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「やはり鍛えることは、大切だな」


「こんなブスと結婚なんていやだ!」


 その日、一つのお見合いがあった。

 互いに十歳。

 ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。

 クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。

 そして互いに挨拶を交わすその場にて。


 ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。

 


 ライアンはまるで妖精のようだと美貌を讃えられた母親に似て、プラチナブロンドにトパーズのような透明感あるオレンジ色の瞳の美少年であった。

 ふんわりとした髪を肩口で切りそろえていて、また都の流行りであり母の見立てだというふわふわとしたフリルたっぷりのシャツを着て……美少年というより、母親似の美少女と言われてもしっくりくる。ヤロール伯爵夫人はむしろそう息子が褒められることを喜びにしていた。つまりは元である自分をも讃えられているわけだから。

 そんな息子を溺愛していた母親は、ライアンが言い放った言葉に「あら、この子ったら」と、ホホホと口元に手をあて笑っていた。叱りもしないで。

 それは婿入りする息子に彼女がそう(・・)入れ知恵したからでもあり。


 はじめが肝心。

 自分が優位に。

 自分のように可愛く美しい人間が、婿になってやることを感謝し、崇めさせねば。


 しかし……――。


「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」


 ――?


 何を言われたのだろうと、ライアンはポカンと口をあけた。

 今までずっと「かわいい」「美しい」「女の子みたい」「将来が楽しみ」といった賛辞しか聞いたことがなかった少年には、脳が処理するまで時間がかかったのだ。


 生っ白い?

 か弱そう?

 女みたいな……屑?


「く、屑?」

「屑だろう? 初対面で挨拶もできないでひとを馬鹿にするようなやつは?」


 そう、リューゼットはきちんと「クラレンス辺境伯家のリューゼットと申します」と述べたのだ。

 その返事が「こんなブス」だった。


 ――屑だな。


 リューゼットがあっさりと三倍返ししたことにショックを受けて、わなわなと震えているライアン。


 リューゼットは癖があるせいで炎が燃えているような見事な赤毛に、また深い黒の瞳をした少女だった。

 鼻の頭と頬にうっすらとそばかすがあるが、この年頃の子には逆に愛らしいくらいであろう。よく日に焼け、健康であるという証しだ。

 しかしライアンよりもスッキリとしたシャツに、サイドに刺繍はあるがすっきりとした黒地のスボンといい、彼女の方が――凛々しかった。

 見合いの場にドレスじゃないなんて……と、ヤロール夫人はそのことにも気分を害していて。

 それは今は侍従に預けた上着を彼女が着れば、それはきちんと仕立てられた辺境伯家の騎士服であると解っただろう。リューゼットは決して、礼儀に反してはいなかった。


 辺境伯家において、跡取りである彼女はすでに――齢十歳にして、騎士の資格を持っていたのだ。

 騎士の資格は筆記試験と騎馬の腕前、そしてハンデはつけてもらえるが現役の騎士を相手にし、何人勝ち抜けるかという――それをこの幼さで。


 その空気を感じていたリューゼットはそうそうに肩をすくめて、付き添いであった叔父のカインにあっさりと帰宅しようと話していた。


「まったく、ヤロール家の息子が見合いをしたいからと言うからわざわざ出向いてみれば、次男ではなかったとは……」

「はい……次男で……?」


 リューゼットの叔父は王都の騎士団で副団長をしている。この度の姪への見合い話を彼が仲立ちしたのは、ヤロール家から持ち出された話を――相手を勘違いしたからだ。

 てっきり次男が相手だと思っていたから、兄に連絡して、姪を王都に呼んだのだ。

 辺境住まいの、姪を。わざわざ。

 そのことに驚いていたのは、ライアンの母で、次男であるジョージの母でもある、イザベルだった。


「な、何故ジョージが……」


 ヤロール家には三人の息子がいた。

 長男のヴィンセントは碧眼な夫に似ているし、大事な跡取りだ。瞳は自分の色目を受け継いでいなくて残念だったが、プラチナブロンドだし、夫の顔立ちはイザベルのお眼鏡にかなう美形であったのが。

