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「…………ガーデンパーティー」
「そう、今度コルネリウス侯爵夫人が開催するガーデンパーティーがあるの。ルブラン伯爵家が元婚家のよしみで招待状を送ってくださってねえ。あそこのお屋敷のお庭って王国屈指の庭師が作っている綺麗な薔薇園があるじゃない? 一度行ってみたかったのよ〜。そんな場所でするお茶会、楽しみだわあ」
たまには家族に顔を見せなさいとせっつかれて、私は長期休暇を得てヒューベルト子爵家のタウンハウスへと帰っていた。
そこで聞かされたのがコルネリウス侯爵夫人の開催するというガーデンパーティーのこと。
目をキラキラさせて少女のように招待状を掲げてクルクル回る母に私はただ「そう」と相槌を打った。
母が元婚約者が迎えた嫁の生家であるコルネリウス侯爵家のガーデンパーティーに招待されて喜ぶのは別に悪いことではない。
何せ私たちの破談はどうしようもないことに見舞われ、誰もが被害者として別れる羽目に陥った話だ。
だから今でもヒューベルト子爵家とルブラン伯爵家の仲は悪くないし、コルネリウス侯爵家にだって悪い感情はない。
大体、母は私のこの行き場のない恋心を知らない。別れたことは残念ではあったが、別れて身を切られるような恋心を育てていたことを知らないのだ。私も自覚したのはつい最近のことであるし。
よってコルネリウス侯爵家のガーデンパーティーに招かれて喜び浮かれる母を見て複雑な気持ちになろうと、母を責めるつもりはなかった。
「行ってらっしゃい、楽しんできてね」
「何を言っているのよ、あなたも行くのよ?」
「え?」
「え?」
当たり前のように言った母に私は眉をひそめ、母はきょとんと首を傾いだ。
母は私が当たり前のように同行するつもりでいたらしい。
「いや、私は、その」
「だって休暇の間でしょう? ルブラン伯爵家がご招待してくださったのに、あなたが来なくてどうするの?」
もっともなことを言う母に私は閉口した。
それはそう。確かにそう。
ルブラン伯爵家との縁を繋いだのは私なのだから、招待状は母宛というよりはむしろ私宛のものだろう。
あまりにアズーロ様に合わせる顔がないために失念していた。
「それとも何か予定があるの?」
「………ううん、ないわ」
もとより長期休暇は家族と過ごすためだけに取ったものだ。他の予定は入れていない。
「じゃあ一緒に行きましょう。せっかくだから新しいデイドレスを新調しましょうか。あなたも王女殿下付きの侍女に取り立ててもらったとはいえ、結婚できなくなったわけでもなし。今度のガーデンパーティーで新たな縁があるといいわねえ」
「………そうね」
招待状を見てニコニコ笑う母に私はただ頷くしかできなかった。
・ ・ ・ ・ ・
あたたかな日差しの下、色とりどりの薔薇が咲いている。
気品溢れる女王然と凛と佇む真っ赤な薔薇。
可憐ながらも麗しく彩りを添える桃色の薔薇。
楚々と淑やかに上品に咲き誇る純白の薔薇。
華やかに鮮やかに咲き乱れる黄色の薔薇。
コルネリウス侯爵家の薔薇園は確かに噂になるほど見事の一言に尽きた。
そんな見事な薔薇園に負けないほどガーデンパーティーも華やかで大層な賑わいだった。
コルネリウス侯爵夫人の人望を示すように薔薇に見劣りしない色とりどりの艶やかな装いの婦人や令嬢がたくさん集まり、歓談に勤しんでいる。
ぽつぽつまばらではあるが紳士もいる。
夫人の付き添いの夫君かと思ったが、令息もいる様子。
不思議に思って観察していると、どうやら彼らはこのガーデンパーティーの場を借りてお見合いに来ているようだった。
王太子の婚約破棄騒動があった日からすでに半年を超えていたが、あの婚約見直しラッシュからいまだに婚約を決められないものたちがいる様子。
私だけではなかったのか。
私はすでに婚約を諦めてソフィア様付きの護衛兼侍女として生きていくつもりではあったが、なんとなく婚約を結ぼうと四苦八苦している人を見ると婚活の苦労が身に滲みている分なんとなく親近感を抱いてしまった。
脱落したものに親近感を抱かれて応援されるのはあまり縁起がよくないかもしれないが、良いご縁が結ばれればいいとひっそり祈らせてもらう。
「ヒューベルト子爵令嬢、ヒューベルト子爵夫人」
と、そこで私と私の母に声がかけられた。
「ルブラン次期伯爵様」
「まあ、お久しぶりですわ。この度はこのような素敵なガーデンパーティーに招待いただきありがとうございます」
