第29話
「でも、なぜ地殻の奥から汚染された魔力とやらが噴き出してくるんです?」
と、今度は女神様に訊いてみる。
「それはこの星の成り立ちにかかわります。興味があるなら説明しますが……」
「教えてください」
「そうですね。以前、この星はあなたが前世で暮らしていた地球と比べて、直径にして四倍もの大きさがあると話しました」
「そういえばそんなことを言ってましたね」
「おかしいとは思いませんでしたか? 地球型の惑星にはそのサイズに限界があります。だいたい地球の二倍くらいです。それ以上星が大きくなると、重力で星が潰れてガス惑星になってしまいます」
「そこは……魔法的な何かでどうにかなってるんじゃないんですか? ファンタジーな世界なんだし」
「実は、まさにそうなのです。今を遡ること数千年前。この星には高度な精神文明が存在しました。その文明は、人間の精神力を物質へと転換するメタサイコロジーによって繁栄を極めました。しかし、その文明の絶頂期に、メタサイコロジーの暴走によって、自らの文明を滅ぼす破壊的な存在を生み出してしまったのです」
「破壊神かなんかですか?」
「近いですね。人間の潜在意識の奥底に眠る破壊衝動をメタサイコロジーにより具現化した存在――名前はとくにないのですが、神々のあいだでは悪しき魔法使いと呼ばれています」
「なんで名前がないんです?」
「名前をつける前に、文明が滅ぼされてしまったからです」
「え、そんな簡単に……」
「悪しき魔法使いは、この星を砕いてしまったのです。地球サイズの惑星だったこの星はバラバラになって、宇宙を漂う岩塊の群れに成り下がりかけました。そこで、メタサイコロジーによって生み出された善的な存在――すなわち、私たち神々と呼ばれる存在が力を合わせて、バラバラになった地殻を魔力で繋ぎ止めたのです」
「でも、悪しき魔法使いがいますよね?」
「神々は、魔力で繋ぎ止めた地殻を、悪しき魔法使いを封じ込めるための結界にしたのです。と同時に、悪しき魔法使いから溢れ出す無限の破壊衝動の一部を魔力として再利用することにしました。そうしないと、地殻を永久に繋ぎ止めておくエネルギーが確保できなかったからです」
「……壮大な話ですね」
すると、悪しき魔法使いとやらは、地殻で封印された上に、その力を自分の封印維持のために流用されてるってことか。
悪いのはそいつとはいえ、その境遇には同情してしまう。
「そんなわけで、この星は悪しき魔法使いという魔力源を中心に無数の地殻がその表面を覆うという形になっています。中心に悪しき魔法使いが封印された空間があって、その周囲には一度バラバラになってしまった地殻。この星の体積は、元の星の体積よりずっとかさが増えたというわけです」
「それで四倍か」
喩えるとすると、なんだろうな?
元はひと塊だった粘土をバラバラにし、ふくらませた風船の外側に貼り付けていく。
そうすると外見上は粘土の球のように見えるが、その中身はすかすかだ。
たしか、星がそんなにも大きいせいで、人々の交流が起こりづらく、文明の発展が阻害されてるんだったな。
「悪しき魔法使いは今も生きています。その魔力が地上に噴き出すと、魔力を浴びたものを狂わせてしまう。それが魔物という存在であり――また、人々の精神に宿る才能と呼ばれるものです」
「えっ、魔物はともかく、才能も悪い魔法使いの魔力なのか?」
「人が魔法を使えるのは、悪しき魔法使いの力を利用しているから――そう考えると納得がいきませんか?」
「じゃあ、才能って危険なものなのか?」
「いえ、才能は、悪しき魔法使いの力に晒された人々が、長い年月の中で魔力に適応した成果です。生物が環境に適応して進化するのと同じですね。その力のおかげで魔物と戦えるのですから、人というのは神々が思っているよりずっとたくましいものです」
本物の神様から聞かされた神話のスケールに、俺はしばし言葉をなくす。
『しかし、女神よ。その話がノエルにどう関わるというのだ?』
「そうでした。ロスベリア公爵から聞いたと思いますが、霊峰サンセレストには百年前に大禍をもたらした悪しき竜が封印されています。その封印が解けかけているのです」
「えっ……大変じゃないか!」
「ええ。ですが、手はあります。ロスベリア盆地を取り巻く峰々には、その霊的な要所に社が眠っています。その社に私の霊具を祀り直せば、封印を修復することが可能です」
女神様は改めて俺に目を向ける。
「――これは、私からの配達依頼です。ノエル、引き受けてくれますか?」




