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「ーー……落ち着いた?」


 あれから散々泣きじゃくって、みっともなく泣き喚いて、体中の水分を全部搾り出すくらいに泣いて、私はようやく落ち着いた。


 目元を赤くしてぐずぐず鼻を鳴らす不細工な私の頭をソルが優しく撫でる。

 私が小さく頷けば、ソルは綺麗な顔でにっこりと笑んで私の手に触れる。


 そういえば買ってきてくれたクレープをずっと握りしめたままだった。

 ひんやり冷たかったはずのクレープはすっかり生ぬるくなっていた。


「今はクレープよりも飲み物の方が必要かな? 買ってくるよ。喉乾いただろう?」

「ううん、いいわ。ありがとう」


 ソルの気遣いに私は遠慮して笑う。


「……泣いたら少しスッキリしたの。多分今食べる甘いものは格別だと思うわ」

「いやいや、それどういう理屈?」

「ええ、ソルはない? “もーやってらんない!”ってムカムカメソメソした時、好きなものを暴飲暴食したくなるじゃない」

「ああ……それで後々やるんじゃなかったって後悔するまでワンセット?」

「そうそう」


 私がクスクス笑えば、ソルも軽口を叩いて嫌な雰囲気を飛ばそうとしてくれる。

 何もなかったみたいに一緒に笑ってくれる気遣いが嬉しい。ホッとする。


 私は手元のぬるくなったクレープを口にする。

 はしたなく大口を開けて、鼻に生クリームをつけてがっつく。

 甘い生クリームとカスタード。フルーツの酸味。甘くて美味しいけれど、ほんのちょっと苦くてしょっぱい味。


 やけ食いする時の味はいつもこうだ。

 そんな私の横顔をソルがジッと眺めている。


「……せっかく奢ってくれたのに、ごめんなさい」


 その視線に少し居心地悪くなって、私はぽつりとそう溢す。


「…………楽しくするはずの時間を台無しにしてる」

「大丈夫、気にしないで。カノンの涙を拭えるなんて男冥利に尽きるよ」

「何それ」

「男は誰しも可愛い女の子が涙する時は胸を貸したいって思うものだよ」

「またそんなこと言って」

「僕の胸はいつでも貸すよ。カノンのためならいつでも空けておく」

「調子いいこと言って。でも……ありがとう」


 こんな時にも冗談を言うソルがおかしくて笑えば、ソルは微笑みを返してから持っていたクレープに口をつけた。


「…………ねえ、カノン」

「ん?」

「…………君の元婚約者、そんなにいい男だった?」

「…………そりゃあもう、素敵な人だったわ」


 ソルの問いに私は頷く。


 アズーロ様は魅力的な人だった。

 どうにもパッとしない、地味な人ではあったけれども。本人もそのことを結構気にしていたけれども、とても魅力的で素敵な人だった。


 優しくて誠実な人だった。

 グイグイと引っ張っていくような力強さがあるわけでなく、何かあった時にパッと解決してくれるような明晰さがあるわけではなかった。

 雰囲気を読んで楽しくお喋りをしたり、明るいムードを作れるわけでもない。

 優柔不断なところもあって頼り甲斐もあるわけではなかったけれど、でも寄り添って地道に共に道を模索してくれるような人だった。

 時に喧嘩をしてぶつかることがあっても簡単には断ち切らずに我慢強く泥臭く解決を探すような人だった。

 うまくは言えないけれど、長い道のりを歩く時この人が共にいてくれるとホッとするなと思わせてくれた。


 アズーロ様の好きだったところをポツポツと語る私の話をソルは口を挟まずに頷きながら聞いてくれる。


 だから私もああ、私ってこんなにアズーロ様が好きだったんだなって改めて認識して……同時に少しずつその気持ちが整理できて片づけられるような感覚がした。


 私はアズーロ様が好きだった。大好き“だった”と、過去にできる気がした。

 ここ最近振り返ってばかりいたが、ようやく前を向けるようになったみたいだ。


「…………ありがとう、ソル、聞いてくれて」


 気持ちのままに私が言葉を滑り落とせば、彼にとっては唐突だったのかきょとんと目を丸くした。


「アズーロ様と結婚できなかったの、とても悲しかったけれど話してるうちにちょっとずつ整理できたみたい。多分、もうアズーロ様と会ってもクヨクヨしないでいられる気がする」

「うん……それなら良かった」


 と、ソルが微笑みながらふと私の鼻の頭を拭い、その指先を自分の口元に運んだ。

 私は一度きょとんとソルの仕草を眺めてからハッと今の自分の顔を思い出す。


 そうだ、クレープをやけ食いする時にわざと生クリームで顔を汚すような食べ方をしたのだ。

 みっともない顔をしていたことに慌てて口周りを拭おうとしているとソルがハンカチを差し出してくれる。

 私はそれを受け取って、ソルのしょうがないなあと言わんばかりの微笑みを見上げた時に思わず笑いが込み上げてしまった。


 散々みっともない顔を見せておいて、ソルを相手に取り繕うのも今更だ。

 気恥ずかしさがちょっと。それ以上に開き直りが半分。そして間抜けな自分に対しておかしく思うのがもう半分だ。


 ケタケタ笑い出してしまった私にソルは少し驚いたようだったけれど、やがて彼もつられたように声を出して笑ってくれた。


「…ねえ、ソル」


 二人でひとしきり笑い合った後、私は口を開く。

 彼は私の呼びかけに「ん?」と首を傾いで先を促す。


「あなたに何かお礼をしたいわ」

「いいよ。君が元気に笑ってくれたのなら、それが一番だから」

「またすぐそう言う。何かあったら言って。私にできることだったら何でもするから」

「何でも……」


 私の言葉を口の中で転がすように繰り返したソルが少し考え込んだ。

 それからややあって顔を上げて改めて私を見つめたソルはどこか危うげな色気を瞳に秘めて、そっと私の頬に触れる。


 真っ青な彼の瞳に思わず魅入った一瞬。


 ふに、と唇に柔らかな感触が触れた。


 頭の中が真っ白に消し飛んで、ゆっくり離れていくソルの顔を見上げるしかできない。

 彼の青い瞳がにっこりと弧を描いた。


「ーーごちそうさま」


 彼がそう告げた瞬間、私は考えるよりも早く渾身の平手をお見舞いしていた。

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