 三男のライアンは何もかもが自分に似ていて可愛く、誰にも好かれて……年の離れた末っ子だから、余計に愛しく。本当は女の子だったらとは、少しだけ思ったけれど、これだけ美しいなら……。


 そして次男。

 ぱっとしない茶色の髪に茶色の瞳の。夫の祖父の若いころに似ているらしいが……本当にぱっとしない。義両親が父親似と喜んでいたのも馬鹿らしい。

 せめて顔立ちくらい良ければ……いや、せめて女の子であれば可愛がったものを。男は長男がいたのだから。

 次男は確かもう学園に入学して……そうだ、騎士学校に入学したとか。長男の息子が寮を手配したとか言っていたが、ライアンに新しい服を作るのが大事で聞いていなかった。

 ……長男が「こんな毒親からはさっさと離れたほうが良い。お前だけでも」と、すでにあきらめた眼をして弟の肩を叩いていたのも彼女らは知らなかった。


 跡取りとして大事にはされていたヴィンセントは、幼い頃よりずいぶんとできた少年だった。そう、まだ彼も少年と呼ばれる時期から、見た目に差をつける母に。そんな母に惚れているから言いなりの父に。

 大事な弟を蔑ろにする両親に。

 ヴィンセントは既に両親を見限っているのは察するにあまりあり。彼は自分が成人したら両親は領地に押し込む予定であると、祖父と相談しているらしいが――それはまだ先のお話し。


 そんな存在すら忘れていた次男を、何故いま?

 イザベルの様子に、カインは「本当に知らないのか?」と、逆に驚いてしまった。


「ジョージ君は騎士学校の首席ですからな」


 騎士団にて副団長をしていた叔父は、当然騎士学校からあがってくる話を聞いていて。


 十五歳のジョージは、その世代の学年の首席であった。


 実家の辺境伯家の兄には娘がひとり。

 当然彼女が跡取りだし、ならば良い婿が必要だと、カインは兄が悩んでいることを上司である騎士団長に話したりしていて。

 そうした話しがどこからか漏れたのか、ヤロール家から見合いが持ちこまれたのだ。

 ジョージは十五歳だが、五歳差など貴族には珍しい話ではない。むしろ近い方。そして学校での優等生の評価。

 良いかもしれないと、兄も頷いて。

 まだ学生で忙しいであろうジョージに辺境にまできてもらうのは大変だろう。

 ならば久しぶりに叔父にも会いたいし、王都のレベル(・・・・・・)も見てみたい……と、リューゼットが出向いてくることになり。


 そして勘違いに。

 ヤロール家は辺境伯家に婿入りできると喜んで。何せ領地も小さなヤロール家には、余っている爵位もなく。長男は跡取りだけど、可愛いライアンにも貴族に婿入りさせたい。伯爵家よりも高位ならなおさら良い。ヤロール家は妻の実家が太いくらいしか今や自慢できるものはなくて。

 

 そしてヤロール伯爵、ライアンの父は、宮廷で辺境伯家が婿を探していると聞いてしまい。


 妻の実家は力があるし、その妻に似て美形の息子ならば喜んで婿に欲しがられる――と、クラレンス家からの好意的な返事にほくほくしていたのだが。


 すっかりと、次男の存在を忘れていて。


 ちなみに……実は、ヤロール伯爵自身もこの場にはいる。影は薄いが、とんでもないことを言った息子を「おやおや」と、止めなかった一人だ。

 けれども今、自分の勘違いに――すっかりと次男を忘れていたことに、青い顔をしていた。

 見合いの了承は、次男であったからだと。彼もようやく。

 そして次男が首席だという栄誉を得ていることに――はっと、目の曇りがとれた。

 他人にそのことを教えられるだなんて。実の息子だというのに。

 

