15
ソフィア様の側仕えとなってしばらくして、ある意味側仕えとして初めてのデビューとなる夜会の日がやってきた。
ソフィア様の側に控え、彼女を引き立てるために夜会には相応しいが華美すぎないドレスを仕立ててもらい私は彼女の側に侍って夜会へと参加した。
今までの婚活のために参加してきた夜会もある意味では緊張したが、今回ほど緊張する夜会は初めてだ。
私が挨拶をするわけではないのだが、ソフィア様はいくらフレンドリーにしていてもさすがは一国の王女。
彼女と共に挨拶回りをするものたちはやはり一級の存在ばかりで、今までの私に取っては雲の上の存在でしかなかった面々。
緊張するな、は難しい。
私はただただ内心で冷や汗を掻きながら、にこやかな笑顔が崩れていないかだけが至極心配だった。
「ヒューベルト子爵令嬢、よくやっているようだな」
と、ソフィア様との挨拶を済ませたウェリントン次期侯爵が後ろに控えていた私に話しかけてきた。
話しかけられると思ってもいなかった私は思わず飛び上がりかけ、慌てて彼に深々と一礼する。
「は、はい。その節はウェリントン次期侯爵様にとても良い紹介をいただけたこと、まことにありがとうございます」
「気にするな。ソフィア王女殿下と気が合ったようで何よりだ。これからもよく励んでくれ」
「ウェリントン次期侯爵、こちらの方は?」
と、ふとウェリントン次期侯爵と共にいた男が問いかける。
一つに束ねた黒髪に浅黒肌。顔立ちは掘りが深く、どことなく異国情緒のある男だった。
着ている礼服もシックな燕尾服ではなく、銀糸で刺繍の入った華やかな色の隣国の礼装。
詰襟でゆったりとした服装にも関わらず、筋肉がしっかりとついていることがわかり、彼は何かしらの武芸に通じていることが窺えた。
「彼女はカノン・ヒューベルト子爵令嬢。ソフィア王女殿下付きの侍女兼護衛です」
「お初お目にかかります」
ウェリントン次期侯爵の言葉に合わせて、私はスカートをつまんで一礼する。
すると彼は「護衛……」とその言葉を確かめるように口の中で転がし、私をジッと見つめた。
「あらあら、いやだわ、ロウファ様。アタクシのカノンに見惚れてしまったの?」
と、そこでソフィア様が私の腕に抱きつくように腕を組んで、挑戦的に目の前の男へ微笑みかけた。
「いくらロウファ様でもアタクシのカノンは差し上げなくてよ」
「なんだ、それは」
ソフィア様の言葉にロウファと呼ばれた男が眉根を寄せた。
ロウファ。
その名前でようやくその人が誰かを知る。
彼は隣国の第一皇子であり、ソフィア様の婚約者候補の大本命。
今はまだソフィア様が未成年であることと、様々な情勢を鑑みて候補止まりではあるもののおそらく近いうちに婚約を結ぶと召される方だ。
またしても殿上人と内心で恐々する私を置いて、ソフィア様は私と腕を組んだままロウファ様と会話を続ける。
「どうして俺がお前の護衛を欲しがらねばならん?」
「まあ、ロウファ様ったら。アタクシ、あなたのお好みを把握していてよ。あなた、可憐でか弱い淑女より強い女性の方がお好きでしょう? カノンはまさにぴったりの女性像。今のうちに牽制しておかないと、奪られた後では遅いじゃないの」
ソフィア様の言葉にロウファ様の眉間に深いシワが寄る。
まさに『何を言っているんだこいつは』と言わんばかりの表情に、それでもソフィア様はクスクスと挑発的な笑みを崩さなかった。
「囲う女には飢えていない。いらぬ心配をするな」
「うふふ、口ではそう言っていてもどうかしらね」
意地の悪いソフィア様の言葉ににロウファ様の鋭い目つきがますます鋭くなった。眉間のシワも谷のように深く刻まれ、苛立っているのがわかる。
彼の不機嫌に私は恐々とするが、ソフィア様は相変わらずどこ吹く風だ。
この状況をウェリントン次期侯爵はどう思っているのかとそっと彼の様子を窺えば、
「ソフィア王女殿下、お戯れはその辺りで」
「あらあら、叱られてしまったわ。じゃあこの辺にしておこうかしら」
軽く諌めるように告げるウェリントン次期侯爵にソフィア様は悪戯っぽく微笑んだ。
そうこうしているとおそらくロウファ様の従者だろう男がロウファ様を呼びに来て、彼は一言二言と挨拶をするとこの場を離れた。
従者と共に離れる彼の背を見送り、ふとウェリントン次期侯爵が言う。
「ところでヒューベルト子爵令嬢」
「あ……はい」
「君はソフィア様のためにこの国を離れる覚悟はできているか?」
「………え?」
問われたことの意味がわからず、一瞬私は呆けてしまう。
だがすぐに私はソフィア様付き護衛兼侍女に取り立てられていたことを思い出す。
ああ、そうか。仮にソフィア様がロウファ様に嫁いだ場合、私もソフィア様について隣国に渡ることもあるのか。
「もちろんついてきてくれるわよね、カノン。あなたはアタクシの護衛であり侍女なんだから」
私が答える前にソフィア様が猫のように私の腕に絡んで愛くるしい翠の瞳で私を見上げてくる。
その瞳を見返して、私は少し考える。
「……ええ、そうですね。私はソフィア様に仕えております。ソフィア様が望まれるならどこまでもお供する所存です」
「嬉しいっ! ありがとう、カノン。あなたがいてくれればどこに嫁いでも心強いわ!」
私の言葉にソフィア様が快哉の声を上げて私の腕にぎゅうと抱きついた。
そんな彼女の本当に嬉しそうな顔を見ていると思わず顔が綻んでしまう。
まあ、うん。どのみちソフィア様の護衛という形で取り立ててもらった私には他に選択肢はない。
「そうか。それが聞けて安心した。これからもソフィア王女殿下をしっかりと守ってほしい」
ソフィア様と私の様子にウェリントン次期侯爵も安堵したように言う。
それに私は「かしこまりました」とスカートをつまんで礼を返した。




