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 そんな会話を交わした数日後だ。


 いつものように午前の研修を終えて部屋に戻ろうとしていた頃、私は王宮の中庭に面した渡り廊下でふと足を止めた。


 麗しく咲き乱れる季節の花々に囲まれた美しいガゼボによく見知った二つの人影があった。

 ひとりはソフィア様。

 そしてもうひとりはソルだった。


 小柄で可憐なお姫様は弾けるような明るく瑞々しい笑顔を浮かべ、かたや負けじと麗しく整った容貌の男も気負いない穏やかな笑顔をたたえている。

 まるで芸術家が腐心して描きあげた一枚絵のような美しい光景に見惚れ、私はしばし時間を忘れて呆然と眺めてしまった。


 あ、そうか。もしかしてソルはソフィア様を好きなのでは。


 美しさに見惚れてぼんやりする頭にそんな考えが過ぎる。

 ソフィア様はソルと友人のように親しくする間柄であるし、とても可憐で可愛らしいが言うことははっきりという凛とした強さもある。

 だがあの今のニコニコ笑う眩い笑顔はとってもチャーミングで可愛らしい。


 心なしかソフィア様を見つめるソルの顔は優しくあたたかで、まさしく好きな人を見守る眼差しのように思えて、私は思わずひとりで「おお」とため息のような声を吐いた。


 なるほど……これは確かにソフィア様付きとなった私には言いにくい。


 何かの拍子で私がぽろっと漏らしてしまったら、互いにやりにくくなってしまうだろう。

 考えれば考えるほどそうだとしか思えなくなって、私がひとりで「そうか、そうだったのか」としきりに頷いていると、


「ヒューベルト子爵令嬢」


 聞き覚えのある声に心臓がヒュッと縮こまった。

 振り返ればそこには、


「こんなところで奇遇だ。久しぶり」


 そう声をかけてきた男の顔に私は喉がひりつくような覚えがした。


「……………ルブラン次期伯爵様、お久しぶりでございます」


 ひりつく喉を無理に搾り出し、私はスカートをつまんで一礼する。


 今度はアズーロ様と名前で呼ぶ失態は犯さなかった。


 けれども無理に出した固い声とぎこちない一礼のせいで、彼に困ったように微笑ませてしまった。


「あれから傷の具合はどう? フローレンスも気にしていたんだ」


 彼が呼ぶフローレンス嬢の敬称が消えていることに心臓がぎゅうと締め付けられる。


「……大丈夫です。何も問題なく、今ではソフィア王女殿下の側仕えをさせていただけるほどになりました。あなたも……フローレンス嬢とのご結婚、おめでとうございます」

「……うん、ありがとう」


 あの夜会から今日に至るまでの間に、彼とフローレンス嬢は式を挙げて正式な夫婦となっていたことはすでに知っている。


 元婚約者の立場から参列は控えさせてもらい、個人ではなくヒューベルト子爵家という形で祝辞と祝い金を贈らせてもらった。


 形式ばかりの祝辞を書いていた時は何の実感もわかなかったけれど、こうして彼と相対するとジワジワと地面が崩れるような気持ちに陥る。


 何が未練がないだ。

 何が終わった過去だ。

 今更ながら、私は私が本当はこんなにも彼を好きだったことを思い知らされる。


「君もだ。おめでとう、ソフィア王女殿下の側仕えに抜擢されるなんてすごい出世だ」

「ありがたいことにさまざまなご縁が重なりまして」

「それもあるだろうけれど、一番大きいのは君が努力した結果だろうと思うよ」


 アズーロ様の言葉に私は思わずきょとんとする。

 きょとんと目を丸くする私へ、彼はさらにこう言葉を重ねた。


「君が弛まぬ修練を積んで地道に身につけてきたことが実を結んだんだ。君は変わらず格好良い」

「っ………」


 彼の言葉に私は胸に詰まって言葉を失う。


 彼と婚約を結んでいた頃のあたたかな記憶が蘇って、私は浮かびそうになる涙に慌てて顔を背けた。

 淑女としてははしたないとわかっていても剣を握ることを止められなかった私へ、彼は苦言を呈することなくそう言って私を受け入れた。

 私が素振りをするのを見て眉をひそめる人が多い中、彼がそう言ってくれたことがどれほどに嬉しかったか。心強かったか。


 そんなことを思い出して、胸がより締め付けられる。


 ああ、ああ。

 婚約破棄の悔しい気持ちがあの時以上に大きくなって私を飲み込む。