 そんな彼は、可愛がっている末っ子を甘やかしてしまったことにも、ようやく気がつくことになった。

 

「こ、この……女のくせに生意気だ!」

 存在すら忘れてた次男と比べられて、馬鹿にされていることにライアンは気がついてしまった。

 やがて彼はしてはいけないことをしてしまった。両親がさすがにそれは駄目だと止める間もなく――意外と素早く――リューゼットを殴ろうと、その襟を掴み――。


「ほう、良い動きだ――だが!」


 頭に血が登ったとしてもしてはいけないことはある。

 だから、それは、当然の罰。


 ――次の瞬間、ライアンは宙を飛んだ。


 カウンターで殴り返されたのだと、その時の彼にはわからなかった。


 ただ。


 ――空が、青いのに、星が瞬いていた。




 ―――




「うふふふ……」

 学園にひとりの新入生が。

 彼女こそ「薔薇の乙女と騎士の国」にて主人公になるロージーだ。

 彼女は実は、転生者だ。

 生前は病弱で、病院の看護士さんたちだけが知り合いという悲しい人生だったが。

 親がせめての気晴らしにと買ってくれたゲームだけがお友達という、さらに悲しい人生でもあった。


 そんな彼女が若くして、早くに亡くなったのは憐れもあろう。


 神の慈悲か。

 彼女は生まれ変わった。

 今生は走ってもかんたんに息切れもしなければ、倒れもしない。

 健康な身体で。

 そして大好きだったゲームの世界に!


「これ、きっと「薔薇騎士(ばらきし)」の世界よ……」



 薔薇騎士。

 薔薇の乙女と騎士の国の略である。

 騎士の国はそのまま、この国の貴族の男子は基本的に騎士になることを前提に育てられる。

 戦争があれば、領地を守るために先頭に立って指揮をするためだ。

 馬に乗れない男子は、まずその時点で跡取りからも外されてしまうほど。

 学園にて領地経営の他に、領地防衛などのことも学ぶのだ。


 他に貴族だけでなく、平民も通えて騎士になることを重点的にした学校もある。

 彼らはより厳しい訓練や実地を。

 実のところ、学園出身より騎士学校出身者の方が、騎士としては位が高くなる。

 例え平民であろうとも。

 例え、家を継げぬ次男三男であろうとも。


 騎士の国であるからだ。


 戦場では強いものが――偉いから。


 そちらにも実は、攻略対象がいたはずだ。けれども隠しルートや学園に通わない日、休日とかに出会いがあったはずで、難しかった。


 そして、薔薇の乙女とは。

 ロージーは淡い赤毛。見ようによっては桃色ともいえる髪に緑の瞳だ。

 そして彼女の邪魔(・・)をする攻略対象たちの婚約者たちは。

 艷やかな黒髪であったり、輝く金色であったり、鮮やかな赤毛であったり――すなわち、薔薇の花を、彼女らに当てはめているというわけだ。


 そして男爵家に産まれたロージーは、珍しい桃色の髪を。


 薄いピンクの可憐な薔薇をイメージされているわけで。



 男爵家に産まれた彼女は、やがて学園に入学することになる。

 

 そして王道の王太子はじめ、眼鏡枠の次期宰相という侯爵子息や、細マッチョ枠の騎士団長の息子。可愛い系の伯爵子息や、不思議系魔術師と……恋を。


 今のところ、順調に。

 そして学園に入学もできた。


 まずは、初めてのイベントだ。

 入学式に向かう途中で迷子になり、廊下の角を曲がるところで、王太子とぶつかり――出会いが。

 王太子は一つ歳上で、在校生は入学式には新入生とは違うルートを通っていて。

 だから、彼女は行きおいよく角を曲がって――何かにぶつかって弾き返された。


「びゃあっ!?」


 何だか弾力ある柱にぶつかったような?

