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短編小説どもの眠り場

帰るべき場所へ

作者: 那須茄子

 教室の隅っこにいると、世界が少しだけ静かになる。誰も私に話しかけないし、誰も私を見ない。窓の外の木の枝が風に揺れているのを眺めながら、私は今日も、誰にも気づかれないように息をしていた。


 そんな私に、『ひかりのひと』は話しかけてくれた。




「ねえ、今日の数学、むずかしくなかった?」


 私は驚いて、彼女の顔を見た。髪を結んだリボンが揺れていて、目がきらきらしていた。私は何も言えなくて、ただ首を小さく振った。


「そっか、私もぜんぜんわかんなかった! 先生、説明早すぎだよね!」


 彼女は笑って、私の隣の席に座った。それが私の心音が大きく揺れる始まりだった。



 毎日、彼女は私に話しかけてきた。給食の時間も、掃除の時間も、帰り道も。私は最初、戸惑っていた。どうして私なんかに? どうして、こんなにまぶしい人が、私に笑いかけるの?

 でも彼女の声はやさしくて、あたたかくて、少しずつ私の中に染み込んでいく。あれだけ一人でいることに拘っていた私は、いつの間にか居なくなろうとしている。そのことに気付いたとき、私は机の引き出しにしまっている五分早い腕時計を思い出した。





 彼女の名前は、陽菜ひなちゃん。


 陽菜ちゃんは、誰にでも優しくて、誰とでも仲良くて、でもなぜか、私にだけ特別に話しかけてくれるような気がした。そんな気がしてしまうくらい、陽菜ちゃんの言葉は私の心に届く。

 気づけば、陽菜ちゃんのことばかり考えていた。


 陽菜ちゃんが笑うと、私も嬉しくなる。陽菜ちゃんが悲しそうな顔をすると、胸が痛くなる。陽菜ちゃんが誰かと楽しそうに話していると、少しだけ腹が立つ。

 それが、好きという気持ちだと気づいたのは、ある放課後だった。


 陽菜ちゃんが、窓辺でぽつりとこう呟いた。


「私ね、隣のクラスの藤井くんが好きなんだ」


 え?っと思った。陽菜ちゃんには好きな人なんか居ないと、信じていた。

 私は、何も言えなかった。陽菜ちゃんは、照れくさそうに笑っていた。


「かっこいいよね、藤井くん。背が高くて、やさしくて」


 私は、うなずいた。うなずくしかなかった。




 その夜、私は布団の中で泣いた。声を出さずに、枕を濡らした。どうして泣いているのか、わかっていた。陽菜ちゃんが好きな人が、私じゃないから。陽菜ちゃんが好きなのが、男の子だから。


 私は、女の子。


 それは、いけないことなんだと思った。異常なんだと。誰にも言えない。誰にも知られたくない。この気持ちは、間違っている。

 どうやら、私は私が嫌いで、どうしようもなく可愛がる癖があるみたいだ。本当に情けない。




 次の日から、私は陽菜ちゃんを避けることにした。


 話しかけられても、目を合わせなかった。笑いかけられても、うつむいた。一緒に帰ろうと言われても、「用事がある」と嘘をついた。

 その度に陽菜ちゃんは、少し困った顔をしていた。私も辛かった。


 私は、また教室の隅っこに戻る。世界は静かになる。誰も私に話しかけないし、誰も私を見ない。それは、元の場所。

 多分私はひかりを浴びすぎたのだ。日陰をずっと歩いてきた分、ひかりがどのぐらいの明るさで私を照らすのか想像出来なかった。


 私は、陽菜ちゃんが好き。

 その気持ちは、確かにここにある。でも、それを認めることが怖かった。誰かに知られることが怖かった。


 陽菜ちゃんに知られることが、一番怖い。


 だから、私は蓋をした。

 心の奥に、そっと。

 あの引き出しの奥にしまった。



 

















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一人を願って水たまりに映る

ぼやけた私を一息かけて

霞ませる


世界は嘘ばかり歌って

肝心なところはいつだって大人が

内に秘めている

それならもう早く大人になりたい


一人でいることに慣れすぎて

掛けられた声も痛みに変わる

それでも 

私を見つけてくれた陽の光は

私を無条件にやさしく撫でていく


好きになってはいけないと

誰かが決めたルールに

私の心は 

そっと逆らった

でも声にはできなかった


引き出しの奥にしまった想いは

時計の針よりも 

静かに進む

「好き」は 

言葉じゃなく

まぶたの裏で何度も揺れる


大人になればこの気持ちも

正しくなるのかな

それとももっと

見えなくなってしまうのかな


ふと気が緩んでしまえば

目元から滴る

まるで菜の花のようなあの人が

いつもでも頭の中で回る


私が帰るべき場所は

あの空っぽの鳴き止んだ鳥かごであるはずだ


その中で

風に揺れる枝をただ見ていればいい

そしてきっと

あの陽の光に目を細めて

私はまた一人を願うのだ

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