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 私が夜会から帰りつくと家族は騒然となった。


 当然だ。娘の肩がざっくりと裂かれている。

 私は散々心配され、叱られ、手厚い治療を受けた。


 後ほどに元婚約者と共にフローレンス嬢が礼と見舞いに来てくれた。

 彼女は自分を助けてくれたせいで、と非常に恐縮していたが、私はとにかく気にするなと笑い飛ばした。


 可憐で可愛らしい彼女に傷がなくて本当に良かったと思うことは本当で、彼女を助けたことに後悔はないのだ。

 なのにフローレンス嬢も、元婚約者も顔をしかめたまま、悲痛な顔をしてこう言うのだ。


 私の淑女生命を絶ってしまった、と。


 確かに彼女を助けたことでできた肩の傷は一生残ると医者に言われた。

 淑女としては致命的でますます婚活に支障が出るだろう。


 でも、けれどもこれで良かったとも思うのだ。


 何せようやく諦めがついた。


 心無い言葉を浴びせられてベコベコに自尊心を傷つけられても、自分の無価値さを突きつけられるやるせなさも、全部堪えて歯を食いしばりながら次をと嫁入り先を探すことに限界を感じていたのだ。


 それから解放されるのだと思うとホッとした。


 そう告げると二人は何と言っていいのかわからないという顔をして、私のことを伺った。

 私は笑顔を浮かべたまま、彼らに大丈夫と言い続けることしかできなかった。


 そうして二人がようやく帰って数日が経った日、


「カノン、怪我は大丈夫? 災難だったね」


 どこからか事件のことを聞きつけたソルが見舞いに来たのだ。


「大丈夫、大したことはないから」

「でも剣で斬られたって……本当に傷の具合はいいのかい? 傷痕は残らないんだろうね? いや、残らなくてもカノンに、女性に傷をつけるなんて男の風上にも置けないやつだ」

「心配してくれてありがとう。本当に大したことないから」


 矢継ぎ早に言うソルに私は苦笑する。

 心配してくれているのはわかるが、なんだか普段の彼とは少し違う。


 余裕がないというか、少し様子がおかしくて私は戸惑ってしまう。

 私が戸惑っていることに気がついたのか、ソルはハッとした顔をすると居住まいを正して困った顔をした。


「ごめん、君が傷つけられたと聞いて本当に心配したんだ」

「そうなんだ。心配かけてごめんなさい」

「君のせいではないんだから、君が謝ることではないんだけど……でも、そうだね。君は危ないことに頭を突っ込む癖はどうにかした方がいいよ」

「でもそのおかげであなただって助けられたのではなくて?」

「それはそうだけど……」


 すました顔で紅茶をすする私に、ソルは何とも言えない情けない顔で私を見る。

 その顔がおかしくて私はくすりと笑ってしまう。


「いいのよ、命と比べたら全然安いものだし。私が首を突っ込んで誰かが救われたのなら、身を張った甲斐があるわ」


 そう告げればソルは何かを言いたそうに口を開いて、それから言葉が見つからなかったように奥歯を噛む。

 それを見て私はおや、と眉をひそめた。


 彼がここまで感情を露わにするのは珍しいことだ。

 彼はいつだって飄々と笑って相手を煙に巻くのが得意だというのに。


「……………それで」


 私が珍しいソルの様子にきょとんと目を丸くしていれば、奥歯を噛んでいたソルが絞り出すように呟いた。


「でも、それで君は傷ついたじゃないか。一歩間違えたら君は死んでいたかもしれない。君は自分自身のことを軽視し過ぎじゃないか」

「そういうつもりはないんだけど……」

「そういうことなんだよ、君がしたことは。自分自身を大切にしないから、君は淑女として致命的な傷を負った。体の傷だけじゃない、君の評判の方もだ」

「評判って」

「君が身を張った事件がどれだけ噂になってると思うんだ? 騎士の真似事をする女だなんて揶揄されるような嫁を欲しがる男がいると思えるかい? こうなったら体の傷が消えたとしても、もう関係なくなる」


 ソルの絞り出した言葉に私は反論できない。まさしく事実だったから。


「これから君はどうするつもりなんだ?」


 追い討ちのように問いかけられても、私はやはり何も言えない。


「嫁に行けず、就職も絶望的。このまま君は行かず後家として実家に寄生して、一生笑いものとして生きていくつもりかい?」


 それをどうして家族でもないソルが尋ねるのだろう。


 そんな苛立ちがほんの少しよぎるが、彼の言葉は私が目を逸らせば逸らすほどにどうしようもなく追いかけてくる問いでもあった。

 でもその問いにはやはり私は答えようがなくて視線を落とす。


 私はどうしたらいいのだろう?


