第40話
「これで残るはサンセレストの社だけだね」
峰を走るクルマの中で俺が言う。
作りかけの四つ目の社に安置する霊具については、騎士のリーダーに預けてきた。
俺のことを救世主と呼んでたし、「一命に変えても霊具をお守りいたします!」と請け合ってくれたから大丈夫だろう。
「ノエル様が『整地』されてきた道路もついに一周ですねぇ」
サンセレストから反時計回りに盆地の外輪山を巡ってきた。
サンセレストに到着すれば、盆地をぐるりと一周するスカイラインが完成することになる。
「ロスベリアは良くも悪くも領都を中心に発展してきた領地ですからね。それを取り巻く郊外同士が直接つながる道ができるのは画期的ですわ」
とエリーゼ。
「改めて、お金はいりませんの? 途方もない大工事をしていただいたことになるのですが」
「僕が好きでしていることだから」
「整地」しながら道なき道を行くのも悪くないが、きれいに舗装された道路を気持ちよく走る楽しさも捨てがたい。
とくにこのロスベリア盆地の峰々から望む光景は格別だ。
俺たちは数時間ほどでサンセレストに到着した。
以前トモエと出会った宿営地にクルマを止める。
すぐに、オボロとトモエがやってきた。
オボロとトモエに続いて、公爵家が派遣した「伝声」使いの魔術師もいる。
若い女性で、オボロ、トモエとはうまくやれているようだ。
『うまく行ったようだな』
とオボロが言う。
「うん、準備は整ったよ。ただ、思ったよりも封印が解けるのが早いかもしれない」
俺のせりふに、トモエが言った。
『昨日の地震のことじゃな?』
「うん。四つ目の社が地滑りに遭ったのは偶然じゃないかもしれないよね。どの社の神像も壊れていたっていうのも気がかりだ」
『百年前にも地震は頻発しておった。地震は、地殻の罅を流れる魔力が急に増大することによって地殻の一部がひずむことで発生するものじゃ。悪しき竜の動向と無関係とは思えぬ』
前世では、地震は地殻変動によって引き起こされるものだった。
だが、この星の中心にいるのは悪しき魔法使いとその魔力であって、マントルではない。
『あるいは、妾がこうして悪しき竜から分離したことが引き金となったのやもしれぬ。そうであればまこと申し訳ないことじゃ』
「トモエだけが犠牲になることはないよ。どうしたっていつかは封印が解けるわけだし」
そこで、耳に手を当て「伝声」をしていたエリーゼが、
「お父様によると、実力のある魔術師は八割方連絡がつき、その半数ほどが領都に到着したとのことです。これより部隊の編成を行って、サンセレストに出動させると」
「間に合うかな?」
「わかりませんわね。それに、いずれにせよ浄化の指輪とエルフィアナ様の霊具を安置する際には、立ち入れる人数が限られますわ」
浄化の指輪を捧げる祭壇も、女神様の霊具を安置する五つ目の社も、頂上にある屋外神殿にあるらしい。
『そうじゃの。あすこは封印された悪しき竜に極めて近い。高い魔力を持つ魔術師たちが大挙して押しかければ、悪しき竜を刺激してしまうやもしれぬ』
と、トモエ。
「ノエルもリーシュカも魔力がとんでもなく多いですから、近づくのは危険です。オボロやトモエも。となると、私がその役目を引き受けるしかありません」
「でも、エリーゼ様だって魔力は多いじゃないですか」
と、心配そうにリーシュカが言う。
たしかに、エリーゼは氷属性の攻撃系ギフト「氷の抱擁」を持ち、ロスベリア公爵家伝来の「伝声」をも得意とする高位の魔術師だ。
俺やリーシュカほど規格外ではないにしても、その魔力量は十分多い。
「百年前、ロスベリア公爵家には巫女姫と呼ばれる女性がおりました。私にそのような力はありませんが、公爵家に生まれた者としてのお役目が回ってきたということでしょう」
「で、ですけど――」
リーシュカがさらに反論しようとしたところで、地面が揺れた。
以前ほどではない、短い揺れだ。
『また、か』
とオボロがつぶやく。
「オボロ、ここでは余震が何度も?」
俺が訊くと、
『うむ、大きなものはなかったが、弱いものを含めれば、揺れの頻度は増しておる』
「もう時間の猶予はありませんわ。今すぐにでも私が――」
動き出そうとするエリーゼの腕を、俺はとっさに掴んでいた。
「待って、お姉様」
「ノエル。ダメですよ、聞き分けてくださらなければ」
「そういうのは嫌なんだ。聞き分けて、聞き分けて、自分を殺して生きてきて。それでいったい何が得られるっていうんだ? 損な役割を押し付けられるばかりじゃないか。そういうのは僕のスローライフにはいらないんだ」
ここに来るまでにずっと考えてたんだが……これって、どう考えても悪しき竜が復活する流れだよな?
少なくとも前世の創作物ならまちがいなくそんな展開だ。
で、仲間と力を合わせて悪しき竜を倒すなり、封じ直すなりする。
俺も実力には一定の自負があるが、それでもこの世界で最強だなどとうぬぼれてるわけじゃない。
できることなら、悪しき竜に復活の目など与えずに、封印を上書きして簡単には解けないようにしてしまいたい。
実際、女神様の霊具による結界と、浄化の指輪の効果を合わせれば、十分に封印を強化できるはずなんだ。
ただ、問題はそれを誰がやるか。
消去法でエリーゼにやってもらったとして、無事に封印を強化できる可能性はそれなりに高い。
だが、失敗する可能性はゼロじゃない。
前世にはマーフィーの法則というジョークがあった。
物事はえてして、失敗の可能性がある時には失敗するものだ。
フリーランスなんかやってると痛感することがしょっちゅうある。
失敗した時に、悪しき竜が復活してしまうことも問題だが、その時にはほぼ確実にエリーゼが犠牲になってしまうのが最大の問題だ。
「お姉様は僕の婚約者なんだ。簡単に諦めて死地に送り込んだりはしたくない」
「ノエル……」
エリーゼが目をうるませ、動きを止める。
「待って。考えるから」
と、かっこつけたはいいものの、これといったアイデアがあるわけじゃない。
考えろ、俺。
ずっと何かが引っかかってる。
人が足を踏み入れるのも危険な場所なのに、誰かがそこに行かなきゃならない。
どこかで聞いたような話だ。
そこで再び、地面が揺れた。
さっきより大きい、突き上げるような揺れだ。
しかし、その揺れのおかげでひらめいた。
「そうだ。被災地には、人が立ち入るのが危険な場所も生まれてしまう。たとえば、事故の起きた原発とか。あの時はたしか、キャタピラ式のロボットが使われてたな。今回の場合はキャタピラよりも……」
俺はタブレットを取り出し、BANBTSUを開く。
こういうのはAmazingよりニッポンバシカメラだろう。
「あった! 軽い荷物も運べそうなのは……このあたりか」
俺は注文の確定ボタンをタップする。
配達はもちろん、今すぐ、目の前に。
クルルが現れて、異空間から地面に俺の注文した商品を召喚してくれる。
俺はすぐさまその段ボール箱を開封にかかる。
「なんですかぁ、それ?」
「これは……とても精妙な機械のようですわね」
興味深そうに箱を覗き込むリーシュカとエリーゼ。
オボロとトモエも、さらにはクルルまでもが俺の手元を見ているな。
俺も実物を触るのは初めてだが、さいわいなことに組み立てるのは簡単だった。
カメラのついた胴体から四つの腕が伸び、その先にはそれぞれプロペラがついている。
「これはドローン――小型の飛行機械だよ」
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