第10話
不意に、風が吹く。
その風が私の髪を微かに揺らす。
先ほどまで聞こえていた子供の声は、もうどこからも聞こえなかった。平和で静寂に満ちた世界がどこまでも広がっていた。私と美咲は、その静寂の中に佇んでいた。あの日と同じように。
その瞬間、私は、二人の間に訪れたあの日の静寂の意味が分かった気がした。
あの日、美咲がもたらした沈黙は、絶望でなく「願い」だったのではないのか。
美咲はあの静寂の中に、生きる希望を見出そうとしていたのではないのか。言葉ではなく、その静寂の中にこそ意味があったのではないのか。
私はそんな美咲に、希望を与えることはできたのだろうか。
「美咲は、その希望を見つけ出すことができたの?」
目の前の美咲に向かって呟く。
返事は返ってこない。依然として、そこには静寂しか存在しなかった。
私は目の前の四角い石を見つめながら、先日の電話で真里から聞いた話を思い出していた。
「美咲ね、最後にあのカフェに行ってたみたいよ。由貴のこと、ずっと気にしていたって」
電話で、真里は囁くように言った。
私はポケットからスマホを取り出す。そして美咲とのトーク画面を開く。そこには、美咲から最後に届いた、「今日は楽しかったね。また、今度、会おうね」という文字がさみしく浮かんでいる。
私の指は、文字を打ち込んでいく。
「もう一度、美咲に会いたいよ」
あの日、私が美咲に伝えることができなかった言葉だ。
私は送信ボタンを押す。
もう誰にも届かないメッセージ。
だけど静寂の中で私は、いつかこの言葉が誰かに届くことを祈っていた。
(了)




