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「…………はあ」
陰鬱なため息が漏れる。
あの日、結局私の固い態度のせいでお見合いらしいお見合いにはならなかった。
それでもロデオバーグ男爵は優しい人だった。
私があまりお見合いに対して乗り気ではないのだと悟っても、周りの期待は気にせずにルブラン次期伯爵の友人として接してもらえれば嬉しいと笑ってくださった。
多分、いや、間違いなくあの人はいい人だ。
アズーロ様と同じタイプの人。
燃え上がるような情熱的な恋はできないけれど、緩やかにゆっくりと安定感のある関係を育むことができる人。
出会ってからひっそりとロデオバーグ男爵家のことも調べてみた。
確かにガーデンパーティーで言っていた通りにロデオバーグ男爵は元妻の不貞で離縁をしていた。
彼の元妻は良く言えば明るく社交的。裕福な貴族の娘らしい人で、恋に恋するちょっと夢見がちなところがあったらしい。
だからロデオバーグ男爵との燃え上がりそうにもない家庭生活があまりにも退屈で、火遊びが高じて不倫相手にのめり込んでしまったらしい。
ロデオバーグ男爵は彼女と何度も話し合いを試みたものの、結局彼女は不倫相手の子を身籠ってしまい離縁となったとのことだ。
そんな元妻は今、不倫相手と一緒になったはよいが燃え上がった恋はいつの間にか冷え切って不倫される側の気持ちを味わうことになっているとかいないとか。
閑話休題。
ともかくロデオバーグ男爵はバツがついてはいるものの瑕疵はない。結婚相手にするには良い男なのだ。
多分、アズーロ様の紹介でなかったら一も二もなく結婚を前提にお付き合いを申し込んだだろう。
だが。なのだが。
「…………はあ」
「なんだか今日はずっとため息ばかりだけど、何か悩み事?」
深々とため息をついているとふとソルが買ってきてくれたクレープを手に声をかけてきた。
その顔を見て私は誤魔化そうと笑いかけ、けれどもうまく笑えず視線を落とした。
「悩み事というか……まあ、ちょっと、その」
「力になれるかわからないけど、聞くよ。話すだけでも気が晴れることもあるだろうし」
「ありがとう」
言い淀む私を促してくれるソルに私はソルから手渡されたクレープを見下ろしてポツポツと言葉をこぼした。
「…………その、私の婚約が白紙になったことがある話はしたっけ?」
「……聞いてはいないけれど、薄々そうなんだろうなとは。カノンは元王太子と同年代だろ? 元王太子がやらかした騒動のせいでたくさんの婚約が白紙になってカノンと同年代の女の子たちが慌てて婚約を調整したって話はあちこちで聞いた」
「そう。そうなの。私もそれで白紙になったひとりで……だから、私もソフィア様の侍女になる前までは慌てて結婚相手を探してた」
「その途中で僕と会ったんだよね」
「うん」
懐かしむようにこぼしたソルに私は頷く。
「それで……その、最近その元婚約者の人から結婚相手にどうだろうって、ある人を紹介されたの」
「……………」
ぽつりとこぼすように告げた言葉にソルは何も言わなかった。
それでも聞いているだろうと私は言葉を続ける。
「…………その人はとてもいい人でね。結婚相手として悪くないんだけど、その」
「ひ、引っかかることがあるならやめた方がいい、絶対!」
焦ったようにソルが私の言葉を遮る。
彼の勢いに面食らい、私が目をまん丸にして彼を見れば、彼はハッと我に返って「ごめん」と謝った。
「その……なんというか僕が言いたかったのは違和感があるなら踏みとどまった方がいいと思う。そういうので失敗したっていう話はよく聞くものだから」
「あ……うん。心配してくれてありがとう。でも、その……違うの。その人に違和感があるんじゃなくて、ただ私が……」
言いながら私はさらに視線を落とす。
胸に巣食う鬱屈とした気持ち。
正体はわかっているが、わかっていてもそれを表に出すのはものすごく恐ろしかった。
だってこれはもう持っていてはいけないものだから。捨てないといけないのに捨てきれない醜いものだから。
「…………カノン」
ふとクレープを握る私の手の上にソルの手が重なる。
顔を上げればソルの真っ青な瞳とぶつかった。
真っ直ぐと私を見つめる目が覚めるような青色がジッと心配そうに見つめている。
「……教えて。君の顔を曇らせているものを」
言葉はやけにキザったらしいのに、声はとても真摯なものだった。
だから私は胸につかえていたものをこぼしてしまう。
「…………私…好きなの、アズーロ様が」
「…………うん」
「……別れた時は気がつかなかったのに、好きだったんだって今更ながらに気がついて、だから……アズーロ様が、私の結婚相手にってその人を紹介してきたのが、すごく……すごく悲しくて」
「………そっか」
ふと私の手に重なっていたソルの手のひらが私の頬に触れる。
そこで私は自分が泣いていることに気がついた。
自覚して慌てて涙を止めようとしたけれど無理だった。自分は今泣いているんだと知った瞬間から涙がとめどなくあふれて止まらなくなる。
「っ、あの人が、私のこと、大切に思ってくれてるのはわかるの。今でも幸せを思ってくれてるのはわかるの……でも、それは家族みたいな……妹を思う感情みたいなものだってわかるのが、それが……すごく、つら、くて………」
私はこんなにもあの人が好きなのに。
私は別れたくなかったって今更に思い知って胸がつぶれそうなのに、あの人はそうじゃないんだとわかってしまうのが辛い。
これならいっそ憎み合って別れた方がマシだったのではないかと思うほどに。
「わた……っ、私、わかってる。今更すぎるって、もう遅いんだって。こんな気持ちをぶつけられても、アズーロさまを困らせるだけって。だから何も言えなくて……でもっ、黙ってると、余計、つらくて……! つらいのに、どこにも吐き出せなくて……っ」
「………うん、そっか。ずっと我慢してたんだね。辛かったね。ずっと我慢して、えらかったね」
しゃくりをあげた私をソルが優しく宥めてくれる。
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら涙を拭うために手の甲で目を擦ろうとすれば、ふとソルの距離が近づいて私の頭をそっと胸に抱いた。
頭を軽く抱いて、あやすように頭を撫でられる。
子供みたいな扱いに気恥ずかしい気持ちが沸いたが、でもそれ以上に慰めようとしてくれるぬくもりに今まで発散できずにグルグル渦巻いていた気持ちが大粒の涙になってあふれてしまった。
「………アズーロさま……アズーロさま、なんで私じゃない人と結婚しちゃったの……!」
あふれた感情がわあぁぁぁっ! と泣き声になる。
子供みたいに泣きじゃくり出した私をソルはずっとそばに寄り添ってあやす。
何も言わずに優しく抱き留める腕に甘えて、私はただただ大声で泣きじゃくり続けた。




