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「……すまない。君との婚約は解消となる」


 そう言って頭を深く下げた婚約者は本当に申し訳なさそうだった。


 彼がそう申し出たのは私が貴族学園を卒業して半月ほど経った後。

 本来だったら私が貴族学園を卒業と同時に彼と結婚をしているはずだったのだが、貴族学園主催の卒業を祝うパーティーにてのっぴきならない事態が起きてしまい、私たちの結婚は延期された。


 そして恐れていた通り、こうなってしまった。


 私は彼の謝罪にただ暗くため息を落として「やはりそうなりますか」と呟くことしかできなかった。

 彼もまた眉を八の字にして暗い空気に口をつぐむ。


 彼との出会いは貴族学園。

 ひとつ上の先輩である彼とは婚約者を見つけるための社交クラブで知り合い、それから縁あって婚約を結ばせてもらうに至った。


 私たちの間はそれなりに良好だったと思う。

 激しく燃え上がる恋ではなかったが、ゆっくりじっくりと植物が芽を出し育っていくような情で結ばれていた。


 幸いなのはまだ若木にも至らない青葉で深く心に根を下ろしはしていなかったことだろうか。

 それでも芽を出してしまったそれを無理に引っこ抜かれる形で奪われてしまうのは少しだけ悔しくもあった。


「君には本当に申し訳ないと思っている」

「いえ……あなたのせいではありませんから」


 改めて頭を下げる彼に、私は首を横に振る。


 本当にそう。この婚約解消は彼のせいでもなく、私のせいでもない。

 悪いのはそう、すべて貴族学園の卒業パーティーでやらかした王太子一派のせいだった。


 目を閉じると思い出したくもないのにまじまざと思い出される。


『王太子の名の元に貴様の罪をつまびらかにし、この婚約を破棄する!』


 王太子は自身の婚約者である公爵令嬢に高らかにそう宣言したのだ。

 右手側に庇護欲をそそるピンクブロンド髪の男爵令嬢を添えて。


 曰く、王太子の婚約者である公爵令嬢は嫉妬に狂うあまりに王太子の右手側に寄り添う男爵令嬢にひどい嫌がらせをしていたとのこと。

 そんな感情に振り回される醜い女は国母に相応しくない、と王太子は高らかに宣言した。


 いや、王太子だけではない。

 ピンクブロンド髪の男爵令嬢を守るように囲っていた王太子の側近たちもまた王太子の婚約者の公爵令嬢を糾弾したのだ。


 場は当然騒然となった。

 でもその最中で公爵令嬢だけは冷静に背筋をピンと伸ばして、唾を飛ばすように口々に糾弾する彼らに対して冷静に淡々と理路整然に反論した。

 そうして彼らの言い分はすべて男爵令嬢の虚言とつまびらかにし、あっという間に形成を逆転して王太子の不貞での婚約破棄と場を翻してしまった。


 しかもそれだけでは終わらない。

 今し方、王太子と婚約破棄となった公爵令嬢に王太子の胎違いの弟である第二王子が求婚したのだ。


 今まで公爵令嬢に操を立てて婚約者を作っていなかったのだと暴露する第二王子の求婚を公爵令嬢が受け入れる様はまるでロマンス舞台か恋愛小説のようで、物語ならばそれでめでたしめでたしと終幕となっただろう。


 だがしかし、現実はそうは簡単に終わらない。

 今回の騒動を王家や上流貴族のもの達はすごく問題視したのだ。


 王太子と男爵令嬢は婚前に体の関係を持っていた。


 それだけではなく男爵令嬢は王太子の側近となるはずだった宰相や騎士団長の子息。大手商家の息子や若手の教師、有望な平民の特待生。果ては留学生である隣国の貴族子息や貴族学園理事長とも関係を持っていたのだ。

 そんな女の本性を見抜けないばかりか、不貞の果てにこれだけの騒動を起こした。もしかしたら病気だってもらっているかもしれない。


 そんなことをやらかしたもの共に可愛い娘をやれるかと婚姻を見直す親が出てくるのも当然であった。


 やらかした子息達は元は王太子に侍ることができるくらいに地位や能力が申し分ないもの達であった。

 故に彼らと婚約を結んでいた家の子女たちもそれなりの立場の家であり、そんな彼女達がフリーになるということは急に優良物件が降って沸くようなものであった。それも多数。

 そのため今結んでいる婚約を見直してまで彼女達を手に入れたいと思う家も出てくるのもやむを得なかった。


 そればかりかやらかした男の家も後継者を見直した結果、嫁に行くはずの娘が後継となり婿を取ることになってしまったり、分家から養子を取るために養子となる子息が元々結んでいた婚姻が見直されたりと、貴族全体で婚約を見直す動きが出てしまったのだ。


 当然のように私たちの婚約も騒動の波及を受け、彼は寄親の娘を嫁に迎えることとなってしまい、私との縁は無くなってしまったというわけだ。


 ああもう、本当に口惜しい。


 彼は本当に良い人だったのだ。

 顔が特別良いわけでもない。性格も抜きん出て良いと言えるわけでもない。

 どこにでもいる平凡な人というのが、大抵の人が彼に対して抱く印象だろう。


 けれども平凡だけあって、特に不可と呼べる部分もほとんどなかった。


 そう、不可がほとんどなかったのだ。


 性格は気が弱くて多少の優柔不断なところがあるものの穏やかで優しく誠実だったし、家柄も伯爵で申し分ない。

 付き合えば付き合うほどに、彼と結婚すればゆくゆくは伯爵夫人として間違いなく幸せになれると確信していたというのに。


「本当ならばせめてうちの方から代替となる嫁入り先を紹介できれば良かったんだけれど……」


 重い空気の中、そう言葉を濁す彼に私は首を横に振る。


 彼が十分に私のために働きかけてくれていたことは知っている。

 この婚約解消を何とか阻止しようと自分の他に有望な婿入り先がないか探したり、阻止できないなら知り合いを当たって私の見合い先を取り繕おうとしてくれていた。


「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。自分の嫁入り先ですもの。自分で何とか探してみます」

「そうだな……君ならきっと自分で自らの道を切り拓けるだろう。君を幸せにしてくれる人と出会えることを祈っているよ」

「はい、ありがとうございます。あなたもどうかお元気で……」


 そうして私たちは円満に別れることとなりーー私は婚活という戦場へ舞い戻ることになったのである。

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