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「ふふ、うふふふ。さすがね、カノン。本当にあなたって人は……」
クスクス笑うソフィア様の笑いが止まらない。
私が仏頂面でいる原因を問いただしたソフィア様は今にもケタケタ笑い出しそうだ。
「そう、あの色男の頬を真っ赤に腫らして……いやだわ、何でアタクシその場にいなかったのかしら。そんなに面白い場面を見逃すなんて」
口元を覆ってプルプル震え出すソフィア様は何がそんなにツボに入ったのだろう。
私が小さくため息をつくと、彼女は目に涙を浮かべながら「ごめんなさい」と言った。
泣くほど面白い話だろうか?
「それでカノンはご機嫌斜めなのね。よほどソルにキスをされたのが嫌だったのかしら」
「嫌というか……そうですね、嫌でした」
言い切ればソフィア様は思い切り吹き出し、顔を覆ってプルプルと震えた。
可憐なお姫様の吹き出し方じゃない。
この話はソフィア様のお姫様としての尊厳を損なわせるほどの笑い話らしい。
「それは嫌いになってしまうほど?」
「さすがに嫌いになるほどまでは……ただ私にとってキスをするという行為はきちんとそういう仲の人とでなければ嫌というか……まさか同意なくされると思っていなかったもので」
「まあ、そう。とても貞淑ね、カノン」
ため息混じりの私の言葉にソフィア様はニコニコと微笑む。
「でもその貞淑さを守りたいのならソルの前で油断したらダメよ」
「そうですね、完全に油断していました……」
すっかり忘れていたが、そもそもソルとデートを始めるようになったのは彼が他の女の子にはない珍味を求めてのことだった。
そうか、私ソルに口説かれてたんだっけと思い出す一方で、まだ諦めていなかったのかと感心した分ドン引きした。
何に引いたかというと、あのシチュエーションが噂話や物語などでよく聞く傷心中の女の子を慰めてコロッと落とすシチュエーションのままだったからだと思い返したからだ。
やり口が下衆。
だが手垢のついた常套手段であることも確か。
結局のところ何をどう考えても私がソルが遊び人だったことを忘れて彼との関係を思い違いしたことが悪く、ソルに「イケる!」と思わせた私が悪い。
大体「私にできることは何でもする」と言ってしまっていた。
よって初めての唇が犬に噛まれたみたいな形で奪われるという高い代償を払ったことは仕方ないことなのだ。
すごくモヤモヤはするが。モヤモヤはするけれども!
また深いため息が漏れれば、ソフィア様がクスクスと無邪気に笑んだ。
その笑顔を見て、私はふと思い出す。
そういえばソルは恋をしていると漏らしたことがあった。
私はそれがソフィア様ではないかと勘繰ったけれど、あれももしかして駆け引きのひとつだったのだろうか。
だとするのなら完璧に騙されたという他ない。
「今度会う時は気をつけないと」
「次がある辺り、カノンは優しいわねえ」
ニコニコしているソフィア様の言葉に思わず閉口する。
言われてみたらその通り。
確かに普通なら弄ばれたのなら怒って関係を断ってもおかしくはない。
おかしくないが、関係を断ち切るなんて考え付かなかった。
今回ばかりはやらかして不信感が芽生えた……いや、初心に返って警戒心が蘇ったけれども、関係を絶つほどのことまでとは思わなかったのだ。
何でだろう、と考えるとああいうことをやらかしたところで「ソルだしなぁ……」としか思えず、仕方ないなと許せてしまうのだ。
絆されているのかもしれない。
他の女の子もそうなのかもしれないなあと悶々と考え込んでいると、
「……まあ、ソルのことはこの辺で。話は変わるんだけど、アタクシ、カノンに聞きたいことがあったのよ」
「ああ、はい。何でしょうか?」
「侍女長から聞いたのだけれど、あなた、結婚を考えているって本当?」
「えっ、あ、ええと……考えていると言いますか……」
そうだ、ソフィア様にも相談するつもりでいたんだ。
私はソフィア様にロデオバーグ男爵のことを話す。
アズーロ様に結婚相手として紹介されたこと。
自分でも評判を聞いてみたけれど初対面で会った時の印象のまま真面目な人で、私の結婚相手としては役不足とも思えるほどに良い人のようだということ。
「ーーただ私はソフィア様について外国に行く可能性をウェリントン次期侯爵様に言われておりましたので、慎重にならなくてはと思い侍女長に相談させていただいておりました」
「なるほど、そういうこと」
私の説明にソフィア様が納得するように頷いた。
そうして彼女は顎に手を当てて少し考え込む様子を見せる。
「まあ……色々と考慮するところもあるでしょうけど、文官だというのならどうとでもできるし、カノンの配置換えも……まあ、業腹だけどできなくもないの。なるべくカノンの希望に沿うけど、どう? その人と結婚したいと思う?」
そう問われ、今度は私が考える番だった。
結婚したいからどうかを問われると悩む。
何せまだ会ったばかりだ。
ソフィア様付きの侍女として雇ってもらえたおかげで是が非もなく結婚したいというほどでもなくなった。
ただたった一度会っただけではあるが、ロデオバーグ男爵は良い人ではあった。
アズーロ様のお墨付きなのも大きい。
「……向こうと話し合ってお互いの条件が合えば、結婚するだろうなとは思っております」
「まあ、そうなの」
私の言葉にソフィア様がおかしそうに喉を鳴らして笑う。愉悦のにじむ意地の悪い笑顔だった。
「話し合うということは会う約束があるのかしら?」
「あ……はい。次のお休みに流行りの劇を観に行こうと誘われておりまして」
「あら、素敵ね。楽しんでいらっしゃい」
「ありがとうございます」
ソフィア様の言葉に私はそう頷く。
ソフィア様のニコニコというよりはニヤニヤとした笑顔は最後まで剥がれることはなかった。




