第23話
その頃、デンペロン侯爵領では、侯爵とミゲル、ニコルが深刻な顔を突き合わせていた。
「どういうことだ、ミゲル! なぜ領内の魔物の討伐が遅れている?」
問い糾す侯爵に、
「さ、さあ、わかんねえよ。うちを中心に活動してたSランク冒険者の<神童>ってのが他所に行っちまったって話は聞いてるが……」
「なぜ引き止めなかった!」
「知るかよ! なんで貴族のこの俺が冒険者ふぜいに頭を下げなきゃいけねえんだ! しかも<神童>は年端もいかねえガキだって話じゃねえか!」
「どうしてその冒険者の正体を把握していない? 冒険者ギルドへの対応は、将来の勉強を兼ねておまえに任せている! 遊びではないのだぞ!」
侯爵とミゲルががなりあう中で、
「……消えた<神童>、か。まさか、ノエルが? 時期的にも一致する」
ニコルが眉間にしわを寄せてつぶやいた。
配達人ギルドのシエンタはノエルの冒険者証を確認しているが、ニコルには報告していない。
ニコルの推薦状に記されていた命令は、ノエルのギフトを見極め、内密に報告すること。
逆に言えば、ノエルが<神童>だとわかったとしても、報告しろとは言われていない。
……というのはむろん詭弁だ。
ノエルのギフトについて報告を求めたのだから、ノエルについて他に特筆すべきことがあれば気を利かせて報告するのがふつうだろう。
シエンタほどの有能な受付嬢ならなおのことだ。
それでもなお、シエンタは情報を伏せた。
その理由のひとつは、ノエルを気に入ってしまったことだ。
客観的に見れば、ノエルは実家を不条理に追放されたにもかかわらず、けなげに自分の力で生きていこうとしている十歳の少年だ。
心を動かされないほうがおかしいと、シエンタは思う。
もうひとつの理由は、侯爵とニコルへの反発だ。
侯爵は貴族であることをかさにきてギルドに無茶な条件で依頼を押し付けてくる。
その跡取り候補として配達人ギルド対応を任されたニコルも、侯爵とは違うタイプながらも典型的な貴族である。
いや、なまじ侯爵より目端が利くだけにたちが悪い。
配達人ギルドが仕事の上で貴族や商人の機微に触れる機会が多いことに目をつけ、今回のように、スパイじみた真似をさせようとする。
依頼人の個人情報保護を理由に断ろうとすると、ありとあらゆる圧力をかけてくる。
と、そんな事情から、シエンタはニコルに対し、求められた最小限の情報しか報告していなかった。
ノエルのギフトは荷車を召喚する能力である――報告したのはこれだけだ。
その「荷車」が馬なしに走ることすら報告していない。
この報告だけでも推薦状にあった命令に従ったことにはなりますよね? というわけだ。
もっとも、シエンタが正直に馬なしに走ることについて報告したとしても、ニコルがそれを信じたかどうかは疑問だ。
おそらく、ニコルはこう答える。
『馬なしに走る荷車だと? 馬鹿も休み休み言え!』
と。
一方、冒険者ギルドのほうでも、<神童>の身元については侯爵家にいっさい報告していない。
<神童>の担当受付嬢は、<神童>の正体に薄々気づいてはいた。
だが、この受付嬢もまた、ノエルに心を鷲掴みにされていた。
十歳にもならないのに領民のために危険な魔物と戦おうとする幼き未来の領主様。
おまけにすこぶるつきの美少年である。
そしてまた、この受付嬢は、侯爵の名代として冒険者ギルドに無理難題をふっかけてくるミゲルのことを嫌い抜いていた。
よって、Sランク冒険者がこの支部を活動の拠点にしていることは報告していても、その正体はあなたの御子息ですよ、ということまでは報告していない。
Sランク冒険者の所属情報は領主に報告する義務があるが、その個人情報まで報告しろとは言われていないからだ。
これだけでも法令の報告義務に従ったことにはなりますよね? というわけだ。
そして、これらと同じようなことが、デンペロン侯爵領のあちこちで起きている。
ノエルと親しかった商人は、ノエルから商品開発のアドバイスをもらっていたことをいちいち報告したりはしていない。
言われたとおりに納税してるんだからそれで十分ですよね? だ。
とある聖職者は、孤児院の運営のためにと、ノエルから多額の寄付をもらっていたことをいちいち報告していない。
もし理由を聞かれたら、孤児院のために一銭も出してくれない領主に報告する必要はないですよね? と、キレ気味に言うだろう。
ちなみにノエルは、街を発つ前にこの聖職者に孤児院の当面の運営に必要な額を改めて寄付している。
ノエルは他にも、日頃から変装して街をうろつきまわり、困っている人がいれば声をかけ、できることがあれば助けてあげて、できることがなくても話を聞いた。
なぜノエルはそんなことをしていたのか?
