第25話
「ロスベリア公爵家は、王国内でも比較的独立したひとつの勢力を築いているんだ」
食後、ロスベリア公爵領を見下ろしながら、俺はリーシュカにロスベリア公爵家について説明する。
リーシュカにせがまれたからだ。
「盆地、という地形が有利に働いたんだろうね。見ての通り、外敵が攻め込むのは難しい地形だ」
甲府が武田信玄の根拠地だったように、ロスベリア公爵も山を天然の城壁とすることで自分たちの勢力を守ってきた。
「ただ、それだけだと他の領地からの情報が入ってきづらい。でも、ロスベリア公爵家には代々『伝声』の魔法を持つ子孫が生まれるんだ」
「『伝声』、ですかぁ?」
「詳しい性能は秘匿されてるけど、かなり遠くにまで声を運ぶことができる魔法らしい。そもそもロスベリア公爵家がこの地に封じられているのも、外敵の侵入をすぐに知らせるためだとか」
エリーゼなら、「我が家は王国の鳴子なのですわ」と言うだろう。
鳴子っていうのは、紐に引っかかると音が鳴る罠のことだ。
「それから、ロスベリア公爵家は、『伝声』が使える魔術師を王国の各地に送り込むことで、一大諜報網を築いているとされている。この閉ざされた土地にいながらにして、王国全土の情勢を把握してると言われるね」
「なんだか怖いですね」
「デンペロン侯爵家にもきっと入り込んでたんだろうね」
と、まとめたところで、リーシュカがため息をついた。
「ノエル様との婚約がなくなって、エリーゼ様はさぞがっかりされているでしょうねぇ」
「そうかな? 渡りに船だったかもしれないよ」
「どうしてそんなこと言うんですかぁ? 仲はよろしかったじゃないですかぁ」
「だって、六歳も歳下の婚約者を押し付けられて、お姉様も困ってたんじゃないかな。すごくかわいがってくれてたけど……」
思うに、あれは歳上の女の子が親戚の歳下の男の子に構ってあげてる感じだ。
恋人同士という感じじゃない。
ちなみに、エリーゼのことはお姉様と呼ぶよう本人から厳命されている。
まあ、呼び名ひとつで機嫌がよくなるなら俺としては全然いいけど……。
『む? 何者かが近づいてくるようだぞ』
俺の話にまったく興味なさそうに寝そべっていたオボロが、斜面の下のほうを見て言った。
「馬車……みたいですね」
「あの紋章は……」
ロスベリア側からつづら折りの山道を登ってくる馬車が遠くに見える。
貴族が乗るような高価そうな馬車だ。
その馬車の幌には金の紋章が描かれている。
紋章の図柄はセレスローズ――さっきも述べた霊峰サンセレストに群生する山桜だ。
つづら折りは狭いので、あちらが登りきるまでこちらは降りないほうがいいだろう。
食後のコーヒーを楽しみながら待っていると、やがて向こうの護衛の騎士がこちらに気づいた。
「何者だ! ここで何をしている?」
「旅の配達人です。これから出発しようとしていたところでした」
俺はギルドでもらった帽子をかぶってみせた。
「そうか、すまないな。こちらが登りきるまで待っていてくれるか?」
貴族の護衛としては丁寧な感じだな。
が、そこで馬車の扉が内側から勢いよく開かれた。
「その声は……ノエルきゅん!」
「きゅん?」
飛び出してきたドレス姿の何者かが、山道をものすごい勢いで駆け上がってくる。
護衛たちが止めようとするが、おかまいなしだ。
「はあ、はあ……! ノエル! 幻覚ではないのよね!?」
山道を登りきったその女性は、
「お、お姉様!?」
「ああ、よかったわ!」
ぎゅっと効果音すら立てそうな勢いで、俺を全力で抱きしめてくる。
「ぐぇっ……」
「ノエルを追放するなんて許せない! これは公爵家に対する宣戦布告だわ! あの業突張りのデンペロン侯爵の首を取って屋敷の前に晒してやる!」
俺を抱きしめる力は強いのに、その身体からは強力な冷気が伝わってくる。
これは――
「や、やめてよ、お姉様。僕は戦争なんて望んでない」
どうにかしてエリーゼの抱擁から身体を離す。
エリーゼ・フィン・ロスベリア。
年齢は十六歳だが、前世の高校生と比べるとかなり大人びた雰囲気だ。
青みがかった白銀の髪にアイスブルーの瞳。
背は女性としては高めだろう。
今はドレスを着ていて、胸元が大きく開いている。
前世の男性のさがで豊かな胸元に目が行ってしまうが、そこにはうっすらと白い霜が張っていた。
ギフト「氷の抱擁」を持つエリーゼは、感情が昂ぶると身体から無意識に冷気を放射する。
あのまま抱きつかれていたら俺は氷像になっていた。
「いつもクールなお姉様らしくないよ。僕はいつものかっこいいお姉様が好きだな」
なんとか落ち着いてもらおうと、美少年モードを発動してエリーゼをなだめる。
実際、昔からクールな女性なのだが、それだけに一度怒ると手が付けられない。
「……ノエルがそう言うなら」
と言って、エリーゼは胸元や腕を覆う白い霜をぺりぺりと剥がす。
「ふぅ……落ち着いたわ」
霜を落としたエリーゼは、先ほどまでの興奮が嘘のように落ち着いていた。
「エリーゼお姉様、おひさしぶりです。そしてすみません、このようなことになってしまって」
「いいのよ。辛かったわね」
「ところが、そうでもありません。ギフトのおかげでのびのびやらせてもらってます」
そう答えると、エリーゼは少し驚いてから、
「ふふっ。落ち込んでいるのではないかと心配してたけど、取り越し苦労だったみたいね。でも……」
エリーゼはいきなり俺の両の頬をつかんで引っ張った。
「ふ、ふへ……?」
「私が婚約者でなくなったことをもう少し悲しんでくれてもいいんじゃないかしら?」
そのままむにむにと俺の頬を引っ張るエリーゼ。
「ほ、ほへんなはい」
と、謝る俺。
たしかに今のはデリカシーがなかったな。
エリーゼが頬を離してくれる。
「ごめん、お姉様。てっきり僕は、お姉様はこの結婚に乗り気ではないと思ってたんです」
「なぜです?」
「だって、僕のほうが六つも歳下だし」
「関係ありません。この私が、気に入らない男と婚約すると思いますか? あなたはもっと自信を持っていいのですよ、ノエル」
「は、はい。ありがとうございます」
俺は前世でアラサー以上まで生きてたはずなんだが、エリーゼの前に出るとかわいい弟にされてしまうんだよな。
なんとも情緒が混乱する。
「お姉様はどうしてこんなところに?」
「もちろん、あなたを探しに行くために決まってます」
「ええ? お姉様自らですか?」
「かわいい弟にして婚約者であるあなたを私が探しに行くのがおかしいですか?」
「まだ僕のことを婚約者と言ってくれるんですね」
「ロスベリア公爵家としてはまだ、婚約の破棄への返答をしていません」
「でも……」
俺が訊こうとしたところで、
「お嬢様。立ち話もなんですから、一度領都に戻りませんか? ノエル殿もお疲れでしょう」
と、護衛の騎士が言ってくれる。
「そうね。ノエルには訊きたいことがたくさんあるわ」




