第19話
波乱の夜が明けた翌日は、ごく穏やかなドライブが続いていた。
あの後、峠の入口にあった宿営地にクルマを停めて仮眠を取り、朝食はフードデリバリーで軽めに済ませた。
有名ファストフードの朝限定セットに、オボロだけ特大サイズのポテトをつけた。
峠道は予想通り狭かったが、さいわいなことに、ハイルークがなんとか通れるくらいの幅はあった。
そうでないと馬車なんかも通れないからな。
途中、崖が崩れている箇所に何度か出くわした。
配達人ギルドの事前情報にあった通りだ。
崖が崩れていてはクルマは通れない――なんてことはもちろんない。
俺がちゃちゃっと「整地」の魔法で修復すればいいだけだ。
路面もだいぶ傷んでたからクルマで走りながら「整地」した。
結果として、ジュナへの峠道は見違えるようにきれいになった。
道の整備というのは、ふつう、人足を雇って何週間、何ヶ月とかけて行うものだが、俺の魔法なら一瞬だ。
正直、お金を取ってもいい仕事だが、そんなことをして目立ってもいいことはない。
俺には配達クエストの報酬もあるからな。
俺の生活を豊かにするうえでは、この世界の現金よりも配達ポイントのほうが重要だ。
山道をハイルークの四輪駆動でするする上っていくと、
「ノエル様、変わった匂いがします」
開けっ放しのサイドウインドウから漂ってくる匂いに、リーシュカが鼻をひくつかせる。
「硫黄の匂いだね」
目的地である温泉街ジュナはロスベリア公爵領への裏街道沿いにある。
ロスベリア公爵領は全体が広い盆地になっていて、その外側を峻険な山々に囲まれている。
その山の一つである活火山がジュナのすぐそばにある。
「火山は物騒だけど、温泉が出るのは恵みだね」
「温泉、楽しみです! でも、この匂いは苦手です……」
たしかに、卵の腐ったような匂いと言われるからな。
慣れない人は気になるだろう。
そんな話をするうちに、昼すぎにはもうジュナが見えてきた。
観光地だけに出入りのチェックはしていない。
クルマでそのまま街に入ると、すぐに人が集まってきた。
ハイルークはただでさえ目立つクルマだが、今は荷台に白い狼まで乗ってるからな。
俺はギルドでもらった帽子をかぶると、路肩に停めたハイルークから降りる。
物珍しさで寄ってきた通りがかりのおっちゃんが、
「坊っちゃん、配達人なのかい? どうやって峠を抜けてきたんだ?」
「崖崩れを直してきました。さっそく荷物を届けたいんですが、街への荷物はどこへ持っていけばいいですか?」
「崖崩れを!? それは助かるよ! 荷物もみんな困っていたんだ! ああ、荷物はそこの教会の隣にある倉庫に運んでくれ。そのあいだに俺は町長を呼んでくる」
言うやいなや、おっちゃんは通りをダッシュで駆けていってしまう。
「リーシュカ、あの建物の前につけてくれる?」
「わかりました」
リーシュカが倉庫の前にハイルークを横付けする。
俺は荷台でふんぞり返ってるオボロに、
「オボロ、そこにいられるとみんなビビるから降りてくれない?」
『むう。この姿は人里では目立ちすぎるか。では、こうしよう――ふうううっ!』
低く唸ったかと思うと、オボロの身体がしゅるしゅると縮んでいく。
最終的に狛犬くらいの大きさになったオボロが、荷台から飛び降りて地面に着地。
「すごいね。そんなこともできたんだ」
『ふん、我は守護者の端くれぞ?』
そう言って胸を張るオボロだが、
「かわいいです!」
『うぎゅっ!?』
目を輝かせて飛びついたリーシュカに抱き上げられ、オボロが変な悲鳴を漏らす。
『こら、我はペットではないと……』
「ちょうどいいからそのままじっとしててよ。リーシュカが飼ってるってことで行くから」
大きな狼をそのまま街中に入れて大丈夫か、とは思ってたんだよな。
でも、ほわほわしたメイドさんがもふもふした狛犬っぽいものを抱えてる図は、かわいいが二乗されて見るものの魂をとろかすだろう。
そこに、さっきのおっちゃんが町長らしき人を連れて戻ってきた。
威厳よりは苦労が滲む白髪のおじいさんに、荷台の荷物を確認してもらうと、
「配達人殿! よくぞこれだけの荷物を届けてくださった!」
がしっと両手を握られ、涙すら浮かべて感謝される。
その瞬間、いつものウインドウが浮かんできて、配達クエストにスタンプが押された。
「まだお若いのにお疲れでしょう! 街いちばんの宿に泊まっていってください! もちろん、お代はいりませんから!」
「い、いや、お金なら払いますよ?」
「それでは私の気が済みません! いずれにせよ客足も絶えて開店休業の状態なのです。ジュナの温泉を堪能していってください!」
見た目のわりに、ずいぶんぐいぐい来る町長さんだな。
どうせジュナには滞在するつもりだった。
申し出を断って別の宿を取るのも角が立ちそうだ。
俺はリーシュカと目配せし合い、
「……じゃあ、お言葉に甘えて」




