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 日が昇って翌日。


 控室の外は歓声が響き渡っている。


 予定通り滞りなく行われている武闘大会で、私は快勝を続けた。


 バーナード様曰く、今年の大会の参加者の質は悪くないらしい。

 悪くないらしい、のだが、正直私にとっては肩透かしというのか。物足りないというべきなのか。


 太刀筋はみな荒く、狙いは悪くないが素直で読み易い。足の運びもつたなくて、フルプレートアーマーという重りと視界の狭さのハンデがあっても容易く制圧できてしまった。

 この程度だと「女の手習い」「子供の遊び」と父に何度も何度も起き上がりこぼしにされてしまうだろう。

 何せ今の私の全力でも父から一本すら取れない。


 などと思いながら勝ち進んだ私は、準決勝まで勝ってようやく父が規格外の剣士だったのではと思い至った。


 バーナード様の「ヒューベルト子爵令嬢じゃなかったら誰が優勝なの」の言葉の意味をようやく理解した。


 ということは、今まで近衛騎士たちに混じって訓練してた時、手合わせでやけに歯応えがなく感じていたのも「女だから手加減してくれている」と思っていたが、もしかして……


 ………いやいや、さすがに近衛騎士の皆様の実力は私ごときより下だとは思いたくない。


 それはさておき、次は決勝戦。これを勝てば優勝だ。


 だがその決勝戦はこれまでのように快勝とはいかないことをひしひしと感じていた。


 決勝の相手はこれまでの武闘大会の参加者とは一線を画した実力の持ち主だった。


 覆面で顔を隠し、皮の胸当てをつけた身軽な長槍使い。

 構えからして隣国出身であることは窺える彼は相当な実力者だった。

 何せ最初から準決勝に至るまですべての対戦を一撃で、一瞬で終わらせてしまっている。

 あまりにも早すぎて観客も審判も何が起こったかわからずに呆気に取られるほどだ。


 さしもの私もかろうじて目では追えたが防げるのかと問われると怪しい。

 見てきたもので試合をどう組み立てるかイメージトレーニングは重ねているものの、果たして私はどこまで彼に喰らいつけるのか。


 私、ソフィア様の期待通りに本当に優勝できるのだろうか。


「カノン」


 と、不安と緊張に苛まれているとふと聞き覚えのある声がした。


「え、ソル、どうしてここに……!?」


 というか、よくフルプレートアーマーを着たままの私がわかったものだ。

 このことはソフィア様とバーナード様しか知らないはずのことなのに。


 唖然と驚く私にソルは眉間にシワを寄せたまま、深くため息をつく。


「優秀すぎる父や兄を持つとと色々なところに伝手ができてね、武闘大会の控室に忍び込むことくらいできるものさ。まあ……それなりに苦労してこんなに時間がかかってしまったけれど。それより君だよ。どうせソフィーの悪巧みなのはわかっているけれど、君、本当に一体何してるの」

「何って……」

「君、結婚するんだろ」


 随分と刺々しくソルが言う。

 彼の言わんとすることがわからなくて、私がぽかんとすれば、彼は焦れたように吐き捨てる。


「嫁入り前の身で何しているんだい? 武闘大会だなんて荒っぽいことをしてまた体に傷でも作るつもりか?」


 ソルの言葉に私は思わずぽかんとする。

 それから一歩遅れて、彼がとても心配していることを察した。


 不謹慎であるがフルフェイスメットに隠れて思わず口元が綻ぶように苦笑が浮かぶ。


 昨夜、私の方から彼を切るような真似をしたというのに、それでも彼は駆けつけるほどに私を心配してくれる。

 そんな彼の気持ちがほんの少し嬉しくて、けれどもその心配を無碍にするようなことしかできないことが心苦しかった。私はいつも彼の心配に応えることができない。


「棄権するんだ、カノン。ここまで進んだならもう十分だろ?」

「ソル……」

「君だってわかってるだろ? 決勝の相手は他の参加者とは格が違う。そんな奴を相手にして何か起こってからじゃあ遅いんだ」

「ソル」

「ソフィーの悪巧みの件なら気にしなくていい。僕が何とか上手く言っておく。だからもうこんな危険な真似はしないで。君だって守られるべき貴族淑女だ。大切にされなきゃけない女の子なのに……」

「ソル、ねえ聞いて」


 手甲に覆われた私の手を取って一方的に捲し立てるソルを遮って、私は言う。


「あなたの心配してくれる気持ちは嬉しい、ありがとう。でもね、私は棄権しない」

「カノン……!」

「私の腕を信頼してくれているソフィア様の期待に応えたいの。あの人はずっと眉をひそめられてきた私の特技を誉めてくださったの。それにここまで来たんだもの、途中で棄権だなんて逃げるような真似もしたくない。私、こう見えて意地っ張りだから」


 非難するようなソルの声に私は呆れられるとわかっていながらもそう口にする。


「だからごめんなさい、ソル。私は行ってくるわ」

「…………君にそうやって振られるのは何度目なんだろうね」


 私の手を握りしめるソルの手に力がこもる。

 彼の青い瞳は苦しそうに歪んで、私の手を握りしめる手はかすかに震えていた。


「一回くらい、受け入れてくれてもいいだろうに」

「……ごめんなさい」

「……いい。いいんだ。こっちこそごめんよ、カノン。君がそういう人だってわかってはいたんだ。僕がいくら止めても君は行くんだろうって……最初からわかっていたよ」


 やがてソルが深いため息と共に、私の手をするりと離した。

 彼は諦めたみたいな微笑みを浮かべて私に道を譲るように退く。


「カノン、怪我にだけは気をつけて。君が傷ついたら僕はとても悲しいんだ」

「ありがとう、ソル……あなたの心配が吹き飛ぶくらいにきちんと勝ってくる」


 ソルの言葉にそう返せば、彼はただ眉尻を下げて微笑んだ。


 その顔が勝ち負けとかどうでもいいから怪我だけは本当にしないでほしいと書いてある。

 過保護な父親みたいな顔だ。私もつられて苦笑をする。


 私は彼の横をすり抜けて、歓声が響く試合会場へと向かう。

 そういえば私を普通の女の子扱いしてここまで心配するのは彼くらいだな、などと薄ぼんやりと思った。

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