 ロージーはひっくり返って混乱していた。

「あらっ、まぁ、大丈夫? 新入生さんかしら?」

 そんな彼女を優しく助け起こしてくれたのは、艷やかな黒髪に淡い青色の瞳が美しい美少女。

「あ、ありがとうございます……」

 ふと、それは「薔薇騎士」で王太子の婚約者で悪役令嬢枠の侯爵令嬢ミシェーラであるとロージーは気がついて。

 黒薔薇を当てはめられていたはずの、一番の悪役令嬢――。


 あれ、ここで王太子に抱きとめられて、それを彼女に「無礼者」と咎められるイベントだったはず?


 ならば王太子は――


「見てくれミシェーラ! 我が体幹、突然の衝撃にも揺るぎなし!」


 曲がり角でポージングしている美マッチョがいた。


 王太子ラファエルは金髪碧眼の、まさに王道ヒーロー枠に。

 しかしながら、作中では騎士の国の王様になるべく鍛えられてはいたが――ここまで筋肉質であったろうか?


 抱きとめるのではなく、はね返す?


「もう殿下。まずは謝って差し上げてくださいまし」

「はっ、そうだな。すまないレディ。私の筋肉が壁のようであったあまりに! この大胸筋は如何であっただろうか!?」

 何の感想だ!?

 内心でツッコミしたロージーは悪くない。

 侯爵令嬢もまったくもう、とため息を。

 王太子は胸を強調するポージングに移行していた。

「もう……新入生さん、もしかしたら迷子かしら? 案内するわね?」

 優しい。

「あ、はい。ありがとうございます」

 侯爵令嬢ミシェーラは悪役の筆頭のはずなのにとロージーは内心で首を傾げる。

「よろしくてよ。困ったときはお互い様だし、後輩の貴方がたはわたくしたち先輩にいつでも頼ってくださいね?」

 めっちゃ優しい。

「はっはっはっ。さすがミシェーラ。我が愛しの婚約者よ! ……おいてかないで?」

 内心で本気で首を傾げた。



 そうして始まった学園生活。

 本格的に騎士団に入りたい子息には騎士学校があるが。そちらは平民も入れるし、最短で騎士になることも。

 しかし、さすが騎士の国。

 この王立学園も、男子には基本的にそうした授業科目があり。希望すれば女子にも。

 剣盾、騎馬などは騎士学校には負けるが領地経営や歴史や地学、他国の言語やマナーなどの科目を重点的に。しっかりと学んでから騎士学校に編入される方も多い。


 ……ので。

 眼鏡枠だった宰相子息は、眼鏡枠のインテリなままに、なんか大剣を構えているし。貴方、外見からは細身剣とかの方が似合うのに。

 対峙するのは、不思議枠のはずの魔術師の少年。両手に辞書みたいなぶっとい魔術書を構えている。え、盾? もしや武器?

「今日こそその生意気な魔術防壁、突破してみせます」

「ふふふ……防壁は、本人も鍛えると、厚くなる……力こそパワー……これもまた、真理……」

 ちなみに、どちらも良い筋肉。

 まぁ、頭脳労働役や同じく魔術師が、身体を鍛えちゃいけないことはない。

 そしてその対決のその審判は、細マッチョ枠であった――現実は超絶マッチョの騎士団長の息子。


 なんで?


 ロージーは入学して数日で。

 ゲームとの違いに。

 確かにゲームは騎士を目指すというルートもあったが、もうすでに皆、出来上がってる。

 主に身体が。

「め、目眩が……」

 対決の見物の賑わいにやられてふらりとしてしまった。


「おっと、大丈夫か?」


 抱きとめてくれた――今度は抱きとめられた!

 しかも波打つ赤毛が燃える炎のような見事な美形に!

 しかも細マッチョ!

 しっかりとした腕は――比較的に細い。この学園の中では、比較的に。

 もしや隠しキャラ? 隠しキャラですか? 私の知らない追加コンテンツキャラ!?

 やっと!!?? やった!!!

