第44話
尊い、犠牲だった。
「ドローンさんがああああああっ!」
回収したドローンの亡骸の前にへたり込んで、リーシュカが慟哭の声を上げる。
――あの後。
俺は火口に「整地」でスロープを作り、ハイルークを火口の外に引き上げた。
その際にドローンも回収したのだが……ドローンは壊れてしまっていた。
悪しき竜の咆哮にやられた上、火口に転がり落ちて、最後は水没したからな。
「私が……私がもっとうまく操縦していたら……!」
「リーシュカさん、あれはしかたがなかったと思いますわよ」
「ドローンのおかげで女神様の霊具を置くことはできたからね。ちゃんと役に立ってくれたよ」
結構お高かったので、俺としても泣きたい気分だが、リーシュカの落ち込みようを見るとな。
「このドローンは女神様にリサイクルしてもらおう。また買ってあげるから、ね?」
「ううう……」
このままではお墓を作ります!とか言い出しかねない雰囲気だったので、俺はタブレットを取り出してリサイクルを申し込む。
クルルが現れ、額の宝石を光らせて、ドローンを異空間に転送した。
『その……大切な仲間だったのかの?』
おそるおそる訊いてくるのはトモエだ。
「いや、あれは命のない機械で……」
「仲間です!」
「……ああ、うん、大切な仲間だよね」
食い気味に言ってくるリーシュカに合わせる俺。
『おまえたちに犠牲を強いてしまったか……』
「いえ、また買うことはできますので」
『じゃが、リーシュカの気持ちも尊いものだと思うのじゃ。つながりというのはまことに得難く、それでいて簡単に失われてしまうものじゃからの』
しみじみと言うトモエには、何か思うところがあるようだ。
『少し、昔話に付き合ってくれるかの?』
「じゃあ、お茶にしようか」
俺はキャンプチェアとテーブルを取り出し、冷蔵庫からとうもろこし茶を出して、皆に配る。
激しい戦いのあとなので、すっきりした喉越しとコーンのほのかな甘みが最高だ。
『この星の成り立ちについては知っておるかの?』
「たしか、超古代の人たちが生み出した破壊神のようなものが、一度星を砕いてしまった。その砕かれた星を、神々が繋ぎ止めるとともに、破壊神――悪しき魔法使いを星の核として閉じ込めた。魔力はその悪しき魔法使いから溢れ出すもので、魔力は魔物を生むと同時に、人々の才能の源泉ともなっている」
『よく知っておるの。では、そもそもなぜ高度に栄えた文明が破壊神としての悪しき魔法使いを生むようになったか――これはわかるかの?』
「いえ、そこまでは」
『超古代の文明はメタサイコロジーを軸とした高度な精神文明じゃった。簡単に言えば、精神を物質に転換する能力を手に入れた文明じゃな。ほしいものを思い描けば手に入る――そう思ってもらえばまちがいない』
「ほしいものがイメージしただけで手に入るってこと? とんでもないね」
『ところが、それほどに万能なものでもなかったのじゃ。ほしいものを物質として出力するにはエネルギーが要る。人々はエネルギーの割り当てを有利にしようと、競い合うように働いておった。結果、人の心が荒廃し、いつしか物質への出力にエラーが混じるようになったのじゃ。物質への出力とは、メタサイコロジーによって「ない」ものを「ある」状態に転換する技術じゃ。一方、このエラーは、「ある」ものを「ない」状態に転換する性質のものだとわかった』
「要するに、こんな世の中なくなってしまえってことかな」
思い描いた通りのものが手に入るということは、もし無意識にでも滅びを望んでしまったら、その滅びもまた実体化してしまうということなんじゃないか?
