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「……………はあ」


 深々とため息が漏れる。


 今日の婚活は散々だった。

 とにかく当たって砕けてやろうとめぼしい子息たちに話しかけてみたり、ダンスに誘ってみたりとしたのだが芳しい反応はなかった。


 難色を示し、やんわりと断りを入れられるだけならまだいい。


 だが中には私が田舎者であることを明らかに嘲笑したり、すでにとうが立った年増扱いをするものもいた。


 わかっている。婚活市場にて私の価値は急速に下落している。

 貴族子女の価値は基本的に貴族学園に所属している年頃が最も旬だ。


 そんな歳のことを覆せるものが私に何かあれば、あるいは家にもう少し何かあれば望みはあったのかもしれないが、私自身は特筆すべきものを何も持たない地味な女であったし、家に金もない田舎の子爵。

 同格の子爵家に劣るばかりか、王都に居を構える男爵家よりも格下ではなかろうか。


『君は選べる立場ではないのだから、もう年寄りの後妻に行くか、行かず後家にでもなるしかないんじゃないの』


 最後の子息に笑われた言葉がずしんと胸に重くのしかかる。


 もう本当にそれしか道はないのだろうか。

 いっそ結婚せずに一人で生きていける道があればよかったけれど、女性の就職間口は狭く厳しい。

 王家や高位貴族の女官や侍女をするにしても倍率は高く審査はとても厳しい。

 家庭教師も同じく。いや、今年は特に需要が供給に追いついていない。

 考えることは皆同じで、私みたいに婚約騒動の煽りを受けてあぶれてしまった淑女たちがこぞって求人に殺到しているらしい。


 彼女達を押し退けて就職できる能力は私にはまるでなかった。


 あるいは平民と結ばれるか。だが貴族としてしか生きたことのない私が平民の暮らしをやっていけるのか。それなら年寄りの後妻に行った方がまだマシな気がする。


「………はあ」


 どうしたものかなあ。

 また深いため息が漏れた時だ。


「ち、ちょっと……ちょっと落ち着いて!」


 切羽詰まった男の声が辺りに響いて、私はハッと顔を上げた。

 落ち込んで人気のない場所をさまよっていたらどうやら屋敷の中庭へと出ていたらしい。

 そこではどうやらひと組の男女が言い争っているようだった。


「ひどいわ、あたしとは遊びだったのね……!」

「い、いや、とにかく落ち着いて。そんな物騒なものは君に似合わないよ」

「あんなにあたしのことを可愛いって、好きだよって言ってたくせに、嘘つき!」


 ギャアギャアと言い争う声に思わずそーっと隠れて様子を窺ってしまう。

 小柄な可愛らしい淑女がナイフを手に、すらっと背の高い男に迫っているようだった。


 話の内容はあからさまに痴情のもつれ。

 どえらい場面に出くわしてしまった。


「嘘は言ってないよ……! 君のことはチャーミングですごく可愛いって思ってる。ね、だからさ、まずはその似合わないものを置いて話をしよう? ね?」

「じゃあ昨日一緒に歩いてた女は誰!? 親しげに手なんか繋いで……!」

「いやいや、あれはただの友人だから……!」

「ただの友人にキスする!? 信じらんない! ふざけないで!」


 必死に言い訳する男に小柄な淑女はヒステリックに髪を振り乱して叫ぶ。


 これは……ヤバい場面だ。

 私は慌てて衛兵の姿を探すが、こんな時に限って誰もいない。

 私がオロオロしている間にヒステリックな淑女がヒートアップしていく。


「あ、あ、あんたなんか……! あんたなんか、死んじゃえばいいのよ!」

「っ……!」


 ナイフを突き出した小柄な淑女が男に向けて突進した。

 私は咄嗟に走り、二人の間に割って入る。


 は、と小柄な淑女の顔が驚きに見開かれたが、私は構わずドレスの裾を持ち上げ、


「はっ!」


 小柄な淑女が突き出したナイフ目掛けて蹴り上げた。

 カッ、と短く私のヒールとナイフの刃が当たる音がして、ナイフが空を飛ぶ。


「そこまでです。さすがに刃傷沙汰は見過ごせませんわ」

「だ、誰よ!」

「ただの通りすがりです。それよりも聞いていれば浮気をされたご様子。なればこそ、そんなクズ男のためにこんな物騒なものを持ち出してあなた自身の経歴に傷をつけるだなんて勿体ないですよ」

「あ、あんたに何がわかるのよ! あ、あたしは……あたしは本当に彼のことが好きで……ずぎでぇえええ〜〜〜っ……!」


 小柄な淑女はついに泣き崩れてしまい、その場に崩れ落ちて顔を覆ってオイオイ泣き始めてしまう。

 私はそんな彼女に寄り添うとそっと抱きしめて、辛かったわねとよしよしと背中をさする。


 すると小柄な淑女は余計に泣き出したので、私は彼女を抱きしめたまま何とも言えない微妙な顔で固まったまま突っ立っている浮気男へと視線を向け、人を呼ぶように顎をしゃくって合図した。

 それに浮気男はハッと我に返るとそそくさとこの場を立ち去る。


「あたしにとって、あの人は王子様だったの……! 可愛いねって……たくさん優しくしてくれて……! なのに、なのにぃ……!」

「そう、そうだったの。それは辛かったですね」


 私は泣き続ける彼女の背中を落ち着くまでさすり続ける。

 そうしてこれは騒ぎを聞きつけた人たちが駆けつけるまで延々と続いたのである。


 ああ、もう、踏んだり蹴ったりだ。

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