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振り返ればそこにはソルだ。
随分と大慌てでいろんな場所を駆けずり回ったように肩で息をして、ようやく見つけたと言わんばかりに私をジッと見つめる。
いつもの飄々としたソルの姿とはまるで結びつかない余裕のない様子に唖然としていれば、彼は息を整えるのもそこそこに私にツカツカと大股で歩み寄ってくる。
何事、と思うより前にロデオバーグ男爵が席を立ってソルを遮った。
私を守るように前に立ったロデオバーグ男爵の姿にソルが一瞬面食らったように怯んで、けれどもすぐにキッと彼を睨みつける。
「……すまないがそこを退いてくれないか。僕は彼女に用があるんだ」
「それはあまりにも不躾ではありませんか? 彼女は今日、僕との約束があります。それを押しのけてまで何か緊急の用が?」
ソルに睨まれてもロデオバーグ男爵は毅然とした態度で問いかけた。
その声音が剣呑で私は自分に向けられたわけでもないのに思わず首が竦んだ。
「それは……」
ロデオバーグ男爵の問いにソルが言葉を詰まらせる。
ロデオバーグ男爵越しに私を見たソルの瞳はいつもの謎の自信に溢れた瞳とは違って、不安に揺れていた。
こうまで彼が弱々しい態度を見せるのは珍しい。
だがその瞳もすぐに逸らされ、相対するロデオバーグ男爵を見た時には弱々しさは消え失せて、固い敵意だけが浮かんでいた。
「君には関係ないだろう。とにかくそこを退いてくれ」
「いいえ、退くわけにはいきません。もし何か用があるならここでどうぞ、ソレイユ・ウェリントン侯爵令息。彼女をあなたに委ねて後悔はしたくありませんので」
「っ、何だと……」
「あなたがどう噂されているのか、知らないわけではないでしょう? あなたの評判に彼女を巻き込まないでいただきたい」
ソルの方が身分が上にも関わらず、ロデオバーグ男爵ははっきりとそう言った。
その言葉に痛いところを突かれたようにソルは顔を歪め、けれどもロデオバーグ男爵を睨む視線は逸らさない。
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。僕と彼女は……友人で、何も」
「それを信じられると? あなたの“友人”という言葉に泣かされた令嬢が大勢いるというのに」
「それは……」
「あなたが恋愛を楽しむのは構いませんが、彼女のことだけは巻き込まないでください。彼女は恋をゲームのように捉えられる人ではありませんので」
「そんなこと、言われるまでもなくわかって……!」
ズバズバと抉るように言うロデオバーグ男爵に対して、ソルは次第に焦燥を露わにする。
「ではどういうつもりで彼女に近づいたのですか?」
一歩も退かないロデオバーグ男爵の真っ直ぐな視線にソルは言葉を失った。
静かに見据えるロデオバーグ男爵の視線にソルは怯んだように一歩退き、言葉を搾り出そうとして何度か口をパクパクと動かした。
けれども彼は何も言えず、悔しそうに奥歯を噛んで俯く。
そんなソルを見るのは初めてだった。
だから私は戸惑って、言葉もかけられずにソルを見守る。
「僕は……」
「……ヒューベルト子爵令嬢、行こう」
俯くソルに構わず、ロデオバーグ男爵が私に手を差し出した。
ソルがハッと顔をあげて縋るように私を見るが、彼はロデオバーグ男爵を押し退けることもできずにただただ立ち尽くすばかりだ。
そんな彼に私もどう声をかけるべきか思いあぐね、結局何も言えない。
ただこの騒動に野次馬が何事かと集まり始めてきて、それが居心地悪くて私は差し出されたロデオバーグ男爵の手を取った。
「カノン……」
ソルが私に手を伸ばしかけ、けれどその手の行き場がなくてさまよった。
彼の様子に私は後ろ髪を引かれるような気持ちになったけれど、彼にかけるべき言葉がなくて申し訳なさだけ告げるように無言で目礼をしてロデオバーグ男爵に連れ出されるまま店の外に出る。
ディナーを終えた時間ともあって、外はもうすっかり夜だ。
私はロデオバーグ男爵のエスコートをされるがまま馬車に乗る。
ぱたん、と馬車の扉が閉まって馬車が走り出せば、ロデオバーグ男爵が深く息をついた。
「ごめん、ヒューベルト子爵令嬢。少し強引だったね」
「いえ……」
「でもルブラン次期伯爵にもくれぐれもと頼まれていてね。彼に君が泣かされないように守ってほしいと」
「……え?」
「ルブラン次期伯爵は君をとても心配していたんだ」
と、ロデオバーグ男爵がアズーロ様が私のことを売り込んでくれた話をしてくれる。
自分と婚約解消になった後、元婚約者ーーつまり私が遊び人であるソレイユ・ウェリントンと付き合うようになったことを知ったアズーロ様は私が彼に弄ばれるのではないかと危惧した。
だから裏切りを経験して結婚などに辟易していたロデオバーグ男爵へ無理を言って私を結婚相手として紹介したのだと。
そう言われて私は今更ながらにアズーロ様にひどく心配をかけていた事実を知り、自分たちが客観的にどう見られているのかも知った。
確かに言われてみれば、ソルは女の子を取っ替え引っ替えして遊んでいる社交界で有名な遊び人。そんな男と二人で会っているだなんて引っ掛けられて遊ばれているのだと思われても仕方がない。
私はそういうつもりではなかったが、ソルは私を口説き落とそうとしていたのもまた事実。
いくら私が線引きしていたつもりでも傍からはまるでそう見えないのだ。
そりゃあ心配もかける。
「あの、私……心配をかけてすみません」
「いや、いいんだ。ああいう人は口が上手いからね」
ロデオバーグ男爵の言葉に私はついソルの名誉のために口を開いて、けれども今の私が庇ったところで恋の熱に浮かされた娘の戯言として見なされるだけと悟って何も言えなかった。
大体、噂は虚偽でそんな人ではないと言えるほどソルは潔癖ではない。
上手く庇える言い訳が見当たらなくて、私は閉口するしかなかった。