『悪しき魔法使いは、そのような滅びへの欲動が生み出した存在じゃ』
「身につまされる話だね」
文明が高度に発達することで、たしかに人々の生活水準は上がっていく。
でも、それは必ずしも、人生が楽しくなったり、楽にゆったり暮らせるようになることを意味しない。
すべてを投げ出したくなるほどの競争にさらされ続ければ、行き着く先は心の荒廃だ。
メタサイコロジーで栄えた超古代文明とやらは、地球の物質的な科学文明とは真逆のようだが、行き着く先は案外似ているのかもしれないな。
『心の荒廃から人を救ってくれるのは、金でも力でもない。やはり、人をおいて他にないのじゃ。他者とのつながりこそが人の心を救ってくれる。逆に言えば、人々がバラバラになったとき、世界は終わる。リーシュカの気持ちが尊いと言ったのはそのような意味じゃ』
「覚えておくよ」
リーシュカは、家を追放された俺にノータイムでついてきてくれた子だからな。
いろんな意味でリーシュカには助けられっぱなしだ。
「トモエはこれからどうするんだ?」
『そうさの。妾はこの封印を見守っていくことになろうか』
「でも、それって永遠にここにいるってことなんじゃ」
『ところが、そうでもない。おぬしが火口を土砂で塞いでしまったであろう? あれによって地中からの魔力の流れが絶たれ、悪しき竜は力を失っていくことになりそうなのじゃ』
「それはよかった」
実は、あの場でとっさに火口を埋める判断ができたのは、元から埋めることを考えていたからだ。
前世の地球の火山とは異なり、サンセレストは噴火することがない。
だったら、大量の土砂で火口を塞いでしまえば、悪しき竜への魔力の供給が絶たれるのではないか――そんな考えが浮かんだんだよな。
そして実際、エリーゼの調べによれば、百年前にロスベリア公爵家の魔術師たちが悪しき竜を封じ込めたときにも、火口を土砂で塞ぐことが検討されていたらしい。
まあ、その時は俺のように大量の土砂を運べる魔術師がいなくて実現はしなかったらしいのだが。
『長き年月がかかるとは思うが、いずれ悪しき竜は力を失い、封印の中で消滅することになろう。おぬしにはなんと感謝しても足りぬであろうな。……そうだ。おぬしに頼みたいことがあったのじゃ』
「頼みたいこと?」
『妾はもともと、この地殻の守護者であった。守護者は地殻ごとに強力なものが一体置かれ、それ以外にもオボロのような後から「成った」守護者が補助的な役割を果たしておる。地殻とは、一度砕けた星のかけらじゃ。地殻と地殻のあいだは魔力がたゆたう星の海によって隔てられておる』
「星の海については聞いたことがあるよ。船では渡ることのできない海だって」
ただでさえだだっ広い星なのに、大陸同士を分断する星の海のせいで、さらに文明の発展が阻害されている印象だ。
『近接する地殻の守護者同士は連絡を取り合うことができるのじゃがな。今さっき連絡を取ってみたところ、隣の地殻の守護者からの応答がなかったのじゃ』
トモエが悪しき竜になってからは連絡が取れていなかったんだろう。
悪しき竜の封印ができた今のタイミングで、長年取れていなかった連絡を取ったということか。
「それは心配だね」
『うむ。もっとも、悪しき竜となっておった妾が心配できた筋合いでもないのじゃがの。もし隣の地殻に行くことがあったら、様子を見てきてほしいのじゃ』
「隣の地殻かぁ……行く機会があるかな。そもそも星の海を渡れないんじゃ……」
『はいるーくじゃったか。おぬしのクルマに妾の加護を与えてやろう。竜翼と言っての。星の海を渡れる他、空中で展開すればムササビのように滑空することもできる優れものじゃ。先ほどの戦いでは危なっかしかったからのう。本来は人の子の英雄に授けるものじゃが、おぬしらの場合はクルマのほうが便利であろう』
「クルマに……加護?」
にゃああああご、とトモエが鳴いた。
すると、ハイルークの車体の側面から、金色に輝く魔力の翼が広がった。
ハイルークの大きな車体を浮力で支えられそうなほどに大きい。
「わっ、ハイルークがすごいことに!?」
とリーシュカが驚いている。
『普段は畳んでおくこともできるぞ。竜翼よ、開け、閉じろ、などと命じればよい』
「助かるよ。でも、いいの? すぐに隣の地殻に行けるとは限らないよ?」
『機会があればでよい。おぬしのすろーらいふを優先してもらってかまわぬ。竜翼は此度の働きへの妾からの礼という意味もある』
「わかった。有り難く使わせてもらうね」