 私はこんなにもこの人を好きだったのに、もう隣を望めない。

 こんなにも好きなのに。大好きだったのに。


「カノン!」


 軽く恐慌状態に陥って呼吸を止めていた私は不意に名前を呼ばれてハッと我に返る。

 振り返ればソルだ。

 ガゼボにいるソフィア様を放り出して駆けてくる姿に私は呆然とする。


「君に会えるなんて! ちょうど良かった、ソフィーが街に降るなんて言い出すから君を呼びに行こうと思っていたんだ。彼女を止められるのは君しかいない、止めてくれ!」

「えっ、あ……」

「いやあ、君、話しているところをすまないな。どうしてもカノンの手が必要なんだ。用があるならまた後日にしてくれ」


 そうしてソルは強引に私の肩を抱いて、私もアズーロ様も止める間もなく早口で捲し立てて私をこの場から連れ出す。

 私たちが向かう先にはソフィア様が微笑みながら待っているから、アズーロ様も結局声をかけるにもかけられず戸惑った顔で私たちを見送っている。


 申し訳なくてアズーロ様に軽く会釈をした時、私の肩を抱いたソルがグッと手に力を込めた。

 まるでよそ見をするなと責めるような仕草に驚いてソルを見上げれば、彼は私の視線に気がついて私を見下ろした。


「………ごめん、強引に」


 そこでようやくらしくない自分に気がついたソルは私の肩を掴む手に込めていた力を抜いた。


「う、ううん。私も、助かったから……連れ出してくれてありがとう、ソル」


 あのままアズーロ様のそばにいたら、私はきっと泣き喚くか、固まったまま動けなくなるか、何も言えずに逃げるかをしてきっと彼に迷惑をかけていた。

 だからこうやって強引に連れ出してくれたことに今、少しホッとしている。


「…………そう、か。それなら良かった」


 私の言葉にソルがそう言う。

 その声音が少し寂しそうに聞こえて、私が顔を上げれば目が覚めるような青色の瞳がジッと私を映して揺れていた。


 笑おうとして失敗したみたいなソルの顔は、今の私の心境を映した鏡みたいだ。


「ソル?」


 彼が何故そんな顔をしているのかわからなくて思わず呼びかければ、彼はくしゃりとした微笑みを一瞬だけ浮かべた後、すぐに頭を軽く振る。

 その後の私を見下ろす顔はにっこりとしたいつもの完璧すぎて胡散臭いあの笑顔になっていた。


 私の肩を抱く手がぎゅ、とソルの方へと抱き寄せてくる。

 恋慕う男女同士の距離感だと気がついてぎょっとしたが、逃げられる空気ではない。


「アタクシを差し置いて仲睦まじいこと。妬けちゃうわ」


 結局、そのままソフィア様の元へ私は連行されて、ソフィア様にニコニコとした笑顔で責められた。

 返答に困っていると、私の肩を抱いたままのソルにソフィア様の対面に座るよう促され、私はおずおずと従った。


 まだソルは離れようとする気配がない。


「いつもはソフィーの方がカノンと一緒にいるじゃないか。今くらい譲っておくれよ」

「カノンはアタクシに仕えているのよ。アタクシのものに手を出そうだなんて相変わらず悪い人」

「人聞きの悪い。仲のいい僕らの間に割って入ったのはソフィーの方だろうに」


 そればかりか見せつけるようにするソルにソフィア様が軽口を叩いて、二人は軽妙な応酬を交わしている。

 そんな二人の顔を見比べて、私は首を捻りかけてふと閃いた。


 ああ、これはもしやソルが駆け引きを仕掛けているのでは。

 他の女の子とイチャイチャしているのを見せつけてソフィア様をやきもきさせて気を引こうとしているとか、そういう。


 相手が私な時点で効力は察するべき。というか、それ以前に浮き名を流しているのに何とも思われていない時点でこの当て馬の駆け引きはまるで意味がないことを理解してもいいのだが。


 さすがにソルも本命相手には冷静でいられないのだろう。


 これは今度「女の子は自分だけを見てくれる一途な男の方が好きだと思う」と伝えるべきか。

 そんなことを考えながら、私はちらりとアズーロ様のいた渡り廊下へと目を向ける。


 アズーロ様は、まだいた。


 眉を寄せて眉間に深いシワを刻んでいる彼と目が合って、私は慌てて視線を背ける。

 それから私はずっと案ずるような視線を背に感じながら、ソルとソフィア様の歓談にずっと耳を傾け続けた。

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