それはのちに本人の口から語ってもらおう。
ともあれ、街にはノエルを慕う者がたくさんいた。
そして彼らは怒っていた。
領主である侯爵に真っ向から歯向かうことはできなくても、自分に許されたささやかな裁量の範囲内で、面従腹背を貫いた。
だが、侯爵家の三人は、もちろん、そんなこととは知る由もない。
「父上。それならば、冒険者ギルドの管理を僕に任せてくれませんか?」
ニコルの申し出に、
「ふざけるな、ニコル! そうやって俺から手柄を奪うつもりだろう!」
「まさか。ただ僕は、配達人ギルドと冒険者ギルドは一人でまとめて面倒を見たほうが効率がいいと思っただけです。兄上も野蛮な冒険者の相手などしたくないでしょう? 次期領主である兄上にはもっとふさわしい活躍の場があるのでは?」
冒険者ギルドを影響下に置いてしまえば、<神童>――ノエルの情報を引き出せる。
ノエルのギフトはハズレだったようだが、Sランク冒険者だというなら話は別だ。手駒にするだけの価値がある。
推薦状で恩を売っておいてよかった――
ニコルはそんな身勝手なことを考えていた。
だが、
「ええい、うるさい! ニコル、おまえはわしの決定に逆らうつもりか? ミゲルには冒険者ギルドをまとめさせる! おまえは配達人どもの手綱を握っておけ! それによっておまえたちの手腕を磨かせようという親心がわからんのか!」
侯爵には侯爵なりの考えがあるようだ。
結局、三者の思惑はすれ違い続け、当初の議題だったはずの「冒険者ギルドの魔物討伐の遅れ」については全員の頭から抜け落ちる始末だった。
彼らにとっては、どうでもいいのだ。
魔物の討伐がちょっと遅れたからといってなんだというのか?
傷つくのは平民たちだけで、自分たちの生活に影響はない。
もし問題が大きくなるようなら、冒険者ギルドの責任を追求して、責任者の首をすげ替えればいいだけだ。
そんな彼らの醜い言い争いを、廊下で立ち聞きしているメイドがいた。
メイドはこれ以上話に進展がないのを確認すると、館の人気のない一画に身を隠す。
メイドは片方の耳に手を当て、誰もいない虚空に向かって声を発した。
「……お嬢様」
その瞬間、当たり障りのない微笑みを浮かべていたその顔が、怜悧で真剣な顔に切り替わる。
メイドの顔から、諜報員の顔へと。
『聞こえています。報告を』
メイドの耳に、主の涼やかな声が届いた。
「はっ」
メイドは手際よくデンペロン侯爵家の動きを報告していく。
直近の諍いのみならず、市中の噂と協力者から手に入れた情報に独自の情勢判断を加えた、簡潔ながらも高度な報告だ。
「ミゲル様とニコル様の対立は激しくなるばかりです。家臣や街の有力者をも巻き込んで、後継者争いで街が二分されつつあります」
『元々、ギフトと生まれ順を巡って争っていたんだったわね?』
「ええ。ミゲル様は炎系の攻撃ギフト、ニコル様は水系の防御ギフトを授かっています。デンペロン侯爵家は代々水属性のギフトで有名な家系ですので、生まれ順が早いがギフトが水属性でないミゲル様と、生まれ順は後だがギフトが水属性のニコル様とで確執があります」
『どちらが優勢なのかしら?』
「ニコル様でしょう。ミゲル様は元々粗暴だったのに加え、ニコル様からの挑発によって度を失うことが増えました。ただ、冒険者ギルドの管理を任されています。ギルドは面従腹背ですが、中にはミゲル様と馬が合って、ミゲル様の私兵のようになっている冒険者たちもいます」
『ニコルが後継者に選ばれた場合には、よもやのクーデターもありうるというわけね』
「以前は<神童>がいたので、不良冒険者もあまり無理はできなかったのですが……」
『その<神童>はノエルだったのよね。才気溢れる子だとは思っていたけど、まさか若干十歳でSランク冒険者とは……』
「私も耳を疑いました。てっきり、長命種族の者が身元を偽って冒険者をやっているものと」
『デンペロン侯爵領の素敵な情勢はさておくとして。私の愛しのノエルはどこにいるのかしら? もしノエルに何かあったら、私、怒りのあまりデンペロン侯爵領を滅ぼしてしまいそうだわ』
「……聞かなかったことに致します、お嬢様。ノエル様ですが、ようやく足取りがわかりました」
『ちょっと、それを先に言いなさい!』
「先に言ったら、お嬢様が他の報告を聞いてくださらないではないですか」
『うぐ……そ、そんなことないし』
「はいはい。きちんと聞いていただけましたので、ご褒美にノエル様の情報を差し上げます。ノエル様は、見たことも聞いたこともない外見の荷車に乗って、エノラ街道を進んでいるとのことです。当面の目的地はジュナだとか」
『ジュナに? だとすると……』
「ええ。お嬢様のほうに向かっている形になりますね」
『まさか、私に会いに……!? ノエルきゅん、好き!』
「いえ、単に配達人のお仕事のようですよ」
『で、でも、ジュナまで来ているならロスベリア公爵領へも足を伸ばすはずよね?』
「その可能性は高いです。少なくとも、デンペロンに戻ることはないでしょう」
『そうと聞いてはじっとしていられないわ!』
「伝声」越しに、何やら慌ただしい気配が伝わってくる。
「お嬢様……お嬢様? ああもう。だから言いたくなかったんですよね」
はあ、とため息をついたメイドは、諜報員の顔からメイドの顔に戻って、デンペロンの館に戻るのだった。




