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 それからさらに数日後。


 肩の傷は塞がったものの、ひきつれて少しだけ腕を動かすときに皮膚が突っ張る。

 着替えるときにふと醜く盛り上がっている傷痕が見えると自分の価値がますますなくなってしまったことを突きつけられて憂鬱な気持ちになる。


 ソルやみんなの前では大丈夫と言い続けているくせに、何だかんだ気にしている自分が嫌になる。


「カノン」


 そんなことを考えながらぼーっとしていると、ふと母の声がした。

 私は顔を上げて急いで服を着ると母を部屋に招き入れた。


 部屋に入ってきた母は真っ青な顔をしてぶるぶると唇をわななかせていた。


「お母様? 一体どうなさったの?」

「それはこちらのセリフよ。あなた……一体何したの?」


 母の言葉に私が首を傾げば、母は震えながら一通の便りを私に差し出した。


 封蝋の紋章に軽く目を見張る。

 ウェリントン侯爵家の紋章だ。


「これから次期侯爵様がお見えになるそうよ。あなた、まさか侯爵家を怒らせるようなことはしていないでしょうね……?」

「してはいないと思うけれど……でも友達がウェリントン侯爵家の人だから、そのことかもしれないわ」

「友達……!? 待ちなさい、どういうことなの? 私は何も聞いてないわ! ああ、いえ、それは後で問いただすとして、今は急いで準備なさい。次期侯爵様に決して失礼のない格好をしてね!」


 母に促されるまま、私は侍女によって大慌てで着替えることになった。


 やがてやってきたウェリントン次期侯爵はいつか見たように気難しい顔をして、子爵家の小さな応接間で私と対面した。


「あ、あの、粗末なお茶しかなく、申し訳ありません」

「いいや、こちらが急に押しかけたんだ。対応をしてくれただけでも感謝する」

「い、いい、いえ!」


 私の隣で震える母にウェリントン次期侯爵がそう告げる。

 それだけで小心者の母は卒倒しそうなほどだった。

 声を裏返させる母にウェリントン次期侯爵はひっそりと苦笑をした後で私の方を向いた。


「ヒューベルト子爵令嬢、先日は貴女に無礼な物言いをしたことをまず謝らせてほしい。貴女がどういった経緯で弟と知り合ったかをつい最近知ったのだ。貴女は弟の命を救ってくれたのだな。感謝する」

「いえ、別にお構いなく……お礼が欲しくてしたことではありませんから」


 頭を下げたウェリントン次期侯爵に私はそう告げる。


 隣に座る母の驚きに目を剥いた視線が痛い。

 ウェリントン次期侯爵の目の前よ、と軽く母の膝を叩けば、母はハッと私から視線を外してウェリントン次期公爵の方を見た。


「今回は長く欠いていた礼をしに来たのと……貴女を是非、王家で召し上げたいと打診にきたのだ」


 母が息を飲み、そのまま呼吸を止めた。

 私もぽかんと呆けてしまう。


「そ、それは……何故でしょう? 私には王宮に召し上げていただくような家柄でもなく、スキルや教養があるとは思えないのですが」

「この間の事件を……貴女がコルネリウス侯爵令嬢を護ってバーガンディ侯爵令息を制圧したと聞いた時、ソフィア王女殿下の付き人に適任だと思ったのだ。我が国では男性のみが近衛騎士として取り立てられてはいるが、ソフィア王女殿下のように護衛対象が女性の場合、付きっきりでの護衛が難しくなる場面も出てくる」

「なる、ほど……ですが私の腕は所詮は付け焼き刃のような女の手習い。王女殿下を護衛するのには力不足でしょうし、何より王女殿下の側に侍るには気品も教養も何もかもが足りないと思うのですが……」

「君は剣を持ったバーガンディ侯爵令息を素手で下したのだろう。彼は平民に落ちぶれた上、人としてどうかと思うことをやらかすような男だが、元々は王太子の近衛として取り立てられた技量のある男。それほど力量のある男の剣を素手でいなし倒したんだ。狙われた令嬢にも傷ひとつつけることなくだ。貴女の力量を疑う余地はない。作法や教養はこれから学べば良い。王家から教師を派遣しよう」


 まるで立板に水。外堀を埋めるようにウェリントン次期侯爵が言い、私は閉口した。


 隣の母をそっと見れば今にも卒倒しそうな顔をしてブルブル震えていた。

 今まで見つからなかった娘の将来の行き先が突然現れて、けれどもそれがあまりにも恐れ多いところの紹介で喜べばいいのか恐れればいいのかわからないという顔だ。


 私は沈黙したまま、視線を落としてテーブルに置かれた真っ赤な紅茶の入ったティーカップを見つめる。


 正直、私も母と同じ気持ちだった。

 でもこれはまたとないチャンスなのだとも理解していた。

 これを逃せば私の将来は笑いものの行かず後家。実家寄生虫の道しか残されないのだ。

 そこまで考えて、ふとソルの顔が脳裏に過ぎる。


『僕は君を大切に思っているから、君に傷つくようなことをしてほしくなくて』


 眉を寄せて頭を抱え、そう告白した顔は憂いに満ち満ちていた。

 この話を受けたと知ったらあの顔は今度はどんな顔をするのだろうか。


「………………わかりました、お受けいたします」


 とはいえ、彼が何と言おうと私の将来に責任が取れるはずもない。

 いや、彼に甘えて責任を取らせるつもりはない。


 私は結局ウェリントン次期侯爵の提案に頷いたのだった。

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