 ロージーが思わず歓喜で身体を震わせる。

「医務室にお連れしましょう?」

 それを具合が悪いからだと思ったのか、燃えるような赤毛の美形はロージーを柔らかく抱き上げた。


 ……柔らかく?


「……おっぱい」

 雄っぱいではないと、悲しいかな初日にぶつかって存じ上げていて。

「おっぱい? ああ、よく間違われます。お気にならさず」

「い、いえ。私こそごめんなさい……」

 ロージーが自分を男性と勘違いしたと、あっさりと彼女は察して、そして許してくださって。

 男物が動きやすくて好きなもので、と……彼女は自分も勘違いされる格好なのが悪いと、逆に。

「君も新入生かな?」

「は、はい」

「大丈夫だ。初日に医務室は確認している」

 だから彼女は間違いなく、ロージーを医務室に連れて行ってくれた。

 抱き上げたまま。

 そんな彼女を見て、キャーキャーと黄色い悲鳴があがるのはむしろ学園では当たり前であったのか。

「あ、あの、お名前を……お礼を……」

 そしてすっかり、ロージーもぽーっとなっていた。

 もうゲームの攻略対象たちはどうだっていい。薔薇は薔薇でも、あの男装の薔薇な作品がいい。そう、革命だ!

「いや気になさらず」

 しかし名乗らないのは同じ新入生として悪いと思ったのだろう。


「クラレンス辺境伯家のリューゼットと申します」





 かつてその挨拶の後に「こんなブスと結婚なんていやだ!」と言って。

 そしてカウンターパンチを喰らったライアンは。


 その一撃により彼の目に星が――光が。


 その日より。

 自分にかけられる「かわいい」とした褒め言葉に疑問を持つようになった。


 そして長男に、まずは謝って。

 それまでの自分の甘えに、情けなさに。

 長男は吃驚した。

 そして次男も。弟から謝罪と「鍛えたいのですが、どうしたら良いでしょうか?」と、嬉しい相談をされて。

 ライアンは今までの自分に、兄達に謝ることで決別したのだ。

 兄達も見捨てかけていたことを謝った。弟はまだわずか十歳。まだまだこうして改心できる子であったことにも喜んで。

 そのうち長男が見限っていた父も何か目が覚めたようで。

 可愛がっていた末っ子に相手をしてもらえなくなった母も、何か思うことがあったのか。

 ふりふりの服が着てもらえなくなったことに――母もまた、目が覚めた。


 母は、女の子が欲しかったのだ。だから余計に男ばかりの自分の子供たちに……。

 いや、息子にそれを押し付けるのはどうしたものかと。

 彼女もようやく。反省した。

「女の子が欲しかったから、貴方に八つ当たりしていたんだわ。目が覚めたの……ごめんなさい……」

 やがて両親は次男に謝った。

 ジョージは、そんな理由だったのかと気が抜ける思い。だがもはやそんなことで怒るのも馬鹿らしい。兄のおかげで達観できるようにもなっていたし。確かに自分の容姿は残念だし。

