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「待たせたわね」

「やあ、待ちわびたよ、ソフィー。君に会えるのを今か今かと待って、いて……」


 ソフィア様が商人を待たせているという一室に踏み入れば、中で待っていた商人が快哉の声をあげて、それから私の姿を見て声を飲み込む。

 唖然と目を見開いた彼の顔を見て、私も豆鉄砲を喰らった鳩みたいな顔をしただろう。


 ただひとり、ソフィア様だけが悪戯が成功してにんまりと笑んでいた。


「ソル……」

「カノン……!? なぜ君がここに……」

「やっぱりあなたの知り合いだったわね、ソル。彼女、堅物なレグルスが見つけてきたにしては面白すぎる人材だと思っていたのよ。彼女に目をつけていたのはあなたが先なのではなくて?」


 クスクス笑うソフィア様に驚いて唖然としていたソルが罰の悪そうに頬をかく。

 ソルは肯定も否定もしなかったが、ソフィア様は初めから何でもお見通しのようにソルに笑いかける。


「ダメじゃないの、ソル。こんな面白い人を独り占めしていては。悪い人」

「……いつか紹介はするつもりだったよ。でも彼女は子爵令嬢だからね。王女殿下の君に紹介するにはなかなか機会に恵まれなかっただけさ」

「それっぽい言い訳しちゃって。嘘つきね。アタクシに話もしてくれなかったくせに」

「あんまり虐めないでおくれよ、ソフィー。隠していたのは悪かった。でも君だって僕に彼女のことを隠していただろう。おあいこじゃないか?」

「ふふ、それもそうね」


 二人の口調は軽妙で、気の置けない仲なのだとすぐにわかった。

 二人のやりとりをただ見つめていれば、ソルの瞳がまた私を見た。


「それでソフィー、君はカノンとどういう経緯で知り合ったのかな?」

「ウェリントン次期侯爵の紹介よ。彼女をアタクシの侍女兼護衛に推薦してくれたの」

「………………」


 ソルがわずかに押し黙る。


「…………へえ」


 彼が黙った時間は十秒にも満たないほんの数秒。顔だってニコニコ笑んでいる。

 けれども私は何か剣呑な気配を感じて背筋に冷たいものが駆ける気がした。

 ソルが急に機嫌を損ねたように感じたのだ。


「レグルス兄上の紹介か。兄上の見る目は確かだからな。カノンの実力を知れば、登用するのはある意味当然か」

「そうよ。アタクシ、ビックリしたわ。女性でもあれだけ機敏に危機に対応できる人がいるなんてね。ウェリントン次期侯爵もいい人を紹介してくれたわ」

「その口振りだともうカノンのすごさは目の当たりにしたようだね」

「ええ。すごかったのよ、彼女。一流の近衛騎士そのものの動きをするの」


 緊張する私とは裏腹に、二人は和やかな談笑を続ける。

 私の気のせいかと思うくらいに穏やかで、その後も彼らは談笑し、ソルの持ってきたガラス工芸品を見て和やかな時を過ごしたのだった。



 ・ ・ ・ ・ ・



 こうして私はソフィア様付きの侍女兼護衛となった。

 王宮に住み込むことになり、ソフィア様の側の部屋を与えられた。


 ここでの毎日は割とハードだ。


 朝早くから身支度を整えてバーナード様やその他の近衛騎士の方々と鍛錬をする。

 その後朝食を摂り、ソフィア様を起こしに行って彼女の身支度を整える。

 彼女を朝食に送り出した後は侍女たちと共にソフィア様のスケジュールを確認し、その後はソフィア様のスケジュールにもよるが、午前中は王家の侍女として恥ずかしくないように派遣された教師から作法や教養を座学や実践で学ぶ研修時間。午後は自由時間を過ごすソフィア様の護衛のために彼女に付き従った。

 そしてソフィア様を夕食に送り出した後は侍女たちと共に私も夕食を摂り、あとは夜遅くまで学んだことの復習や予習に費やした。


 そんな生活だからソルはおろか家族にすら会う時間が取れなくなった。


 ソフィア様から伝え聞く話ではソルもまた軌道に乗せたガラス工房を切り盛りするのに忙しくしているらしい。

 寂しい、とまではいかないけれども、彼にもらったあの目が覚めるような青色のブローチを見るとふと彼のことを考えてしまう。


 これをもらった時は新しい道を定めた彼を妬んだりもしたけれど、今はただ彼の仕事も上手くいくことを願うばかりだ。


「ねえ、カノン。それ、身につけないの?」

「ソフィア様、ノックくらいはしてください」


 ふと声がして振り返れば、いつの間にかソフィア様が立っている。

 少し非難がましく注意すれば、彼女はてへへと舌を出して悪戯っぽく笑った。


「うふふ、ごめんなさい。で、それ、素敵なブローチだけれど、身につけないの? あなたがそれを身につけているところを見たことがないわ」

「それは……」


 言われて、そういえばこのブローチを身につけたのは騒動のあった夜会が最後だったことを思い出す。


 特段トラウマなどがあるわけではない。

 ただ何となく……つける機会に恵まれなかったのだ。


「これだけ目立つ派手なブローチは身につける衣装を選ぶものですから。それにこれはガラスだというので、壊したり傷つけたりしたらソルに申し訳がなくて」

「あらあら、そういうこと。大切にしているのね」


 私の言葉にソフィア様が意味深げに微笑む。

 どこか含みのある微笑みに私が首を傾げば、彼女はその微笑みのまま私の手からブローチを取り上げて、かつてのソルのように私の胸元にブローチを飾った。


 思わずきょとんと目を丸くすれば、


「でもそうね、確かにこのブローチはあなたに似合うけれど使いどころが難しいものよね。ソルにしては珍しい見誤りだこと。よほど気持ちが先走ったのね」

「気持ちが先走る?」


 そういえばガラス工房を買い取っていの一番に作ったと聞いた。

 新たな門出に気持ちが浮かれたことを言っているのだろうか。

 それにしては不可解な言い回しだ。


 私が不思議に思って首を捻るが、ソフィア様はそんな私に構わず「そうねえ」と呟いた。


「カノン、少し付き合ってくれるかしら?」

「仰せのままに。どこに行かれますか?」

「買い物よ、買い物」


 ソフィア様はそう言ってクスクスと笑った。

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