第35話
「これが三つ目の社か」
俺とリーシュカは、「峰の近くの張り出した庇の下の洞窟の中」で、女神様の社を見つけた。
社は木製で、前世の日本の祠によく似ている。
屋根と扉のついた小さめの建物の中に、ひび割れ、半ばから折れた女神様の石像があった。
「ここのも割れちゃってますね」
「そうだね。新しい霊具に取り替えよう」
俺はクルルが届けてくれた新しい霊具を「収納」から取り出した。
新しい霊具は、不思議な光沢で輝くお盆のようなものだ。
お盆からはアンテナのようなものが伸びている。前世のパラボナアンテナによく似てる。
「この古い女神像も回収しておいて、あとで公爵に渡そう」
力を失っているとはいえ、元御神体だからな。
このまま放置するのもどうかと思う。
「ノエル様は、信仰熱心という感じではないですけど、こういうのは大事にされますよね」
「そうだね。困った時に神様にお祈りするってことはないかな。でも、永いあいだいろんな人たちの想いを受け止めてきたものだから、とてもぞんざいには扱えないよ」
というのも嘘ではないが、理由はもうひとつある。
例のスカイライン構想だ。
この盆地を一巡りする天空道路を走らせ、五つある社でスタンプラリーができるようにしたい。
そのときに、修復した御神体を展示できればちょっとした名物になるだろう。
俺は「置き配」で手に入れた厚めの布に割れた女神像を包み、これまた「置き配」で見つけたそれっぽい桐の箱に入れておく。
「このお社って、私たちがジュナから出てきてキャンプした場所のすぐ近くなんですね」
「あの時はこんな社があるなんて気づかなかったね」
そんな話をしながら、俺とリーシュカは社のあった洞窟を出る。
――と、そこには。
「やあ、ノエル」
片手を上げ、にこやかにそう呼びかけてきたのは、見覚えのありすぎる人物だった。
「ニコル兄さん、か」
「に、ニコル様!?」
険しい声でつぶやく俺と、驚くリーシュカ。
そう。
洞窟の外に待ち受けていたのは、俺の兄――ニコルだった。
ニコルの周囲には全部で四人の魔術師と、一ダースほどの騎士がいる。
魔術師たち全員と騎士たちの大部分は俺に向かって油断なく杖や剣を構えている。
そして、騎士たちの一部は、稜線に停められた俺のハイルークに向かって剣を構えていた。
「これはどういう状況かな、ニコル兄さん?」
俺がつとめて冷静に訊くと、
「ノエル、酷いじゃないか。君は僕に隠し事をしていたんだね?」
と、引きつった笑みでニコルが言った。
「隠し事?」
心当たりが多すぎて、どれのことだかわからないな。
「しらばっくれるなよ。君こそが冒険者ギルド・デンペロン支部にその人ありと言われたSランク冒険者<神童>なんだろう?」
「ああ……そのことか」
「そのことか、だって? 君が勝手に出奔したせいで、デンペロン支部の魔物討伐は滞り、領主である父上のもとには連日市民からの苦情が殺到している!」
「勝手に出奔って……追放したのは父上じゃないか」
「家を追放されてもSランク冒険者としてデンペロンに貢献し続ける道はあったはずだ! それを荷運び人などという下賤で無価値な仕事にうつつを抜かしてデンペロンから逃げ出すとは……それでもデンペロン侯爵家に生まれた人間なのかな?」
ピキピキと額に青筋を浮かべて、ニコルが勝手なことを言い募る。
「僕は今の暮らしが気に入っていますので。デンペロンに戻るつもりはありませんよ」
「それが勝手だと言ってるんだ! いいだろう、どうしても僕に従わないというのなら力づくだ! おまえたち!」
魔術師たちと騎士たちが身構えた。ハイルークに向かっている連中以外が、だな。
「痛めつけてやれ! 嫌というほど地べたを這いつくばらせて、僕に臣従すると誓わせろ!」
「あのね、兄さん。僕は仮にもSランク冒険者なんだけど?」
「ふん、知っている。だが、あれを見ても冷静でいられるかな? やれ!」
「はっ!」
ハイルークに向かっていた騎士が、ハイルークに向かって剣を振り下ろす。
「あああっ!」
とリーシュカの悲鳴。
ハイルークは頑丈だが、さすがに剣で切りつけられれば跡がつく。
とはいえ、簡単に壊れるほどやわくはない。
「か、硬!?」
と、斬った騎士が痺れる手をぶらつかせる。
「あれはおまえの商売道具なんだろう? さあ、あれを壊されたくなければ僕に従え! もっとも、ここまで僕をこけにしてくれたんだ。そこの従者もろともそれなりに痛い目を見てもらうことになるがな」
勝ちを確信しているのか、本性を表し、ふんぞり返ってニコルが言う。
その様子は彼の兄であるミゲルにそっくりだ。
対して、俺は頭が芯まで冷え切っていた。
ああ、本当に怒ると、頭は熱くなるんじゃなくて冷たくなるんだな。
魔力を練り上げ、前に一歩を踏み出そうとした俺の前に、リーシュカの背中が現れた。
「――ノエル様。この程度の相手に、ノエル様のお手を煩わせる必要はありません」
いつもの口調とは打って変わった、冷え冷えとした声音でリーシュカが言った。