 けれども。


 ライアンがいなかったら自分たちが着せられていた。そんなことも兄達はゾッとして気がついて。


 弟よ、ごめんな。


 そんなイザベルは、他所のお嬢さんたちに着てもらいましょうと。

 良い方向に。

 そう、ブランドを立ち上げた。

 ふりふりとしたフリルたっぷりの人形の服から事業は始まったが、世にはそうした愛好家はいてくださって。

 今ではそうした人形とお揃い、いや人形のようになれるという服として、人気にもなっている。

 子供服ブランドが特に繁盛しているとかで。人形、なるほどである。


 すべてはクラレンス辺境伯家のリューゼットのおかげで。


 ライアンはもちろん、リューゼットに何より先に謝った。


 そして――婚約者にしてもらえた。


 カウンターで殴り返した時。

 あの時、ライアンの動きがリューゼットが感心するほど良かったので。

「鍛えたらなかなかのものになるのではないか?」

 と。リューゼット自身が面白がったのだ。

 どのみち、誰かしら婿にしなければならないのなら、鍛えがいのある奴が良い。

 目覚めたライアンは、次兄のアドバイスや――リューゼットの叔父のカインにも弟子入りして。

 副団長直々の内弟子となり。

 王都で鍛えたのち、早々に騎士の資格をとり、学園入学前に辺境伯の騎士団に入団している。

 リューゼットの目利きとおり、ライアンはその実、なかなかのもの、だったのだ。


 ライアンははじめこそは自分を殴り叱ってくれたからこそ。リューゼットに惹かれていたが。

 やがて歳を重ねるごとにそばかすが薄くなったことに、リューゼットが美しくなっていくことよりも。


 辺境伯家にて采配を振るい、領地を、国を――民を守らんとする、彼女のその心にこそ、惚れた。


 騎士になって、鍛えて良かった。彼女の隣に立つことを――許されたことこそ。

「鍛えて良かった……心も、鍛えなきゃ……」


 次兄のジョージも見事、王都の騎士団に入団できて。今では兄弟仲も。事あることに、互いに連絡しあうほど。

 ヤロール家は辺境伯家にも縁があると――辺境伯家の騎士服にも華やかさは必要よ、と。ヤロール夫人により、王都でも辺境伯家がちょっと見直されるようになったのは、お互いさまで。

 そう夫人のデザインは、センスは、ふりふりだけではなかったので。

「思えば、父はふりふりしてませんでした……」

 美少女だった母に惚れられた父も、実はなかなかの美形だったので。その母が用意していた父の服は、ふりふりしてなかったと、ヴィンセントは出資してあげたときに、はっとしたり。

 

 そんなイザベルお母さま。

 実は先の王弟の娘という、やんごとない身分の方だった。実は元公爵令嬢。だからどこかぶっ飛んでたのもあり。

 ヤロール伯爵とは恋愛結婚。

 だから皆、あまり強く言えなくて。伯爵は惚れた弱み。


 そんな背景もあり。

 ライアンは……彼こそが攻略対象の「可愛い系の伯爵子息」でもあったのだった。


 そこに彼の目覚めがあり。

 いつしか可愛いを卒業していたライアンは。

 

 可愛いのが、筋肉をつけ、格好良くなっていたら。

 凛々しく美しく、そしてたくましく賢く。

 ライアンひとりですべての枠を埋めてしまうほど。


 実はやんごとなかったイザベルのおかげで、幼少期から他の彼らとも、交友があったのだ。

 悪役令嬢枠のミシェーラにも。


 ライアンが知識と筋肉をつけ、変わっていく様に。


 ――彼らも影響を受けた。


 このままでは、一番か弱かったライアンに――負ける。

 それはちょっと、こう……アレだ……。


 そしてこの国は騎士の国と呼ばれる程……下地があり。鍛えることへの。

 それが少しばかり斜め上になっていったのは誰にも予想できなくて。強制力なんてものも弾き飛ばされた。筋肉に。


 ミシェーラ嬢をはじめ彼らの婚約者たちは「まあ、鍛えるのは……心身ともに健康なのは、良いことよね……」と、皆さま遠い目をしたけど。


 彼女たちは知らない。


 そのおかげで、自分たちの婚約者が。とある男爵令嬢に浮気をすることがなく、済んだことを。


 ――そう、筋肉は裏切らないのだ! 婚約者のことも!


 


 

 本来は、幼い頃に婚約者に「ブス」と言われて傷ついた少女は。学園に入学したときに愛らしい男爵令嬢をかまう婚約者に、また傷ついて。

 失意のうちに――逆に男爵令嬢を……。


 ――そのはずだった、赤薔薇担当のリューゼットは。


「リューゼットさまぁ、今日も素敵ですぅ……あの、タオルをどうぞ!」

 その男爵令嬢のロージーに鍛錬を応援されていた。

「ロージー嬢! 私の婚約者へのタオルは、私が!」

 そんなロージーを牽制するのが、かつては生っ白くか弱そうで――屑だった、ライアンだ!


