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剣を振る。
木剣ではなく、刃を潰した剣だ。
月日はあっという間に流れて、今日は武闘大会前日。
あれからバーナード様と何度もフルプレートアーマーを纏って戦う稽古に付き合ってもらった。
バーナード様は気安くて人好きする性格ではあるが、王族であるソフィア様の近衛を任されるほどに腕の立つ騎士だ。
その彼から「ヒューベルト子爵令嬢なら大丈夫。優勝間違いなし」とお墨付きをもらえたことは間違いなく自信に繋がるものなのだが、それでも緊張はする。
何せ武闘大会など、誰かと腕を比べることなど初めてだ。
それだけならまだしも、ソフィア様の期待が私の腕にのしかかっている。
緊張するな、は難しい。
そのため明日は大変だとわかっているのにこうやってひっそりと隠れて素振りをしている。
私も父を笑えないくらいに剣術バカなのかもしれない。
でも素振りをしていると余計なことが全部どうでもよくなって、頭の中がクリアになっていく気がするのだ。
そうして訓練を終えた後は心地のいい疲れだけを抱いて、ぐっすり眠れる。
だから私は無心に剣を振るっていた。
かすかな物音を聞くまでは。
「…っ、誰!?」
本当にかすかな物音だったが、気のせいではなく確かに聞こえた。
私が鋭く物音の方へと声を投げければ、動揺した気配がコソコソ逃げ出そうとした。
猫やネズミの類ではないと確信した私は不審者に向かって駆ける。
「待ちなさい、曲者!」
そうして私は慌てて逃げようとする不審者を捕まえて引き倒し、先ほどまで素振っていた剣を突きつけーー不審者の顔を見て目を丸くした。
「や……やあ、カノン」
月明かりを柔らかく受け止めるミルクティーブラウンの髪。柔和な目元は気まずそうに私を見上げ、剣を突きつけられて降参とばかりに両手を上げたのは、
「ソル……!? あなた、何故ここに?」
「はは……ちょっと眠れなくて夜の散歩に」
「ここ、王城よ? そんな場所にどう夜の散歩に出られるのよ」
「代々王家に仕える忠臣ウェリントン侯爵家には色々と秘密が伝わってるものでね。知ってるかい? 今の時期の後宮の庭園、夜に咲く月見草と蛍の共演がとても幻想的で女の子の受けがいいんだ」
「あなた……」
「カノンも見に行く? 案内するよ」
「結構です」
呆れた私に構わず軽やかに誘いをかけたソルに私は痛くなってきたこめかみを押さえてため息をつく。
「そこまであなたの倫理観がないとは思わなかった」
「やだな、僕だってとっておきを紹介する女の子は選んでるよ。元から王城住みの子とかね。それにちょっとスリリングな方がドキドキして楽しいものだよ」
「そういうところ、本当に最低」
背徳感のために王城に侵入するなんて、牢屋にぶち込まれても文句は言えない。ましてや女の子を巻き込んで楽しんでいるだなんて本当に神経を疑う。
見つからないと自負はあるのかもしれないが、それでも万一見つかったら拭えない瑕疵になるというのに。
そうでなくても王城を逢瀬の場にするとか不敬もいいところ。しかも夜に。なおさらに不敬。
白々と見据える私の視線にソルは苦笑をすると、ゆっくりとした動作で立ち上がって埃を払った。
私も相手がソルだから一応剣は引く。
「……それで女の子はどこ? 今日は見逃してあげるから解散なさい」
「今日はひとりだよ。言ったろ、眠れなくて夜の散歩をしてたって」
確かにソル以外に気配はない。
侯爵令息の散歩コースに王城はあり得ないから、おそらくはデートの下見か何かだったのだろう。
私が呆れてため息をひとつ吐いた時、
「ねえ」
ふとソルが私に向かって手を差し伸べた。
「…………カノン、今から僕とデートしてくれない?」
「今から? 冗談言わないで。夜に男女が会う意味がわからないわけでもないでしょうに。大体私、明日は早いから……ーー」
「カノン」
呆れて断る私を遮ってソルが言う。
囁くように掠れた声は切羽詰まっているのに色気が溢れていた。
彼は彼のチャームポイントでもある目を引く青い瞳を切なげに細め、私の手を恭しく取る。
壊れやすい繊細な細工に触れるような慎重さで触れるソルの手に、まるで大切なもののように扱われていると錯覚する。
「…………頼むよ、君とまだ別れたくないんだ」
「ソル、あのね、あなた……」
「君と話したい。せっかく君と会えたんだ。今日を逃せば次はまたいつ会えるかわからないし。君だって、僕に話すことがあるんじゃないか?」
私相手に何をしているのか、と突っ込むより早くソルがそう言った。
その言葉に私は開きかけた口をつぐむ。
確かに……私にもソルと話さなければならないことがあった。
その私の迷いを察したのだろう。ソルはジッと真剣な瞳で私を見据えた。
逸らされない瞳は真摯さを感じる反面、虎視眈々と獲物を狙う狩人の目にも後のない追い詰められた人間の瞳にも似ていて背筋がゾワゾワと居心地の悪さを訴える。
彼の青い瞳に吸い込まれそうになるからだろうか。
「……カノン」
改めて掠れた声が私を呼ぶ。
女の本能に訴えかけるような危うげな声に私は顔を歪め、深く息を吐いた。
「…………わかったわよ。確かに私にもあなたと話さなきゃいけないことがあるわけだし」
「………よかった。ありがとう、カノン」
ホッと安堵の息をついたソルが笑んで、大切に慈しむように取っていた私の手をきゅうと軽く握った。
彼は間違いなく笑顔なのになんだか泣きそうに見えたのは私の気のせいだろうか。




