第17話
「じゃあ、行きます!」
「うわっ!」
リーシュカが一気にアクセルを踏んだ。
斜め後ろからデュラハンを押しのけ、ハイルークが前に出る。
助手席のサイドウインドウから、デュラハンの生首がにっと笑うのが見えた――気がする。
すぐに狼も加速し、ハイルークに追いすがる。
だが、直線ではさすがにハイルークに分があるようだ。
「曲がります!」
リーシュカがブレーキを踏んで減速し、左へのカーブを曲がろうとする。
ハイルークが遠心力でカーブの外側にふくらんだ。
その内側を鋭く縫って、デュラハンがハイルークの前に躍り出る。
直線での速度で勝てないとわかったからか、ハイルークの前を取って追い抜く隙を与えない。
「やるね」
もしこれがただのモンスターなら加速して轢いてしまってもいい。
でも、狼はどうやら使役されてるだけみたいだからな。
と、そこで、悪い状況がさらに増える。
「なんだかがたがたになってきました!」
「路面の状態が悪いのか……」
この世界、街道といっても、舗装の程度は様々だ。
ここまでのところは、比較的整備された道だった。
でも、ここに来て急に路面の状態が悪化した。
豊かなデンペロン侯爵領から隣の小規模な領地に入ったことで、舗装の質が下がったのだ。
もちろん、質が下がったとはいえ、道は道。
走れないことはない。
ただ、悪路を走るうえでは獣の脚のほうが有利だろう。
「この先、道幅も狭くなるかもしれないね……」
そうなると、たとえ追いついたとしても、デュラハンの横を抜き去ることができなくなってしまう。
「ど、どうしましょう!?」
リーシュカが暴れるハンドルを抑えながら訊いてくる。
「しかたない。今すぐ勝負をかけよう」
俺は自分の体内で魔力を練り上げる。
「こういう使い方をしたことはなかったけど……『整地』!」
俺は「整地」の魔法を解き放つ。
狙うは、ハイルークの前輪の一メートル前だ。
ハイルークは現在かなりの速度で移動中だ。
その移動に伴い、「整地」の効果範囲も移動する。
要するに、
「ハイルークのタイヤの前を逐次『整地』する。道はまっすぐ平らなものだと思って走らせて」
「わ、わかりました!」
リーシュカは返事をすると、ハンドルをしっかり握り直す。
いくら俺が魔法で平らにすると言っても、前輪の一メートル先では運転席から目で見えない。
クルマの前方にはがたがたの路面が広がってるわけで、いくら俺を信じていてもアクセルを踏むのは怖いだろう。
……と思ったのだが、リーシュカは平気でアクセルをベタ踏みしてるな。
ハイルークは再び加速し、デュラハンのすぐ後ろへと迫る。
それに気づいたデュラハンは、ランスを振り回してこちらが横から抜けないように牽制する。
「抜けないね……」
リーシュカも巧みに車体を左右に振ってデュラハンの隙を突こうとするが、前を抑えたデュラハンのほうが有利そうだ。
リーシュカが俺をちらりと見て、
「任せてください! 私に考えがあります! 次のカーブだけ、『整地』の範囲を広めに取ってください!」
「――わかった」
リーシュカの考えはわからなかったが、自信があるなら任せよう。
人生を棒に振る覚悟で俺についてきてくれた女の子を信じなくてどうするんだ?
リーシュカは車体を道の右側に寄せて、デュラハンの脇を抜く構えを見せる。
運転手側のサイドウインドウを森の枝葉が引っ掻いていく。
デュラハンはそうはさせじと道の前方右側を塞ぐ。
そのまま次のカーブ――急な右曲がりのカーブにさしかかる。
レースゲームなんかだと、クルマのライン取りはアウト・イン・アウトが基本と言われるよな。
カーブの外側から入り、内側スレスレをかすめ、再び外側に抜ける。
そうすると、カーブで曲がるべき角度が浅くなり、最小限の減速でカーブを抜けられる。
リーシュカは右曲がりのカーブに対し、道の右側――カーブの内側からアプローチする形になってしまった。
これは失策――と思ったが、違った。
リーシュカがハンドルを左に切る。
ハイルークがカーブの外側に少し膨らむ。
リーシュカはハンドルを戻し、ブレーキを短く踏みつける。
急制動がかかったところで、今度はハンドルを右に切る。
「いっけええええ!」
「うおおおっ!?」
ハイルークは後輪を横に滑らせながら急カーブを曲がっていく。
これは――
「ど、ドリフト!?」
車体を横に滑らせることで急なカーブをほとんど減速せずに曲がり切るテクニックだ。
リーシュカは途中でハンドルを一瞬左に切って後輪の滑りを止めた。
車体の回転が止まり、クルマがまっすぐに向き直る。
最初に外側にふくらんだおかげで、内側を走るデュラハンに外側から回り込む体勢になっている。
リーシュカはアクセルを踏み込んだ。
デュラハンの使役する狼の脚は、急カーブの遠心力で重くなっている。
急加速したハイルークが、ついにデュラハンを追い抜いた。
「これで……私たちの勝ちです!」
追い越したデュラハンの驚く様子をバックミラーで確認しながら、リーシュカがガッツポーズを決めていた。




