第34話
「あ、次の峰が見えてきましたよぉ」
リーシュカがフロントガラスの奥を指さした。
左右にも上下にもうねる稜線の奥に、周囲より高い峰がある。
「あれか。エリーゼのくれた文献では、あの峰の近くの張り出した庇の下の洞窟の中……だったね」
「もうちょっと目立つ場所に社を作ってくれればよかったんですけどねぇ」
「そうだね。荒らされないようにってことなのかな」
俺とリーシュカは、クルマで盆地の縁の峰々を回っているところだ。
次の社で三つ目だな。
「それにしても、ひさしぶりですねぇ。ノエル様とふたりきりなんて」
今クルマに乗ってるのは運転席のリーシュカと助手席の俺だけだ。
エリーゼは公爵邸に戻って、百年前の文献の調査と、領内の魔術師集めをやってくれている。
好きに呼べというのでトモエと呼ぶことになった猫さんは、万一に備えてサンセレストの宿営地で待機。
オボロもトモエと一緒に待機して、よもやの悪しき竜復活時には時間を稼いでから撤退することになっている。
最悪の事態に備えて、浄化の指輪はオボロに預けた。
待機中はやることがなさそうだったので、「置き配」で大量の漫画を買って置いてきた。
もちろんフライドポテトと一緒にな。
「最初はリーシュカと二人だけだったのに、オボロが増え、お姉様が増え、今ではずいぶん賑やかになったね」
「私はノエル様とふたりっきりがよかったんですけど……でも、オボロもエリーゼさんも好きですよ」
「オボロはともかく、お姉様も?」
「べつに本気でいがみあってるわけないじゃないですよぉ。元々、エリーゼ様はノエル様の将来の奥様で、私はノエル様付きのメイドですから。もし婚約がなくなってなかったら、仲良くやっていかないといけない関係でした」
リーシュカなりに、そこはちゃんと考えてたんだな。
「じゃあ、なんで今はいがみあってるの?」
「婚約がなくなっちゃいましたから、ノエル様は自由じゃないですかぁ。実際、旅が始まってからのノエル様は生き生きしてます。いえ、以前から生き生きしてましたけど、以前はもっとこう、真面目というか、貴族としての責任感を大事にされていましたから」
「ああ、それはね」
「よく、街に出て、人々の困りごとを聞いては解決してあげてましたよね」
「うん、僕にできることならと思って。もっとも、解決しようがなくて、話を聞くしかできないことも多かったけど」
「どうしてそんなことをしてたんですかぁ?」
「貴族、というのが落ち着かなくてね。僕はごくありきたりな普通の人間だ。それなのに、平民とは生まれが違うとかなんとか持ち上げられて、いろんな人からかしづかれて。ずっとこんな暮らしをしてたら思い上がった人間になりそうだと思ったんだ」
「ノエル様に限って、そんなことはないと思いますけど」
「僕はきっと、興味があったんだ。世の中にたった一人で放り出された時に、僕にどれだけのことができるんだろう、って」
思えば、前世でもそうだった。
会社勤めが大変だったのはもちろんだが、会社の中で取り替えの利く歯車のひとつとして働いていると、自分の価値を見失いそうだった。
だから、ちょっと無理をしてでも独立した。
今にして思えば、焦りすぎだったのかもしれないな。
「ちょっとの無理」のはずの独立は、すぐに自転車操業の「本当に無理」の生活になってしまった。
そこで、思ったんだ。
「人間は、一人では生きられないよ。でも、だからと言って、自分を殺して生きるのも違う。みんなそれぞれが異なる自分の人生を生きていて、必要なときや、そうしたいときに、他の誰かとつながるんだ。歯車同士としてじゃなくて、お互いに尊重しあえる人同士として。それが俺の――僕の理想かな」
前世の俺は歯車と否定的に見ていたが、仕事の上で互いを必要とし合っているということでもある。
その関係が歯車になってしまうか、人生を豊かにする人間関係になっていくかは、俺の努力や態度次第で変わってくる。
「ノエル様はそんなことを考えてらしたんですね」
「今回の作戦もそうだよ。トモエはずっと一人でがんばっていた。浄化の指輪を取りに行った騎士もそうだ。復活した悪しき竜を封じ込めた当時の公爵家の人たちも。女神様もそうだね。みんな尊敬すべき人たちだけど、バラバラに動いてるんだ。みんなのがんばりを無駄にしないために、僕はみんなを繋ぎたい」
女神様も言っていた。
『一人では解決できない問題でも、適切な人と繋がれれば解決できることも多いでしょう。その架け橋になってあげてほしいのです』と。
「女神様と、守護者たちと、公爵家の人たち、それからあのデュラハンも。ノエル様はみんなの架け橋になろうとしてるんですねぇ」
「僕が悪しき竜を倒せるわけじゃないし、僕にできるのはそれくらいだからね」
「ご立派です! ノエル様! 私、今ほどノエル様のお付きをやってきてよかったと思ったことはありません!」
感極まったように涙を浮かべるリーシュカに、
「ありがとう、リーシュカ。……それはそれとして、前はちゃんと見て運転しようね?」
「はわわ!」




