第2話
そのカフェは、どこにでもあるような個人経営の小さなカフェだった。だけど私と美咲にとっては、どこにも存在しないかけがえのない場所だった。いつからそのような場所になったのだろう。今となっては思い出せない。
ただ、きっと、「あの日」だったのだと思う。
私は、その店の前に一人立っていた。
あの時のように。だけど、あの時とは違って、私の隣にはもう美咲はいなかった。
ゴールデンウィークの最中の下北沢の街は、多くの若者が歩いていた。だけど、小さなカフェの入口に一人立つ私の姿なんて、誰一人気にすることもなかった。私が幽霊であるかのように、私の背後を多くの人たちが歩き去っていく。
私は静かにドアを開けた。
ドアを開けると、見慣れた初老のマスターが「いらっしゃいませ」と声をかけてくれた。だけどマスター一人が切り盛りしているその店では、誰も客を座席には案内しない。入ってきた客が、自分で空いている席に座る。昔からそのようなスタイルだった。
私は一番奥の席が空いているのを見つけ、その席に向けてゆっくりと歩いていった。
私が美咲と初めてこの店に入ったときも、その席に座った。
初めてだったからまだその店のスタイルなんて全く知らなくて、私たちが店のドアのすぐ近くで立ち尽くしていると、マスターがぶっきらぼうに、「どこでも空いている席に座っていいよ」と言った。店の中には一組の客しかいなかった。そして一番奥の席が、私たちのために用意されているかのように空いていた。私と美咲はお互いに言葉を交わすことなく、その席に向かって歩いた。まるでその席に座ることが運命で決められているかのように、私にも、美咲にも迷いなんてなかった。
私は一番奥の席に一人座り、その時のことを思い出す。
席の横にある窓の外では、多くの人々が何かに急き立てられるかのように早足で歩いていた。この窓の外の世界は連休の喧騒で包まれているのに、この奥の席に一人座る私の心の中には、何一つ音は存在しなかった。
私は右手を小さく上げ、「注文いいですか?」とマスターに声を掛ける。カウンターに立っていたマスターは無言のまま席に近づいてきた。私は「レギュラーコーヒーを一つ、お願いします」と彼に伝える。マスターは小さく頷いてすぐにその席から立ち去っていった。