振り返ればそこにはアズーロ様があの小柄で愛らしい可憐な奥様と共に立っていて、私たちはスカートをつまんで挨拶をした。
「こちらこそ挨拶がご無沙汰になってしまって申し訳ない」
「いいえ、ルブラン次期伯爵様もお忙しかったでしょうから。この度はご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます、ヒューベルト子爵夫人」
アズーロ様と母がにこやかに会話を交わす。
その様子を私は無言でもじもじと見つめるしかできなかった。
ルブラン次期伯伯爵夫人のフローレンス嬢……いや、もうフローレンス夫人か。彼女は挨拶もそこそこに薔薇園を褒める母に笑顔で応対し、なんだか和やかな雰囲気だ。
蚊帳の外にいるのは私だけのような疎外感を感じる。
だが彼らの会話に何事もなかったように混ざりにいくほど私はまだ自分の恋心を割り切れていなかった。
「ヒューベルト子爵令嬢。君に紹介したい人がいるんだ」
母と歓談していたはずのアズーロ様がふと無言でいた私に向かって話を振る。
それ私がハッと彼を見れば、彼は挨拶回りにやってきただろうひとりの男性をこの歓談の輪に引き入れた。
見た目は三十代に差し掛かろうかという眼鏡をかけた青年。
ひょろっと細長い体格で、優しい色合いの栗色の髪と鼻に散るそばかすが柔和な顔立ちによく合っていた。
華やかさはないが丁寧な仕草と堅実そうな雰囲気から誠実な印象を受ける。
「この方はテレンス・ロデオバーグ男爵。コルネリウス侯爵家の分家の次男で、文官をしているんだ。ロデオバーグ男爵、こちらがお話ししてきたカノン・ヒューベルト子爵令嬢です」
「ロデオバーグ男爵を預からせていただいておりますテレンスと申します。ヒューベルト子爵令嬢のお話はかねがね伺っております」
アズーロ様の紹介にテレンス・ロデオバーグ男爵と名乗った眼鏡の青年が紳士の挨拶をする。
それを見て私も慌ててスカートをつまんで挨拶を返した。
「ご丁寧にありがとうございます、ロデオバーグ男爵。うちの娘の話、勇ましくも恥ずかしい話しか聞かないでしょう? もうどこに出しても恥ずかしい娘で」
「いえ、そんなことは。ヒューベルト子爵令嬢のお話はいつも興味深く聞かせていただいております。どんなことにもめげずにコツコツと努力をされ、王女殿下の側仕えとして見出されたとか。このお話だけでご息女の素晴らしい人柄が伺えます」
母の謙遜の言葉にロデオバーグ男爵は穏やかに受け答えをした。
私の顔を見て素晴らしいと微笑みかける顔は優しくて、私は素直に「ありがとうございます」と頭を下げた。
「そういえばロデオバーグ男爵は本日奥様とご一緒ではないの?」
「実はお恥ずかしい話なのですが妻とは数年前に離縁となりまして……今はひとり寂しい独り身なんです」
「まあ……そうでしたか。突っ込んだことをお聞きますが、どうして離縁を?」
「それは……」
「元ロデオバーグ男爵夫人の不貞が原因なんですよ」
言い淀むロデオバーグ男爵の代わりにフローレンス夫人が答える。
「彼女は他所の男に入れ込んで……それで」
「まあ、その……そういうことなんです」
暴露された話に居心地悪そうにしながら、ロデオバーグ男爵が眉尻を下げて笑う。
「以来、なかなか新たに結婚に踏み切ることはできなかったのですが、この度ここにいるルブラン次期伯爵にいつまでも古い恋にしがみついているのはもったいないと説得をされまして、このような場に顔を出させていただくことになった次第なんです」
ロデオバーグ男爵の話からすべてを察した母が彼らの見えないところで私の背をバシバシと叩く。
母の言葉にならない声を察するならば“これはチャンスよ好機よ逃さず掴みなさい”といったところだろうか。
母に叩かれる背中は痛いが、母の気持ちもわかる。
これはアズーロ様が私のために用意してくれたお見合いの場なのだ。
少し話しただけだが誠実さが滲むロデオバーグ男爵は結婚相手として不足なしだ。
何よりアズーロ様の紹介なのだ。彼の目で見て、私に紹介しても良いと判断した人が悪い人なわけがない。
歳はやや離れてバツイチではあるが、それを言ったら私だって何もない田舎娘かつ婚期を逃した行き遅れだ。
釣り合いは取れているどころか、私の方にやや分が傾いている気もする。
だが、けれども。
私はそっとアズーロ様を見る。
私の視線に気がついたアズーロ様は後押しするように目だけで頷いてくれたけれど、その心遣いが今は痛かった。




