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「曲者!」
目の前に急に現れた試合中の騎士の姿に面食らった不審者がボウガンの矢を放つ。
狙いも何もない矢は私の顔の横に逸れて飛ぶ。
外れて飛んだ矢が私の後ろで爆発したが、私は構わずそのまま重力の勢いも使って拳を不審者の顔に突き立てた。
踏み潰すように制圧した不審者から拳を退けて顔を確認すれば、白目を剥いたその顔には見覚えがあった。
かつて第一王子に侍っていた宰相の息子。
今は廃嫡どころか除籍されて市井に放り出されたと聞いていたが、よもやこんな物騒なものを持ち出して王族の暗殺を企むとは。
と、そこではたと気づく。
こんな武器を持ってひとりで会場の警備を潜り抜けれるはずがない。
近くに彼を手引きした仲間がいるはずと視線を巡らせれば、私に目掛けて何かが投げ込まれた。
慌ててそれを受け止め、遠く上空に投げる。
途端に大きな爆発音がして投げ込まれた何かが上空で爆発した。
観客の悲鳴が上がる。
「チイッ、まさかこんな形で阻まれるとはな……! どうなってんだよ、今年の武闘大会! 戦ってるやつが暗殺に気づくか!? どんな化け物だよ!?」
「ジオルド第一王子……!?」
爆弾を手にした男のフードが爆風で煽られてめくれる。
その下の顔はかつて卒業パーティーで婚約破棄騒動を起こしたジオルド第一王子に相違なかった。
「何故あなたがここにいるのです!? 真実の愛の相手の男爵家に婿入りしたのでは!?」
「ああ!? そんなもの決まっているだろう! 正統後継者の元に王位を取り戻すんだよ! クリフトの奴め、よくも俺から王位を簒奪しやがって……!」
彼の主張に私はめまいがするようだった。
そんな馬鹿な。あの騒動を引き起こして自ら転落したのは彼の方だというのに。
だが、けれども同時に納得した。
そんな馬鹿な真似を起こせるような彼だからこそ、こんなテロを引き起こしたのだとも。
彼は自分が何をしているのか全く自覚がない。同時に彼は誰かの口車に乗せられていることも察した。
「ええい、コソコソするのは止めだ! お前ら、やれ! 正統な後継者の元に王位を!」
私の想像通り、ジオルド第一王子の掛け声と共に彼の近くに潜んでいたテロリストたちが姿を現す。
ちらりと一瞥した王族の観覧席ではバーナード様を含む近衛騎士たちが国王陛下たちを避難させているのが見えた。
彼らは大丈夫だろう。
私はそう判断して目の前のテロリストたちに向き直る。
ジオルド第一王子を守るように囲ったテロリストたちは質はあまりよくなさそうだったが、数がとにかくいた。
よくぞこれほどの人数を隠して侵入させられたものだ。彼の後ろ盾になって唆したものはそれなりに大きいのかもしれない。
私が考え込む間にテロリストが動く。
雄叫びを上げていの一番に飛びかかってきたテロリストの剣を半身で避け、握った拳で顎を殴る。
途端に脳震盪を起こして倒れるテロリストから剣を奪うと、次いで襲いくるテロリストを斬り伏せる。
私はそのままジオルド第一王子に向かって駆ければ、彼は「くそ、やつを止めろ!」と怒鳴りつけて逃げ出した。
「待ちなさい!」
私はテロリストどもに行く手を阻まれて彼を追えない。
このまま逃すわけにはいかないのに……!