「……ごめん。違う、そんなことを言いたかったんじゃなかったんだ。僕は、君を責めたかったんじゃなくて……」


 私が視線を落としたのを見て、ソルが深くため息を吐きながら頭を抱える。


「…………君が……僕は君を大切に思っているから、君に傷つくようなことをしてほしくなくて」

「……心配してくれたのよね。それはわかってるわ、ありがとう」


 ソルの言葉に私はそう答える。

 するとソルはまた深いため息をついて、頭を軽く振ると私をじっと見た。


 真っ直ぐと私を捉えるソルの瞳に思わず身じろげば、彼は私を見据えたままこう口を開いた。


「…………カノン、もし、もしもさ。君が嫌ではなかったら……僕のところに嫁に来るかい?」

「………………へ?」


 ソルの言葉に私はきょとんと瞬く。


 言われた意味がわからず彼を見返せば、ソルはただじっと私のことを見つめる。

 私は何度か瞬いてたっぷりと時間を使って彼の言葉を咀嚼しようとしたが、それでも理解に失敗した。


「………どういう意味?」

「そのままの意味だよ。君が嫌でなかったら、僕と結婚するのはどう?」

「………何で?」

「何でって……君の将来があまりにも絶望的になってきているから。僕は君を結構気に入っているし、大切な人だから苦労してほしくないと思ってる。僕は浮ついた噂がついて回るような男ではあるけれど、妻も婚約者もいない完全フリーな男だから君が嫌でなければ結婚できるよ。身分だってウェリントン侯爵家の三男だ。思い切り贅沢はさせられないかもしれないけれど、それでもお金に苦労はさせることはないと思う」

「ああ、うん……なるほど?」


 ソルの言葉に私はひとまずそう頷いた。

 彼の瞳はまだ私をじっと見据えている。


「で、どう?」

「………ありがたい申し出だけど、気持ちだけもらって遠慮しておくわね」


 改めて問いかけてきたソルに、私はそう答えた。

 途端にソルが少しだけ目を見開いて、それから仄暗い瞳で視線を少し落とした。


「僕では君のお眼鏡には敵わないかな?」

「違うわ、そうじゃない。逆なのよ。私があなたに足るほどの女ではないの。家には何もないし、人脈もスキルも容姿もまるで足りない。同情してくれるのは嬉しいけど、それで結婚するなんてとんでもない。だってあなたが人脈のある貴族令嬢や大手商家の娘さんと結婚すれば販路が広がって今手掛けてるお店によりよい利益が出るのよ。そうじゃなくても後々好きな人ができた時、こんな結婚早まったなって絶対後悔することになるもの。あなたが私の将来を心配してくれるように、私だってあなたの将来を狭めるような荷物になりたくない」


 彼にそう告げれば、ソルは視線を落としたまま押し黙る。

 彼が何を考えているのかはわからないけれど、私はさらにこう続けた。


「ソル、心配してくれたのは嬉しい。でも私は大丈夫だから。自分のことは自分で何とかしてみせる。淑女としては落第だけれども、この腕っぷしがあるのよ。きっと何かできると思うの」


 そうして私は力こぶを見せつけるように腕を上げて自分の二の腕を叩いた。

 淑女らしかぬポーズではあるが、どうせもうその生き方は望めないのだから構いはしないだろう。


 にっこり笑う私を見て、ソルが形の良い眉をひそめた。


「君らしいといえば君らしいんだけど……心配するから危険なことをしてほしくないと言った傍からそれはどうなんだい?」


 呆れるように言うソルに、私はただ笑って濁すことしかできなかった。

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