第22話
翌朝、宿の用意してくれた朝食を食べ、最後の温泉を堪能して。
俺たちは温泉に後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、ハイルークに乗り込んだ。
「女将さん、喜んでましたね」
浴衣は一宿一飯の恩義を返す意味で女将さんに贈ったが、卓球台はオボロのリクエストによって俺の「収納」にしまっている。
でも、卓球台を作るのに先端技術がいるわけではないからな。
この街の人でもその気になれば卓球台を作ることはできるだろう。
他にも、朝食の時に「置き配」で取り寄せて食べたプリンにも驚いていたな。
温泉の熱を利用した地獄蒸しでプリンを作ってみたいと言っていた。
その朝には、峠道の様子を見に行った男衆が帰ってきたらしく、町長さんが旅館までやってきて、俺に峠の整備のお礼を言ってきた。
一体どうやって?という質問はうやむやにしたが、案外納得してる様子だったな。
見たこともないクルマで、荷台に巨大な狼を乗せて走る俺たちなら、何か特別な力を持っててもおかしくないと思ったんだろう。
何かお礼を、と食い下がる町長さんに、「それなら愛と絆の神エルフィアナ様にお祈りをしてあげてよ」と言うと、何やら気負った様子で必ず祀らせていただきますと請けあってくれた。
「ノエル様、次の目的地はロスベリア公爵領ですか?」
「そうだね」
と言って俺はデュラハンに手渡された例の指輪を取り出した。
デュラハンの所持物ではあるが、禍々しい感じはまったくない。
むしろ聖気を感じるほどだ。
聖気っていうのは、この世界の教会や神殿に入ると感じることがある聖なる気配のことだ。
神が立ち去った後の残り香と言われるが、前世と違ってオカルトじゃない。
程度の差こそあれ誰でも感じられるものだからな。
「デュラハンは、主君である姫君からこの指輪を持ち帰るという任務を受けていたらしい。でも、その帰り道で事故に遭って死亡した」
「かわいそうです」
「幻影の中の騎士は、甲冑が少し時代がかった感じだった。けっこう昔の人物なのかもね」
さいわい、配達先ははっきりしている。
「配達クエストによれば、配達先はロスベリア公爵エルロイド。つまり、ロスベリア公爵家の現当主だね。っていうか、僕にとってはエルおじさんだ」
「ノエル様の婚約者であらせられるエリーゼ様のお父君ですね!」
「そう……なんだよね」
実は、俺には婚約者がいた。
ロスベリア公爵の令嬢であるエリーゼだ。
もちろん、実家を追放されたことで、今頃婚約は破棄されているものと思われる。
「気が重いけど、やっぱり謝罪の一言くらいは伝えておくのが礼儀だよね」
「仲がよろしかったですものね」
「エルおじさんにもエリーゼお姉様にもかわいがってもらってたからね」
だからこそ気が重いんだけどな……。
「配達クエストが出たってことは、この指輪はすごく重要なものなんだと思う。この指輪が少しでも埋め合わせになってくれるといいんだけど……」
ジュナを出、山越えの道をハイルークで走っていく。
出発した当初には晴れていた空がにわかに曇り、今は霧雨が降っている。
黄色いフォグランプをつけ、足元を「整地」しながら進んでいく。
この暗雲が公爵領で待ち受けるものの予兆のように思えてきて、助手席の俺は黙り込みがちになってしまった。
ところで、これは後日に聞いた話である。
俺が去った後、ジュナでは浴衣と卓球、温泉プリンが大流行した。
浴衣の刺繍や卓球台、温泉プリンの焼印などには、もれなく「荷台に狼を乗せたトラックの絵」が使われた。
ジュナには王都からも旅行者がやってくるようになり、旅館は連日大盛況。
峠道が一夜にして整備されたことも手伝って、ジュナまでの乗り合い馬車が定期運行されるようになった。
人とものとが以前とは比べ物にならないほど回るようになったジュナの街の高台には、新たに神を祀る神殿が作られた。
その主祭神は愛と絆の神エルフィアナ。
優しく微笑む女神像の前には、街に福音をもたらした使徒として、ハイルークに乗った俺とリーシュカ、オボロの像が置かれたらしい。
エルフィアナは、地水火風を司る精霊神や戦う力を授ける戦神・闘神などと比べると、けっして信奉者の多い神とはいえない。
だが、ジュナの人々は街に繁栄をもたらした大切な神として、エルフィアナのことを熱心に祀り続けていると聞いている――。




