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たぶん、悪役令嬢!

作者: 橘 真緒



「きゃああああ!!」



屋敷に響き渡る高い声。慌てて走って扉を開ければ、鏡の前で驚愕するお嬢様。そとに繋がる窓をみても机の上のカップをみても、浴室に繋がるドアやクローゼットのドアを見ても異常はない。


うん、なんもないな。


同じく集まった使用人たちに、問題ないことを目配せすれば、皆一同に仕事に戻った。


「どうされました、お嬢様」

「大変よ!大変なの!どうしましょう!!」


信じられないの!と叫びながら振り返るお嬢様のそばに近寄れば、頬が赤く興奮している。たぶんどうでもいいことに気付いたんだろうな、また。



「わたくし、こんなにかわいくていいのかしら!かわいくて実家の爵位が高くて、裕福で、成績も悪くないの!ねぇ、アルタ、どうしましょう!!わたくし、たぶん悪役令嬢だわ!!!」

「あくや…く、令嬢…?」

「ヒロインを苛める令嬢のことよ!大体ヒロインが貧乏だったり庶民だったりするのに対して、悪役令嬢はこう、強いの!」

「強い……物理的に、ですか?」

「爵位!美貌!才能よ!」

「……とりあえず、世の中の女性を沢山敵に回そうとしてることだけはわかりました」


お嬢様いわく、頑張る健気ヒロイン!に意地悪をするライバル令嬢のことを、悪役令嬢というらしい。いっそ性悪令嬢でよいのでは。なぜ「役」とつけるんだろう。爵位も美貌も才能もあった上で意地悪をするならただの性悪では?


…とまぁそれはおいておいて。


「確かにお嬢様は王家の血も遡ればわずかに引いてるかもしれない血筋のご令嬢で、見目もまぁそれなりに整っていて、才能……は、わかりませんがテストの成績はよいですものね」

「あなた、馬鹿にしてない?」


ジト目で見てくるお嬢様の手を引いて椅子に座らせ、カップに紅茶を注いでいく。どうでもよいことに付き合ってる余裕はないのだ、こちらは。あと1時間以内には学園に向かう馬車に乗っていただかねばならない。お嬢様にはそれまでに、身支度を整えてもらわねば。


「まぁとにかくよ。わたくしはこんなに悪役令嬢の素質があるんですもの。気を付けなければならないわ!」

「ミオリさんのことですか?」

「そうよ!先月まで庶民だったけれど、今月から伯爵令嬢として通うらしいの。ね、今にも物語が始まりそうじゃない?」

「絶妙に家格として関わりそうな位置ですしねぇ」

「しかも、同じクラスらしいのよ……」


ため息をつくお嬢様の髪型をお気に入りの巻き髪へと整えていく。途中、「ドリルはだめよ、ドリルは!」と訳のわからないことを言っていたので、普段よりかなり緩めに巻いていけば、満足そうに頷いた。


「ねぇ、アルタ、どうしたらよいと思う?」

「親切にするか関わらないかの2択でしょうねぇ」

「親切にしても、周りから変な風にみられて悪役にされたらいけないし、関わらなくても物語の強制力とかあるかもなのよ!」


ああ大変、どうしましょう!!とお嬢様は騒ぐけれど、正直その悪役令嬢?になることはないと思う。


由緒正しいお嬢様なのは代わりないが、見た目に反してポンコツだし、全然中身淑女じゃない。ちゃんと関われば悪役なんてこなせないことはすぐにわかるはずだ。


「しかも、同じ学年に殿下がいるのよ…」

「ついでにいうと婚約を打診されてますね」

「ヒロインと王子の邪魔をする悪役令嬢でしかないわっっ!!!」


もういやー!!と騒ぐお嬢様をなだめすかし、なんとか馬車に押し込んだ。学園に向かう間も、悪役だから何しても悪くとられるだの、もうどう転んでも断罪しかないだの、それはどこの物語ですか?といいたくなるくらい盛り上がっている。


念のため確認すれば、昨日の夜に「ドキッ!素敵な王子に見初められ、悪役令嬢にもまけず魔王を懐柔します!~平民少女の逆転劇~」という本を読んだらしい。


なんだその変なタイトルは。長すぎないか?というか、ふざけすぎていないか?


とにもかくにも、このふざけたタイトルの本がお嬢様をおかしくした原因なのはわかった。おそらくあのメイドあたりか…と予想を付けつけていると学園に着く。


「お嬢様、つきましたよ」

「え、もう!?…そう、わたくしが断罪されたら骨は拾って頂戴ね」

「ふざけたこといってないで、降りてくださいね」


先に降りて手を差し出せば、先ほどまでの頓珍漢はどこへやら、淑女の顔で降りてくる。…本当にいつもそうしていてくれれば、間違いなく高位貴族なのだけれども。


心のなかでため息をつきながら、馬車を降りたお嬢様から手を離せば、他家のお嬢様方から挨拶される。優雅に返されている姿を見ていれば、何やら足音。振り返った先には滅多にいないピンクブロンドの少女が走ってきた。


