第2話
「あなたの魔法の才能は、あなたの元いた世界ではあまり役に立たないものでした。しかし、私の世界でなら存分に活かすことができます」
「魔法の世界ってことですか。殺伐とした世界ではないですよね?」
「今は大きな戦乱はありませんね。すぐにではないのですが、十歳になった時にあなたに特別な力を授けることができます。あちらの世界ではギフトと呼ばれる特殊な力です」
「今すぐにってわけにはいかないんですか?」
「あなたの魂があちらの世界に馴染むのにどうしても時間がかかりますので。それまでのあいだは平穏な暮らしが送れるよう、運命を読んで転生先を選びます」
「その先は自分の力でってことですね」
正直言って、結構悩んだ。
俺の一度目の人生は結構しんどい終わり方をしたからな。
二度目の人生がうまくいく保証はない。
地球とは違う世界だっていうならなおさらだ。
それでも、と俺は思った。
この女神様の依頼でなんでも通販アプリを開発した時は楽しかった。
プログラミングはおもしろい。
だが、仕事でキーボードを叩くようになると、プログラミングを覚えたばかりの頃の新鮮な感動はなくなってしまう。
資金繰りに追われながら働いていればなおさらだ。
そんな荒んだ生活の中で、あの仕事だけは純粋に楽しめた。
そんな女神様の世界なら転生するのも悪くないんじゃないか。
「わかりました、女神様。転生の話、ありがたくお受けします」
「それはよかったです」
と、女神様が顔を綻ばせる。
ちょっとあどけない女神様の笑顔に、俺はどきっとしてしまう。
「ひとつだけアドバイスを。自分の理想とする在り方を思い描いて、そのために努力なさい。その努力にふさわしい力を祝福の儀で授けます」
「祝福の儀……」
あ、そういうのがある感じなんだ。
ネット小説なんかだと、神からハズレギフトを授かった奴は家から追放、とか言われるやつだよな。
「では、十年後に会えるのを楽しみにしていますよ、敬」
女神様の言葉を最後に、俺の視界がぼやけ、白くなっていく。
白い空間から、敬だった魂が消えていく。
輪廻の流れに乗って、第二の人生へと向かったのだ。
敬を見送った私は、ほっと息をつきました。
「ふう……お見送りできましたね」
胸に手を当ててみると、心臓がどくどくいっています。
「緊張しました……」
敬とはアプリ開発の時にメール越しにずっとやりとりをしていました。
でも、まさか異世界の神が会いに行くわけにもいきませんし。
「変に思われたりしてないですよね? 神様らしくふるまえましたよね?」
さっさっと髪を手で整えますが、もちろんいまさらそんなことをしても意味はないです。
「普段はここまで緊張しないのですが……。私にとって救い主のような相手ですからね」
そもそものはじまりは、なんでも通販アプリです。
私が神として奉職する世界アタラクティカの神々のあいだで、地球の産物が大流行しました。
世界の成り立ちが異なる地球の産物は、アタラクティカの神々にとって大変エキゾチックに映ります。
その魅力に夢中になった神々は、それぞれのルートで地球世界に干渉し、地球の産物を競うように取り寄せにかかったのです。
ですが、数多いる神々が好き勝手に異世界に干渉しては、世界が不安定になってしまいます。
そこで、神々の個別の干渉を禁止する代わりに、地球の産物を取り寄せられるアプリを作って、地球への干渉を一元管理しようということになりました。
その担当として白羽の矢が立ったのが、他でもない私です。
「いくら私が愛と絆の神だからって、『いんたーねっと? よくわからないけどつながりなら絆の範疇じゃね?』は酷いですよ……」
当たり前ですが、私に地球のインターネットの知識があるわけもなく。
開発はちっとも進まず、来る日も来る日も残業ばかり。
「そもそも、愛と絆の神なんてアナログの極みみたいな存在なのに……」
困った私は、インターネットに詳しい地球人の力を借りることにしました。
魔法の素質のある者にしか見えない依頼に反応した中で、やりとりが親切で信頼できそうに思えた相手にアプリの開発を依頼します。
彼は、私の見込んだ通りの――いえ、それ以上の仕事相手でした。
「インターネットのイの字も知らない私を馬鹿にせず、基礎の基礎から教えてくれました」
開発が進めば一緒に喜び、困難にぶつかれば一緒に悩む。
大変でしたが、今となっては大切な思い出です。
彼は技術のわりに収入が伴わず苦労していたようですが、すべてのクライアントに同じように対応していたのだとしたら、時間がなくなるのも当然です。
コンピューターに馴染みのない神様でも使えるように――そんな無茶ぶりを彼は楽しみながら解決してくれました。
プログラミングのことはわかりませんが、プログラムに宿る魔力の質を見ればその仕事ぶりは一目瞭然です。
でも、彼のいちばんの素晴らしさは、その優しさにあると思います。
不慣れな業務に右往左往する私にいらつくこともなく、励ましながら一緒に仕事に取り組んでくれた彼。
彼のことを想うと、胸にじんわりと温かいものが広がってきます。
「実際に会ってみると、不覚にもドキドキしてしまいました……。私、彼のことが好きなのでしょうか?」
罪滅ぼしというのも嘘ではないですが、やはり彼に好意を抱いているからこそ、この世界に招こうと思ったのでしょう。
身勝手という意味では、地球から好き好きに物品を取り寄せていた神々と大差ないかもしれません。
「愛を司る神だというのに、自分の恋心は制御できないなんて皮肉ですね」
私は苦笑し、そっとため息を漏らします。
「彼は地上、私は天界。切ないですが、十年後に再会できることを楽しみにしていますよ」