「ふふん、私のタオルは我が母が材料から厳選したブランドもの……このふわふわに勝てるか!?」

「うぐぐ、親の威光に頼りやがりまして……私のはリューゼット様へ一針ごとに愛込めた! お名前の刺繍いりです! 幸運の四つ葉の刺繍もつけて!」

「ぐっ……ところで手先、すごく器用なんですね? お見事です」

「……昔、ベッドから出られないのがありまして、こうした作業が得意で……そのタオル、材質(もの)いいですよね。この縁に、こう、辺境伯家の家紋を入れたら……」

「グッドっ!」

「おまかせを!」


 何やら熱く握手している。喧嘩しているより良いが。

 ところでタオルは?

 リューゼットは結局、自前のタオルを使いつつ。こんなこともあろうと考える前に、鍛錬にタオル持参は当たり前で。

「すまないなぁ、リューゼット嬢……騎士学校はまだ男子しか入学が許可できなくて。頭の固い爺どもが……」

 鍛錬場で仲良くなった王太子は、すでに学園で学ぶ程度は終わっているリューゼットに謝るばかり。

 彼女はすでに騎士の資格は持っている。本来なら騎士学校も必要ないのだが。

 騎士学校は男子校でもあり。いまだ女人禁制。騎士を目指す女性にはまだまだ厳しい世界。

「私が王位を継いだら、その時には……!」

「はい、楽しみにしております。殿下」

 国の防壁である辺境伯家と王家が仲が良いにこしたことはない。

 それにこの王太子ならば、良い治世をするだろうと、期待もしている。


「……もう、あんなことには」


 リューゼットの脳裏に浮かぶ、焼き払われた田畑。家――人々。


 リューゼットも、転生をしていた。

 しかし彼女の記憶にあるのは、壮絶な景色と――死だ。


 神が慈悲により生まれ変わりをさせたというのならば。


 かつて。

 世は戦国の。

 リューゼットは地方の、歴史に名も無く消えた小さな領地の姫だった。

 小さかったからこそ。

 大きな武家同士の争いに巻き込まれたときに、なすすべもなく。

 小さなに領地だからこそ、互いに敵に組みされては厄介と思われたか。


 ――領地は攻められ、焼き払われた。


 野盗などとは話が違う。規模が違う。

 自ら弓を、槍をもって戦った姫は――領地と運命をともにした。

 落ち延びさせたまだ幼かった弟妹はどうなっただろうか。

 それもわからないほど、歴史に埋もれて……――。


「もう、無くさない」


 辺境伯家は防壁の要。

 国を狙う他国や魔獣が相手。

「あの時、この魔術……大筒があれば……」

 習う魔術や、武器の数々。

 何より、鍛えられた騎士たち。


 戦う力。


 リューゼットは、辺境伯家で目覚めてから。記憶を取り戻してから……気弱だった自分を鍛えることにした。

 本当は怖くてたまらなかった、生まれ変わる前も。

 弱い自分が――何よりも怖くて。


 でも。

「……今度こそ、守る」

 領地も。国も。大切な者たちも。

 

 だから、鍛えたのだ。

 悪口を言われても負けないように、心こそを。


「もう二度と、失うまい……」


 心を鍛え、身体を鍛え――そうして彼女がおこした小さな羽ばたき、小さな一雫が――。


「やはり鍛えることは、大切だな」


 ――国を、大事な人たちを、守っていくのだった。



 こうして…いや、重い前世を持つ少女も、影響受けた少年たちも、前を向いて行くのでした、とさ。


 ギャグにみせかけて、その実でら重背景のリューゼットさんでした。

 転生するのは現代人だけではないよなぁ、と…大河ドラマなどを観ているときに、ふと。

 ロージー嬢も前世大変だったから、健康大事と、心の底でしっかりとわかっているかと。


 幸せにおなり。

 皆、仲良く。喧嘩するより、大事。健康、大事。



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