第16話
下げたままのサイドウインドウの奥に――いた。
頭部のない、漆黒の鎧姿の騎士。
その右手に握られたランスの穂先が助手席にいる俺を狙っている。
「リーシュカ、ブレーキ!」
「はは、はい!」
ハイルークが急減速をかけた次の瞬間、騎士がランスを突き出した。
間一髪。
ランスはフロントガラスの外側をガリリと引っ掻く。
もしリーシュカのブレーキが遅かったら、ランスは今頃俺の頭を貫いていただろう。
ハイルークが減速したことで、クルマの前方左に敵の姿がはっきり見える。
頭のない、漆黒の騎士。
兜をかぶった頭は左脇に抱えている。
右手にランス――突撃用の紡錘形の大槍を握り締め、背には半ばぼろきれのような闇色のマントをたなびかせている。
騎士というからには騎乗しているのだが、乗っているのは馬ではなく巨大な黒い狼だ。
頭がないから当然かもしれないが、生きた人間の雰囲気じゃない。
「デュラハン……か!?」
首無しの死霊騎士といえば、すぐに思いつくのはデュラハンだ。
前世では空想上の存在だったが、この世界には本当にいると聞いている。
無念を抱えて死んだ騎士が怨霊となってこの世に留まったものだ――と。
デュラハンは速度を落としてハイルークに並ぶと、
「うわっ、こいつ、荷物を狙ってるのか!?」
今度は俺ではなく、荷台の荷物に向かってランスを繰り出す。
「させませんっ!」
リーシュカが人車一体のドライビングテクニックでランスをかわす。
おかげで荷物は守れたが、ランスはギャリギャリとハイルークの外装を削っていく。
新品のクルマに傷が! と悲鳴を上げそうになったが、女神様の説明では午前零時に状態がリセットされるんだったな。
デュラハンはいくどか荷物を狙ってみせると、ランスの穂先を道の先に向かって掲げてみせた。
デュラハンは騎乗している狼の腹を拍車つきのグリーブで蹴りつける。
狼が速度を上げ、ハイルークの前に飛び出した。
デュラハンはこちらを煽るように蛇行しながら、ランスを繰り返し前に掲げる。
……なんとなくだが、こいつの言いたいことはわかるな。
「自分と競走しろ……と言いたいのか?」
まさか、深夜の街道で首無しの亡霊騎士にレースを挑まれるとはな。
「そういえば、聞いたことがあります。夜のエノラ街道を急いでいると亡霊騎士に競走を挑まれる、と。すみません、てっきりただの怪談だと思ってました」
「そりゃ誰だってそう思うよ……」
「どうします?」
「競走に乗らないなら荷物を傷つけるぞと脅してるんだろうね」
「じゃあ、競走ですか?」
なぜか目を輝かせてリーシュカが言う。
「いや、馬鹿正直に乗ってあげる必要はないよ。僕の魔法で片付けて――」
「ダメですよ!」
「どうして?」
「狼さんが苦しそうじゃありませんか?」
言われて、俺はフロントライトに照らされたデュラハンの足元を見つめ直す。
言われてみれば、デュラハンに騎乗されてる狼は苦しそうだ。
よく見てみると、騎士の本体はライトに照らされても影ができないんだが、狼のほうには影がある。
「デュラハンの身体の一部じゃないってこと?」
「上に乗ってる人に取り込まれたんじゃないでしょうか?」
「たしかに、デュラハンといえば馬だよね。ウルフライダーのデュラハンがいるなんて聞いたことがない」
デュラハンが繰り返しランスの穂先で示しているのは、おそらくこの街道の末端、峠の入口あたりだろう。
道はここから緩やかな上りになっていて、同時に大きく曲がりくねっている。
今は暗くて何も見えないが、夕方に宿営地から峠の入口までは見えていた。
デュラハンはなんらかの未練があって地上に留まり、通りがかった馬車にレースを挑んでいるのだろうか?
もしレースに負けたら成仏する……というような。
成仏すれば、使役されているらしいあの狼も解放されることになる……のだろう。この世界で成仏という言葉が適切かどうかは知らないけどな。
「リーシュカ。自信のほどは?」
「任せてください! このクルマと一緒なら絶対負けたりしません!」
ぐっと拳を握って、リーシュカがそう請けあった。
そういうことなら、いいだろう。
「僕のハイルークと競走しようって? おもしろい。受けて立とうじゃないか!」