と、その瞬間、空から大きな影が降ってテロリストを串刺しにした。
テロリストを貫いた細身の槍は抜き様に弧を描いて背後でまごつくテロリストを強く打ちすえ、打たれて傾いたテロリストに強烈な後ろ蹴りが炸裂した。
軽く裂けた覆面の身軽な長槍使いの男。
私が今まで戦っていた試合相手。
「お前はやつを追え」
テロリストを引き受けた彼の有無を言わさぬ短い命令に私はすぐに従い、逃げたジオルド第一王子を追った。
助力を得て、すぐに追ったおかげで彼はすぐに見つかった。
突然のテロに混乱して逃げ惑う観客に紛れて逃げようとする彼は追ってくる私に気づいて顔を歪ませる。
「くそ……!」
彼が懐からまた爆弾を取り出す。
あれをこんな場所で炸裂させられたら観客たちがひとたまりもない。
私は焦り、けれども間に合わずにジオルド第一王子が爆弾に火をつけようとして、
「止めろ!」
「っ!?」
横手から急に長身の男に飛びかかられて、揉み合った。
その後ろ姿に私は目を剥く。
「何だ、お前……! 俺に楯突くのか!?」
「ソル……!?」
ジオルド第一王子に飛びかかって揉み合っているのはソルだ。
武芸の心得なんてほとんどないに等しい動きで彼はジオルド第一王子に果敢に挑んで、結局揉み合いの末に押し負けて尻餅をつく。
「クソ……邪魔しやがって!」
だがソルのしてくれたことは無駄じゃない。
お陰様で私はジオルド第一王子が爆弾に火をつける前に追いつけた。
ソルに向かって懐から取り出したナイフを振り上げたジオルド第一王子のナイフを剣で弾く。
甲高い音がしてジオルド第一王子の手からナイフがクルクルと飛んで地面に落ちた。
「おしまいです。大人しく投降なさい、ジオルド第一王子」
「おま……っ、お前……! この俺にこんな真似をして無事で済むと思ってんのか……!?」
彼の喉元に剣を突きつけて投降を促せば、彼はギリギリと奥歯を噛んで私を睨みつけた。
「俺は王太子だぞ! 不敬だ! ふけっ……!?」
癇癪を起こした子供のように唾を飛ばして怒鳴るジオルド第一王子の鳩尾を剣の柄で突く。
途端に彼はくの字に体を折って倒れ、静かになる。
あとは粛々と彼を縛り上げ、警備に引き渡せばこの騒ぎもひとまず落着するだろう。
「カノン……」
「ソル、大丈夫? あなた、怪我はない?」
と、その時よろよろと立ち上がったソルの声に私はハッと彼を振り返った。
彼は情けなく眉尻を下げて頷く。
「なんとかね。それよりも君だよ。君こそ怪我は?」
「私も大丈夫よ。それにしてもありがとう、ソル。あなたがいてくれたから何とかなったわ」
「はは……それは良かった。僕はもう無我夢中でね。もう二度とあんなことはしたくないよ」
情けない顔のまま力なく笑ったソルに私も思わず微笑みかけて、ふと耳にジジジ…と嫌な音が聞こえてハッとした。
見ればジオルド第一王子の手元に火のついた爆弾が転がっている。
「こうなったら……死なばもろとも……」
口元を歪めて笑むジオルド第一王子の声に私は咄嗟に爆弾を手に取る。
「っ、カノン!」
「伏せて、ソル!」
爆弾を手にした私を見て、ソルが目を剥いた。
気づくのが遅れた分、導火線は短い。上空に投げて間に合うかどうか。
咄嗟に遠くに投げ捨てようとした私だったが、それより早くソルが私の手から爆弾を払いのけ、私の体をぎゅうと抱き込んだ。
遅れて耳をつんざく轟音。熱波と衝撃をソルの体ごしに感じて私たちはそのまま吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
地面に叩きつけられる衝撃に一瞬呼吸ができなくなる。
痛みに呻いて、それから一瞬忘れた息を吐き出してから、私は私を固く拘束する腕に庇われたことを思い出した。
「ソル……! あなた、なんて無茶を……! ねえ、大丈夫!?」
「カノン……」
固く抱きしめられたままではソルの状態が確認できない。なんとか彼の腕から出ようともがけば、彼の腕はますますきつく私を抱きしめた。
「……君は、無事かい?」
「バカ、私の心配をしている場合!? 私は鎧を着ているのよ、爆風も多少は防げた! どうして逃げなかったの!? なんで私なんか庇ったの!?」
急き込んで尋ねる私にソルは応えない。
腕の力は緩めてくれず、ただ困ったような笑みを耳元に落とすばかり。
「君に怪我がないなら、身を挺した甲斐があった」
ささやくような声音と同時にソルが事切れるように項垂れる。
私は彼の様子にぞっとして彼の腕の中で必死にもがく。
「ソル……ねえ、やめて、死なないで……! ねえ、しっかりして、ねえってば!」
私の悲鳴が、混乱極まる観客の騒々しい声に掻き消える。
私はソルの体温をこぼさないように必死に彼を抱きしめ、揺すり、呼びかけ続ける。
ソルは目覚めない。
彼の風前の灯のようなか細い息はいつ途絶えてもおかしくなくて、私はただただ怖かった。




