第9話
私は小さなカフェを出る。
そのまま駅に向かった。
街は学生と思しき若者たちが、お互いに楽しそうにおしゃべりをしながら歩いている。彼らの間を私は一人黙って歩き続ける。街は私一人を取り残して明るい未来に進んでいるのに、私はまだ「あの日」に立ち止まったままだ。
私は駅で切符を買い、電車を乗り継いで郊外の駅に向かう。
その郊外の駅のことについては先日の真里の電話で聞いていた。
平日の午後の駅はひどく閑散としていた。
駅舎を出ると、春の穏やかな日差しが私の体を包みこんだ。
駅前に小さな花屋を見つけ、私は店内に入る。どこか暇そうにしていた中年の女性店員が、「いらっしゃいませ」と私に言葉をかけた。狭い店内をしばらく回り、どの花を買うか考える。まるで私に「買って」と訴えているかのように店先に置かれていた黄色とオレンジ色のユリを買った。
花屋を出ると、スマホの地図アプリを開き、目的の場所を確認しながらゆっくりと歩き出す。午後の日差しに包まれた街は、悲しいくらい平和だった。
十五分ほど歩いていると、右手に「M霊園」と書かれた看板が見えてきた。目的の場所だった。私は立ち止まり、その敷地の中に視線を移す。多くの墓石が辛抱強く黙ったまま、そこに佇んでいる。
「ここだ……」
私は誰にともなく呟いてから、霊園の中に入った。
目的の墓石はすぐに見つかった。「高橋家之墓」と刻み込まれている。私はしばらくその墓石の前に立って、その四角い石を見つめていた。その下に美咲が今も眠り続けているということだけで、ただの石のはずなのに、それは私にとって重要な意味を持つ石であるかのように思える。それが美咲自身であるかのように感じる。
「久しぶり……」
私は石に向かって、語りかける。
「ごめんね、あのとき、何も言えなくて……」
どこか遠くで子供の声が聞こえた。
小学校が近くにあるのかもしれない。
私は石の前でしゃがみ込み、黄色とオレンジ色のユリの花束を墓石の横の花置きに飾る。灰色の墓石と灰色の砂利しかない殺風景な空間に、黄色とオレンジ色の鮮やかな色が揺れていた。




