう。


 でも同時にこれからを共に築く間柄になるかもしれない相手だからこそ、誠実にすべてを話すべきだとも思う。


 頭の中がもう色んな感情でぐちゃぐちゃだ。


 そんな状態の私が話す内容は支離滅裂として聞き苦しいものだっただろうに、けれどロデオバーグ男爵は相槌を打つくらいで何も口を挟まず、根気強く私の話を聞いてくださった。


 やがて私が話し終えると、ロデオバーグ男爵はしばらく考え込むように目を伏せて、それからまっすぐと私を見た。


「……なるほど……ヒューベルト子爵令嬢、まずはよく話してくれたね。ありがとう」


 その言葉に私は首を横に振る。

 ロデオバーグ男爵はそれから何度も言葉を選ぶように悩みながらも、こう語る。


「……僕はソレイユ・ウェリントン侯爵令息とはたった一度しか直接会ったことがないから、噂で聞いた以上のことしか知らない。でもこれだけ噂に聞く以上、いくらかの誇大があってもすべてが嘘だとは思えない。彼がした君への告白も、実際には他の女の子にも言っているんじゃないかと疑ってしまう」

「…………はい」

「……たとえ君が信じた通り、彼の君への想いが本気だったとしても、彼と添い遂げることはきっと大変な道になるだろうと思う。彼の悪い噂はきっと君を傷つけるし、彼はあれだけ目立つ人だから君と結ばれたとしても女の子が途切れることはないだろうと思う。もしかしたら彼が君を一途に思うほど、彼を射止めた君を害そうとする人も出てくるかもしれない」


 ソルに告白されたことだけで頭がいっぱいになっていた私にとって、その視点はないものだった。

 でも言われてみたら確かにその通り。ありえないとは言い切れないものだった。


「幸い、君は騎士爵を得て自立した道を選べる。けれど一方の彼は商売を始めたとはいえ、それはまだ小さな無名のガラス工房なんだろう? 今はたまたま上手くいっているようだけれど、それは侯爵令息としての後ろ盾と資金があるからだろう。結婚をしたらいつまでもウェリントン侯爵家の脛をかじるわけにはいかないだろうし、仮にウェリントン侯爵家に見放されて彼の商売が上手くいかなくなったら君が彼を養う羽目になる」


 私は何も言えない。

 覚悟を問うように話をするロデオバーグ男爵に、私は項垂れた。


 そんな私に、彼は「でもね」と告げる。


「彼を選ぶことは確かに苦労する。でも……ヒューベルト子爵令嬢、たとえ僕を選んだとしても、別の苦労があるんだよ」

「……え」

「僕は君より十も年上だ。老いて衰えるのは確実に僕の方が先だ。そうなった時、君に間違いなく苦労を強いる。そういうのも差し引いても、十年の歳月というものは大きくて、世代ごとの価値観の違いに互いに戸惑うこともあるだろう。初婚と再婚の違いも互いの溝になり得るかもしれない。互いの家のこと、仕事のこと……子供ができたら教育方針でも喧嘩になるかもしれないね」


 彼の言葉に私はじっと彼を見つめる。

 彼は穏やかに微笑んだまま続ける。


「結婚というものはそういうものなんだ。いや……結婚というより、人生かな。結婚という道を選ばなかったとしても別の苦労が待っているものだからね。だからね、ヒューベルト子爵令嬢、君が一番後悔の少ないと思う道を選んで」

「私の、後悔の少ない道……」

「そう。いっぱい考えて、答えを出して。君の大事な人生の岐路なんだから、たくさん悩んでいいんだよ。僕は元々独身でいるつもりだったからいくらでも待つし、君がどんな選択をしたとしても責めはしないよ」

「ロデオバーグ男爵……」

「……ああ、年を取るとどうにも説教臭くなって駄目だね。ヒューベルト子爵令嬢、お茶のおかわりはいるかな?」

「いえ……ありがとうございます。ロデオバーグ男爵、あなたに話を聞いてもらえて良かった」

「そう言ってもらえるならおじさん臭い長々とした説教をした甲斐もあった」


 私が頭を下げれば、彼はおどけたように笑んだ。


 やっぱりこの人はとても優しくて、素敵な人なのだと改めて思った。

 その日は二人でお茶をして、それで解散になったけれども、私はロデオバーグ男爵の言葉に甘えてじっくり自分の将来について考えることにした。


 私の将来を。どういう未来を歩みたいのか。

 受け取った気持ちと、私の気持ち。

 私が最も後悔しない道、とは。


 考えて、考えて、たくさん考えて、私はやがて答えを出した。

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