第31話
「雨、やみませんわね」
と、食後の紅茶をすすりながらエリーゼが言った。
テントの前にタープを張り、その下にキャンプチェアと焚き火台を置き、「置き配」で買った薪に着火して。
そこまで準備したところで、にわか雨が降り出した。
前世のゲリラ豪雨のような感じではないが、さりとて無視してバーベキューができるほどでもない。
しかたなく、食事はデリバリーにした。
俺はちょっと味気ない気がしたんだが、前世の食事に慣れてない他のみんなには好評だった。
焚き火の前で寝そべるオボロの身体の上に、カーバンクルのクルルが乗って丸まっている。
「置き配」でやってきたクルルに、事前に用意しておいた羊羹を差し出してみたところ、興味を引かれたのかおいしそうに食べてくれた。
そこでオボロが『少し温まっていくとよい』と、珍しくサービス精神を発揮して、クルルを自分の毛皮の上に乗せたのだ。
――クルルには甘味が有効。
覚えたぞ。
いつかはあのもふっとした襟を心ゆくまで撫でてやる。
「旅先だというのに、なんとも居心地のよい空間ですわ。おいしい食事にあたたかな焚き火。食べてしまいたいような美少年に加え、もふもふの上にもふもふが重なる尊い光景……」
「……私だけ無視されてるような気がしますが、無視されてたほうがよさそうですねぇ」
エリーゼの妄言に、リーシュカも紅茶を飲みながらそうつぶやく。
「この人数だとちょっと手狭だったかもね」
俺、リーシュカ、エリーゼに加え、完全形態のオボロもいる。
タープは余裕を持って大きなのを選んだつもりだったんだが、さすがに定員オーバーだ。
かといって、今から「置き配」してもらっても、外が雨だから張り直せない。
テントは三人がぴったり寝れるくらいのサイズで、ちょっと手狭になってきた。
リーシュカ、俺、エリーゼの順で川の字になって寝ていると、いつのまにか左右から抱きつかれて暑いんだよな……。
やっぱりコンテナハウスは必要か。
そんなことを考えつつ、そろそろ寝ようかと思い始めた頃に、
――にああああ。
と、足元から声がした。
と同時に、なにかもふもふしたものが俺の足をこする。
「え……」
俺が自分の足元に目をやると、
「わぁ! 猫さんですよ!」
リーシュカの言う通り、そこには一匹の猫がいた。
黒白のハチワレで、くりっとした目で俺を見上げてくる。
「野良猫かな? 猫が食べれそうなものはあったかな……」
そう言いながら首元を撫でると、猫は気持ちよさそうに喉を鳴らす。
そして、もっと撫でてとせがむように俺の指に首筋を押し付けてくる。
「よーしよしよし……」
と、前世のテレビで見た動物研究家のまねごとをしていると、オボロがむくりと身を起こした。
『――待て。気をつけろ』
オボロの上で寝ていたクルルが驚いて、空中に渦を巻いて消えてしまう。
「どうしたんだ、オボロ?」
『その猫はどこからやってきた?』
「どこって……ノエル様の足元からです」
とリーシュカ。
そこでエリーゼがはっとする。
「どうしてその猫は雨に濡れていないのです?」
「「あっ……」」
驚く俺とリーシュカに、
『それもそうだが、その猫の放つ気配の異質さに気づかぬか? 聖気と魔力をともに宿し、二つの相異なる力を相殺させておる』
オボロの言葉に、俺は猫に意識を凝らす。
「たしかに、聖気と魔力が体内を循環しているな。それでいて、全体としては聖気と魔力が打ち消し合って、どちらの影響もなくなっている。そのせいで、ぱっと見た感じではただの猫に見える」
前世で言うと太極図みたいだな。
黒と白の勾玉が相喰むようなあの図形だ。
よく見れば黒と白の部分があるんだが、遠目に見ればグレーに見える。
『なんじゃ、もう気づかれてしもうたか』
艶やかな声が猫から聞こえた。




