第8話
小さなカフェの小さなテーブル。
そこに一人座る私。
もう私の目の前の席に、美咲はいなかった。
私は窓の外の街の喧騒を眺めながら、「あの日」のことを思い出していた。
あの日、美咲の「実は……」という言葉によってもたらされた、私と美咲との間の沈黙と静寂。その静寂の中で、私たちは佇んでいた。この世界にはもう言葉というものが存在しなくなってしまったかのように、私も美咲も相手にかける言葉を見つけることができなかった。
どれくらいの時間が流れたのだろうか。
テーブルの上のコーヒーはすっかり冷めていた。
熱かったコーヒーが冷めるまでの時間だったので、それほど長い時間ではなかったのかもしれない。
「もう、行くね」
美咲は呟いた。
私は「うん」と答えることしかできなかった。
お金を出しあって、会計をする。そして私と美咲は、その小さなカフェを出た。
店の前で美咲は立ち止まった。
「ねえ、由貴。私ね……」
だけど、その先の言葉は、街の喧騒の中に消えていった。
「なに?」
私は美咲に尋ねる。美咲は店の中で見せた泣き顔のような笑顔を浮かべて、首を横に振る。
「また、由貴とここで出会いたいなって思った」
美咲が本当に言いたかったことは、この言葉とは違っていたのかもしれない。だけど私はその裏の言葉には気づかなかった。いや、気づかないふりをした。そして、「うん……そうだね」と美咲に言葉をかけて、私と美咲はその店の前で別れた。
今、一人だけのテーブルに座って窓の外を見ている私の目には、あの日の美咲の寂しそうな背中が見えていた。