「あわあわわ、間に合った~!」


あ、嫌な予感。


その少女は足元にあった石に蹴躓いたらしく、その手から学校指定の鞄が放り出される。きれいな放物線を描いたそれはおそらく今着いたであろう王家の馬車にぶつかりーーー


「うぎゃ」


お嬢様のいた方向とは全く反対の場所に落ちていった。が。


「…大丈夫ですか、お嬢さま」


全く関係のないはずのお嬢さまは驚きすぎたのか、自分の足を自分で踏んでしまったらしい。顔面から地面にダイブである。どうしたらそうなったのか教えてほしい。頑張って今笑いをこらえているから。



「うっ…こんなところで悪役令嬢スキルがいかされるなんて…!!」

「どっちかっていうとドジっ子スキルですけどね、それ。どうしても悪役令嬢から離れないんですね」

「くう…悔しいわ、わたくしとしたことが、更なる高みに上ってしまったなんて…さすがわたくし、ちょっとこわすぎるわ」

「ええ、お嬢さまの思考は本当に恐ろしいですねえ」


お嬢さまを立ち上がらせ、砂ぼこりを払って差し上げれば、幼馴染み兼お嬢さまを断罪予定の殿下が走ってやってくる。その顔には心配というよりも、なんかまた面白そうなことになっているな!?という野次馬意識の方が強そうに見える。


その向こうでは、鞄を投げてしまったピンクブロンドの少女が殿下の護衛に鞄を渡されながら、教師に説教されている。なにもなかったからいいけれど、ちょっとした暗殺未遂事件につながったら学園も護衛も困るからだろうな。反省文だ!なんて声も聞こえてきた。


「ちょっと、ケイティ、大丈夫?どう考えても意味のわからないところで転んでいたけれど…」

「ご機嫌麗しゅうございますね殿下!わたくしのことはほうっておいてちょうだい!あ、いや、わたくしを断罪するのはやめてほしいのだけれど…」

「え、なに?ねえ今日はどうしたの?」

「……僭越ながら申し上げますと、お嬢さまはその美貌、知性、爵位から女生徒を苛める悪役令嬢になる、だそうですよ」

「ケイティが?え?なに?天然ドジっ子に勉強とマナーと爵位があるだけのようなケイティが?」


お嬢さまを的確に表現…もとい、しっかりと貶してくださった殿下は大笑いしながらお腹をおさえている。その様子にお嬢さまが表情筋を動かさず目付きだけで不服を申し立てている。


まあ、殿下の言うように、お嬢さまが悪役だなんて、しっかりとしたポジションに当てはまるのは無理だろう。彼女はいつだって、意味不明で、つっぱしる、そう、例えるならーーー猪のような令嬢なのだから。





***



あれから、数年の月日がすぎた。


お嬢さまは平民出身の女性ととは関わらなかったし、殿下も当然かかわらなかった。彼女はそれなりにひたむきに努力を重ね、とある伯爵令嬢の庇護のもと過ごし、卒業後は彼女のもとで働くことになったという。


所詮、物語は物語だ。


王族や高位貴族も通う学園で、いくら平等かつ学力別クラスで同じになったとはいえ、そこには埋めることのできない隔たりがある。少女はそこをわきまえていたし、いくらお嬢さまとはいえ自ら進んで越えてはいかなかっただけのこと。


だからといって、物語のようにお嬢さまが殿下の恋人になったということも当然ない。


あくまで鑑賞するのに面白い逸材ーーーそう殿下に位置付けられたお嬢さまは、今日も元気にお屋敷で過ごされている。



「きゃあああああ」


いつものようになにも以上がないことを確認して集まったメイドや護衛を下げれば、興奮気味のお嬢さまがこちらにむかって飛び込んでくる。



「……どうしました、ケイティ」

「ど、ど、どうしようかしら!気付いてしまったの!!わたくし、わたくし、もしかしてもしかするとなんだけど…」

「どうしたんです」

「…ねえ、あの、もしかしてなんだけど、わたくしって美しいじゃない?それに領主の娘だし。ちゃんと領主の仕事だって出来るわ?」

「ええ、そうですねえ」

「これって、これってだけど……溺愛ルートにはいっていないかしら!!!!どうしましょう、どうしましょう!!え、まさかあなたに限って溺愛なんて……ねえ、ないわ、よね??」


今度は何を読んだのやら。がくがく揺さぶるお嬢さまが、赤みがかった顔でこちらを見上げてくる。何を今さらいっているのやら。


「溺愛しておりますよ、それこそ、出会ったときからね」

「え」

「じゃなきゃ、ここまで献身的にケイティの暴走にお付き合い出来ないでしょ」

「あ、あなたって、そんな性格してたっ、け…?」

「もう婚約者ですからねぇ、我慢はいりません、よね」



プルプル震えるお嬢さまをしっかり腕で抱きしめて耳元で囁くと、びくりと身体を震わせている。


そう、あの頃と違うことがあるとすれば、先日お嬢さまの婚約者になったことくらいか。二人の関係性に未だ慣れないお嬢さまは、時折うぶに震えている。いつもの様子はどこにいったのか。それくらい大人しい方がありがたいような、そんな姿は自分だけに見せてほしいような。


「いつまでも、ケイティの側に」



きめ細やかな額にそっと口付ける。きっとこれから、お嬢さま、もとい、ケイティはいつだって翻弄されてくれるんだろうな、何て考えつつ。


「あ、あ、悪役令嬢すぎてわたくしの従者の性格を歪めてしまったわーーーー!!!!」


………とりあえず。


そのよくわからない設定は、そろそろ本格的になんとかしてもらおう、かな。



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